第百六十七話
結果から言うと一番苦労したのは十九階層の幽霊だ。
狭い通路内で二体の幽霊が放つ火球。
距離を詰めようにも骸骨が邪魔で、一時は防戦しかできないような状況になった。
クロムウェルが水壁で火球を防ぎ、その間にネグロスが双牙刀で幽霊を仕留めた。
未経験の対魔法戦、狭い通路と言うことで後手に回り、危うく火達磨になるところだった。
水壁が迷宮内に草を生やすことは無かったし、もっと使って色々試しても良かった。
大事な局面でしか魔法を使わないので反応が遅れる。
素早く魔法を使うには、使い慣れる必要がある。
その一方で双頭番犬戦は終始有利に進めて余裕があった。
二対一でこちらの方が数が多いし、動きは速いけれど噛みつきと爪に注意すれば大きな体を見失うことは無い。
ネグロスが牽制しつつ、タイミングを見てクロムウェルが十字戟を突き出して徐々に弱らせ、最後は二人で十字戟と双牙刀を突き刺して倒した。
死体については、僕が倒したときは黒弓が出たという話をすると余り使い道が無いな、となって今回はギルドに持ち帰ることにする。
倒したら報告すると衛士に言ったのもあるけど、ライセンス取得でいきなりCランクだったことを疑問に思う冒険者もいるだろうから、見返すためだ。
それぐらいの遊び心も大事だろう。
目標の二十階層の階層主を倒して迷宮を下りる。
……相変わらず面倒な下り道。
今回は階層ごとに一人が順番に先導して露払いすることにした。
基本は戦わずに回避して進む。
戦う場合も一人だけが戦う。
幽霊が出る十九階層は僕が担当したけど、幽霊は現れず骸骨の群れを倒しただけだった。
一人で先導すると二人で戦っていたときと戦い方が違うと言ってクロムウェルが愚痴をこぼしてる横で、ネグロスは器用にこなす。
とても迷宮初日とは思えない。
淡々と冥界の塔を下りて地上に戻ると、迷宮への出入を監視する詰所のあたりに大勢の兵士が見える。
「何だか人が多いぜ?」
「あぁ、きっとレドリオン公爵だ。
後で顔出せってだけじゃなくて、逃げないように兵士を回したみたいだ」
「シルバーって結構信用無いな」
「そりゃ、レドリオン公爵から逃げ回ってたからね」
「それで問題無いのか?」
「あのときはただの冒険者だったからね。
今は色々手を回されると逃げようが無いよ」
「ははっ、人気者は大変だね〜」
ネグロスが人ごとのように茶化してるけど、僕たちは三人で行動してるからネグロスも拘束されることを理解してるのだろうか?
「まぁ、とりあえずレドリオン公爵領ではずっと偽名で通すんだよな?」
「うん。レドリオン公爵はどっちも知ってるけど、他の人には完全にシルバーで通すからね」
「なら俺たちもバレットとユンヴィアで通さないとな」
「そういうことだな」
岩壁の間にある通路に差し掛かると新しい衛士が声をかけてくる。
「すみません。
Bランク冒険者のシルバーさんとそのパーティメンバーのバレットさん、ユンヴィアさんですか?」
後ろには十人ほどの衛士が整列してこちらを見ている。
「はい。シルバーです」
「私はレドリオン領軍の小隊長アイビスです。
申し訳ありませんがツァルデ将軍が近況を伺いたいので領軍に来て欲しいとのことです。
馬車を用意しているのでこのままご足労願えませんでしょうか?」
アイビスは丁寧な言葉で笑顔を絶やさないけど、鋭い瞳と一糸乱れぬ統率が有無を言わさずに連れて行くと伝えて来る。
「分かりました。
では奥にいる迷宮の衛士の方に階層主の双頭番犬は倒しました、と伝えてください。
馬車はどちらですか?」
「えっ? 双頭番犬を倒した?」
「はい。予定通り双頭番犬は倒しましたので、領軍に向かいましょう」
「は、はい!
バスラーとサンダルクは衛士に伝言を。
他の者はこのまま領軍へ向かう」
双頭番犬を倒したと言うとアイビスの対応が変わった。
衛士は二ヶ月前に倒した冒険者がいるって言ってたけど、情報が少ないからまだまだ倒しにくい階層主なのかも知れない。
アイビスに案内されて進むと本当に馬車が用意してあった。
四頭立ての六人乗りの馬車だ。
向かい側にアイビスと副長らしき兵士が座り、こっちは僕、ネグロス、クロムウェルの順で座る。
クロムウェルがせめてもの偽装でいつもと並び順を変えてた。
「迷宮攻略でお疲れのところをすみません。
今朝、皆さんが冥界の塔に入られたと言う情報があったので急遽領軍に来て頂くことになりました。
皆さんはいつレドリオンに着かれたのですか?」
「昨日の午後です。
昨日は冒険者ギルドに寄っただけで、今朝から探索を再開しました」
「そうでしたか。
参考までに昨晩泊まられた宿をお伺いしてもよろしいですか?
今回のようにツァルデ将軍が急遽お話を伺われることもあるかと思いますので、何とか教えて頂きたいのですが」
「あぁ、金の麦館です。
何かあれば女将のノマリアさんに伝言してもらえば、こちらから出向きます」
ぐぅ〜。馬車内での取り調べはいつまで続くんだ?
邪険にもできないし疲れる。
何とか誠実に受け答えしていると馬車は貴族街に入り、見覚えのある石造りの建物の前に停まった。
それから前後を囲まれた状態で会議室に連れて行かれると、強制的に会議室に押し込まれる。
……普通の応接室のようだ。査問会じゃ無くて良かった。
中に入ってしばらく待っているとツァルデ将軍がレドリオン公爵と一緒にやって来る。
「お久しぶりです」
僕が挨拶してネグロスとクロムウェルは深く礼をする。
二人がお久しぶりと言うと変だからな。
「久しぶりだな。シルバー。
後ろの二人は?」
「パーティメンバーのバレットとユンヴィアです」
「バレットです」
「ユンヴィアです」
二人が名乗って頭を下げる。
レドリオン公爵も僕たちの偽装に付き合ってくれるようだ。
「そうか。私がレドリオン公爵だ。
そこにいるのはレドリオン領軍の将軍ツァルデ。
今回は少し頼みたいことがあってな……。
まぁ、まずは座ってくれ」
レドリオン公爵に言われて応接室の大きな卓につくと、ツァルデ将軍が話し始めた。
「昨日、冒険者ギルドに行ったのなら既に聞いているかも知れないが、北部の黒霧山に火竜が現れたようだ。
火竜の討伐に協力してもらいたい」
拉致られるのは想定してたけど、一番の要件が火竜だとは思わなかった。
目撃情報だけでもかなり大きな問題になってるようだ。
「はい。冒険者ギルドからは手が空いたら黒霧山に行って火竜の調査、巣の探索をして欲しいと言われてます。
指名依頼を出すと言ってくれました」
「そうか……。
実は今一番欲しいのは大きさの情報だ。
火竜も大きさによって強さの桁が違う。
しかし、その脅威を測りかねている。
領軍で対応できるのか、無理なのか?
残念ながら手を打てずにいるのだ」
「そうなんですか?」
レドリオン公爵の顔を見ると、無言で頷き返してくる。
「それで僕に何を?」
「しばらくは居所を明確にしておいて欲しい。
緊急時には声をかけさせてもらう。
ちなみにいつ頃になったら北部の調査に入れる?」
「軍としても森の調査に行って欲しいようですね?」
「あぁ、本当はすぐにでも調査に行ってもらいたいが、街の守りも必要だから悩んでる。
シルバーが行ってすぐに見つけられるものでもないので、軍属と同じように街に待機してもらう方が良いとも思うしなぁ」
「そうですか」
「シルバー、新しいパーティメンバーの強さはどれぐらいだ?」
話が膠着するとレドリオン公爵がネグロスたちの強さを尋ねてきた。
「バレットとユンヴィアなら、今日二人で双頭番犬を倒しましたよ」
「「はぁ?」」
レドリオン公爵の質問に答えると、レドリオン公爵とツァルデ将軍が呆れたような声を出した。
「おい、お前たち昨日この街に来たんじゃないのか?
冥界の塔に入るのも今日が初めてだろう?」
「はい。そうです。
今日は迷宮に慣れるために僕がバックアップに入り、二人だけで攻略してもらいました」
「おい、本当か?」
ツァルデ将軍がネグロスとクロムウェルに問い質している。
「はい。本当です」
「はい」
二人の返答を聞くとツァルデ将軍がレドリオン公爵と顔を見合わせて、何かを頷いている。
「シルバー、今晩、領館に来い。
少し話を聞かせてもらう。
美味い料理を用意させるから、気楽に来い」
さて、どっちだ?
怒られるのか、取り調べられるのか?
褒められることは無さそうだけど……。
まぁ、元々数日中には妖精人のことを聞きに行く必要があったから、丁度いい。
「はい。分かりました。
この後、ギルドに寄りたいのですが、その後でもよろしいですか?」
「ん〜、面倒だからこのまま一緒に行くか。
ギルドは明日でも変わらんだろ?」
「はぁ、えらく急ですね。
別に構わないですけど」
「俺がお前らと食事してる間にギルドの連中が今の話が本当か確認するんだよ」
「そんなことなら死体を持って来てますよ。
見ますか?」
「あぁ? 本当なら見るが、冥界の塔に確認に行かせるのは変わらんぞ」
「本当ですよ。
二人のギルドランクを不審に思われるのが嫌で証拠にするために持って来たんですから」
「お前も面倒くさい性格してるな」
「そうですね。
半年ほど前に色々と取り調べを受けてるので、それ用の証拠です」
「ふははっ、これは一本取られたか。
階層主を確認したら、領館でこの半年の間、何をしてたか聞かせてもらおう。
では、早速演習場へ行くぞ」
「「はい」」
応接室を出ると全員で領軍の演習場に向かった。




