第百六十八話
演習場で双頭番犬を見せると、二人の武器も見せろと言われ色々と尋問を受けた。
どんな攻撃が有効なのか?
どんな武器ならダメージを与えられるのか?
冒険者ギルドなら倒して終わりだけど領軍で見せたのが失敗だった。
体調三メートルの真っ黒な双頭番犬。
レドリオンでも僕が初めて倒してから四回目の討伐例で、まだまだ実態が分かっていない。
双頭番犬を一頭丸ごと買い上げてくれるのはいいけど、少し面倒くさい。
冒険者ギルドに見せるための買取証明を発行してくれたし、何度もあることじゃないからいいけど、レドリオン公爵の前じゃなかったら断りたいところだ。
「二十階層の階層主を二人で倒したとなると確実にBランクレベルの実力があると言うことだが、シルバーに続いてバレットとユンヴィアもそのレベルということか……」
ツァルデ将軍が溜め息をついてる。
二人は勲章も貰ってるし既にBランクだよ、と思いながらレドリオン公爵を見ると何かニヤニヤしてる。
アレは悪いことを考えてる顔だ。
できる限り近づきたくないけれど、このまま領館での食事会に誘われている。
何とか回避する方法がないかと考えていたけど、何もできないまま食事会へと連れて行かれた。
連れて行かれた領館は大きくて立派なものだった。
領館と言うよりも豪華な城だ。
流石は軍閥のトップ。
武闘派で派手さは無いけど、あちらこちらにある調度品は全てが圧倒的に質が良い。
執事に通された食堂も百名ぐらい入りそうな広間の中央に十名ほどが着座できる大きなテーブルが一つ置いてあって、周りは絵画やタペストリーで飾られている。
花器やら燭台が並べてあるテーブルに座らされると、向かい側には四名分の食器が並んでる。
こんな部屋で誰と食事をするのかと思ったらレドリオン公爵がイザベラ夫人を伴って広間に入って来た。
その後ろにはレドリオン公爵と同じような赤い鬣の獣人が二人。
見た目は三十代。レドリオン公爵を若くした感じなので、次期公爵と弟君かな?
「待たせたな。
シルバー、バレット、ユンヴィア、次期公爵を紹介するので俺が不在の場合はこのウォルタナスを頼ってくれ。
長男のウォルタナス、次男のデイビス、そして妻のイザベラだ。
三人は君たちの素性を知っているが、この場ではシルバー、バレット、ユンヴィアの名前で通させてもらうので、気楽に食事を楽しんでくれ」
そう言ってレドリオン公爵が席に着くと、オードブルが運ばれ食事が始まった。
着座位置は向かい側がレドリオン公爵、イザベラ夫人、ウォルタナス、デイビスの順で並び、こちらは僕、ネグロス、クロムウェルの順で並んでる。
「さて、何から聞かせてもらうかな?」
レドリオン公爵はシャンパンを傾けながら楽しげにこちらのメンバーを見回してる。イザベラ夫人も微笑んでて楽しそうだ。
ウォルタナスとデイビスは既に貫禄があって余裕が感じられる。既にクロムウェルと何か話してるようだけど、テーブルが大きいので何を話してるのか聞こえない。
僕が聞きたいのは妖精人の情報だけど、いきなり切り出すのは憚られるネタだ。
「先日、セラドブラン様と冒険者ギルドに行った際に少しサーバリュー侯爵についてお聞きしました。
もしよろしければ、サーバリュー家について教えて頂けませんか?」
「ほう。サーバリュー家か」
レドリオン公爵がオードブルの生ハムとフルーツを口に入れながらチラリとウォルタナスとデイビスを見た。
二人は笑いながらクロムウェルに話してる。
「その様子だとセラドブラン嬢がバスティタ大公の五女と言うことは聞いてるな?」
「はい。
その上で魔術師の才能を見込まれてサーバリュー家の家督を継ぐことになったと伺いました」
「しばらく前まではサーバリュー家はジャガード侯爵家から養子を迎える予定だった。
それが何故かセラドブラン嬢がサーバリュー家を継ぐことになった、じゃダメか?」
「ええ、バスティタ大公家の五女がサーバリュー家を継ぐ必要があったのでしょうか?」
「そうだな。セラドブラン嬢が貴族学院へ進むために事前に鑑定を受けた。
そしてセラドブラン嬢が魔法を使える。それもかなりの使い手になる可能性が高いことが分かると、バスティタから外に出す訳にはいかなくなった。
そこで目についたのが後継ぎのいない侯爵家っていうのはどうだ?」
「サーバリュー家の後継者探しと言うよりも、セラドブラン様を嫁がせないため、ですか?」
「そうだ。
サーバリュー家自体は誰が当主になっても大公家からの支援もあるし、派手な活躍を望まれている訳でも無いので問題ない。
しかし、バスティタ大公家の五女、凄腕の魔術師セラドブラン嬢の婚姻となるとバスティタ内だけでは無く、セルリアンス共和国内でも権力争いの鍵になる。
しかも次の代でその才能を受け継いだ子が生まれると国を割りかねない」
「それほどの影響が?」
「ある。と言うことだ。
……それがサーバリュー侯爵家に留まってくれれば、血と才能は外には出ない。
バスティタ大公家をしっかりと支えてくれる」
「そうですか……。
では、貴族学院ではなく上級学院に入学したのも?」
「そうだ。
姫としてのお披露目を避けた。
権力争いの道具にされないようにサーバリュー家に入り、上級学院に入学した」
「そこまで……」
「どうした?
これが聞きたかったんじゃないのか?」
「いえ、思ったよりも大きな話だったので整理し直してるところです」
「んあ? 何か問題が起きてるのか?」
「偶然かも知れませんが、サーバリュー侯爵領で水不足が発生しました」
「水不足? 干魃なんかなかったはずだが?」
「はい。近くの河の水量が一時的に減って起きた事件のようです」
「事件とはまた不思議な言葉を使うな?」
「そうですね。
僕たちが調査した感じでは迷宮にある水を湧き出す神授工芸品が破壊されて起きた事件のようでした」
「水を湧き出す神授工芸品?」
「はい。
二十階層の階層主を倒した後で、壊れた神授工芸品が見つかりました」
「それが?」
「誰が壊したのか分からずにいます」
「誰?」
「はい。
水不足が始まった半年ほど前に二十階層の階層主を倒して更に神授工芸品を壊せるような腕利きの冒険者がいなかったか探しています」
「近くの街のギルドなら分かるんじゃねぇのか?」
「それが分かりません。
凄腕なのに隠れて行動してるようです。
そんなヤツがサーバリュー領で水不足をまき起こしたと思ってます」
「一体どういうことだ?」
「何か狙いがあって、サーバリュー領で混乱を起こしたはずです」
「狙い?」
「はい。
狙いが分かりません。
犯人については、ちょっと引っかかっていることがあります」
「何だ? えらく引っ張るじゃねぇか?」
「冥界の塔で、妖精人が新人狩りをしたのは、半年ほど前でしたよね?」
「は??
お前、それはサーバリュー領の件にも妖精人が関係してるって言いたいのか?」
「可能性としては高いと思います」
「可能性って言ってもな……。
妖精人がそんなにあちこちにいてたまるか」
「そうですよね。
もしかして妖精人関係の情報がないかと思ってこちらに伺いました」
「もしかして、か……。
あの事件の後、ここでは何も見つかってない。
それでも、一応、再調査してみるか」
「すみません。助かります」
「他に何があるんだ?
ついでだ、言ってみろ」
「ついでと言っていいかどうか……。
魔法鞄が手に入りませんか?」




