第十七話
メイクーン子爵邸の応接室。
夕食前の話し合いがまだ続いている。
「レゾンド殿、この迷宮の魔物ですが、厄介だと感じませんか?」
アレサンド子爵から突然話を振られたレゾンドが、首を振ろうとして止まり、顔を上げた。
「いえ、……はい。
私も迷宮について詳しくはないのですが、厄介だと思います」
「厄介?
迷宮とは元々厄介なものでは?」
テンペスがアレサンド子爵とレゾンドの言い様に問いを重ねる。
「そうですね。迷宮は厄介なものだ。
だが、リスクに応じて得る物がある。
迷宮都市と呼ばれるところは、魔物の素材であったり、宝、稀に神授工芸品などが出て潤う。
しかし、この迷宮では一階層、二階層が粘性捕食体のみ。
三階層で魔泥亜人形が現れますが、恐らく四階層もその二種のみではないでしょうか?」
「そう、ですね。
今の様子ですと、四階層もこのままだと思います」
「粘性捕食体や魔泥亜人形はあまり利のある魔物ではないですね。
粘性捕食体は腐食があり物理攻撃にも強いので魔法が必要になりますが、倒した後は素材がアッサリと土に消えてしまいます。
魔泥亜人形も同じですね。攻撃力はないが、魔法が効かず物理攻撃にも強い。
倒しても泥です」
「確かにそうですが……」
「領主としては魔物を討伐しなければなりませんが、冒険者のような者たちにとって利益があるでしょうか?」
「好き好んで入ろうって奴はいないかもな」
テンペスがアレサンド子爵の言うことももっともだ、と理解を示しつつ先を急かす。
「一方の利益の方ですが、最初にハクが迷宮に入ったとき蒼光銀の剣を拾って来ました」
「蒼光銀!?」
テンペスが大きな声を上げる。
レゾンドとダグラスからすると、私たちも声を上げましたと口を揃えたいところだが、アレサンド子爵の前では難しく、大きく頷いてテンペスに本当のようです。と肯定の視線を向けた。
ダグラスが預かっている長剣を長テーブルの上に置いた。
「本日、アレサンド子爵よりお借りした長剣です」
「拝見しても宜しいですか?」
テンペスが腰を上げた。
アレサンド子爵がどうぞ、と言うと長剣を持ち長テーブルから距離を取って鞘から抜いた。
正眼に構えるテンペスだが、一度構えた後、すぐに刀身を目の前に持って来て目を凝らす。
「鉄より微かに蒼いですね。
傷一つない綺麗な刀身です」
「昨日、鉄剣で延々と刺し続けて苦労して倒した魔泥亜人形でしたが、今日はこの長剣のおかげで容易に倒すことができました」
「蒼光銀が出るんなら、それこそ人が山ほど押し寄せるぞ」
テンペスが長剣を仕舞うと席に戻って言った。
「しかし蒼光銀を手に入れたのはハクだけです」
「んっ? 他には?」
「私たちが迷宮に潜り、ハク殿を探索した四日間で拾ったのは鉄の塊一つだけです。
残念ながら他には何もありません」
「おいおい、嘘だろ?
新しい迷宮が現れてまだ人が入ってないのに、鉄の塊一つだけってことはないだろう」
「いえ、そうなのです。
その鉄も本日鑑定してる最中なので品質はまだ分かりません」
「じゃあ、ハク殿が最初に拾った蒼光銀以外にまだ一つも出ていないってことか?」
「そうです」
「それって、なんとか特典か?」
「恐らくは限定特典かと」
途中からはテンペスとレゾンドが二人で情報整理をしてる。
「それが幾つだ?」
「二つ。長剣と短槍です」
興奮したテンペスに対してアレサンド子爵が冷静に言った。
「二つ?」
「はい。最初に持ち帰ったのみです」
一瞬、テンペスが部屋の中、皆の武装を確認するように視線を走らせたがそれだけだった。
……ちなみに、サラティとシルヴィアば屋敷に戻ったときに軽鎧を解いており、当然剣も置いて来たので帯剣していない。
「それじゃ、七日かかって迷宮から出てきたのは蒼光銀の武器が二つと鉄の塊が一つ。
魔術師が何人か集まって、腕に自信のある奴も一緒にいてまだ三階層ってことか?」
「酷い言われようですが、その通りですね。
レオパード領とサイベリアム領から魔術師を四人、私やダグラスなど団長クラスを集めて三隊作って迷宮に入り、やっとそんなものです」
レゾンドが自嘲気味に言うと、ダグラスも重ねる。
「私などは昨日まで一階層、二階層では役割がなく、三階層でも鉄剣では必死になって魔泥亜人形を一体倒しただけです」
「いやいや、謙遜してたんじゃないのか?」
「いえ、本当にありのままですよ」
「いや、それ、おかしいだろ!」
「だから、おかしいですね。
厄介ですね。って話をしてます」
「ゔ〜ん」
「この迷宮は厄介だって話に戻らせてもらうが、散々粘性捕食体で魔法を使わせといて、三階層からは魔泥亜人形だ。
攻略し難いわな。
おまけに旨味もない。
ハクの蒼光銀はイレギュラーだと思われるので、除外すると鉄の塊だけだ。
多少、純度が高くても迷宮の奥から重たいものを持ってくる手間を考えると、割に合わない」
「……それで厄介な迷宮と言う訳ですね」
「そうだ。迷宮攻略が困難で、旨味が少ない。
潰したくても潰せない迷宮ってことだ」
「蒼光銀の武器が出れば解決するだろうが、」
「今のところ特典で出たような二つだけだから、これからも出てくるかは分からないな。
……いや、恐らくほとんど出ないな」
「何故だ?」
「迷宮の三階層より深く潜るのが困難だから、ですね」
「そうだ。
粘性捕食体だけではなく、魔泥亜人形も出てきた。
その上、迷宮が入り組んでいる。
マッピングできたとしても、どこに出るか分からない蒼光銀の武器をを探すのは困難だ。
下の階層に進めば、更に別の魔物が出るだろうし、いつ出るか分からない蒼光銀を探すのは難しい」
「やってみなけりゃ分からないだろうがっ」
「……やってみる手間がかかり過ぎるのです」
「蒼光銀を見つけるまで、どれ程の手間がかかるか……」
「リスクやコストと比べて割に合わないのです」
「……」
これまで迷宮の情報を調べてきたアレサンド子爵とレゾンドからすると自明のことだった。
ただ、今日参陣したテンペスには理解しがたい、受け入れ難いものだったとしても。




