第百六十五話
昨日の夜は肉肉亭で碧落の微風のメンバーと一緒に食事をした。
久しぶりに食べた兎肉の塩焼きや鶏肉の香草焼きが美味しくて、ネグロスとクロムウェルも初対面とは思えないほどミユたちと楽しんでた。
幾つか適当に誤魔化したところがあるけど、僕たちのエピソードも無難にクリアしたはず。
話の流れで今日は僕たちだけで冥界の塔を上り、明日は一緒に竜の洞窟に潜ることになったので、今日中に迷宮でのパーティ戦に慣れる必要がある。
「今日は冥界の塔の二十階層まで行って戦闘に慣れてもらうからね」
「どんな感じで進む?」
「ん〜、二人に任せるよ。
多分、二十階層の双頭番犬までは二人で行けると思う」
「二十階層っていうとこの前セラドブランたちと一緒に倒した蛇鬼レベルの魔物だな」
「二十階層の階層主か」
「二人で倒せたら、Bランク上位レベルだよ」
「よっしゃ、やるか」
「力試しか。ハク抜きでどこまでできるか……。
分かった。誰の力も借りずに階層主を倒してみせる」
「そうそう。荷物運びは僕がやるから、自由に進んでいいよ。
迷子になっても助けないからね」
そう言って金の麦館を出て来た。
二人ともレドリオンの街を出て冥界の塔を見るまでは楽しそうだったけど、街を出て赤茶色の塔が見えると言葉を失い、僕が冥界の塔と竜の洞窟の由来を伝えてる間、ずっと黙ったままだった。
「この岩壁がもしも迷宮が集団暴走したときの防波堤になるんだな」
「そうだね。
ここから先は冒険者ライセンスが無いと入れないんだ」
「そう言えば、そんなことを聞いたような気がするな」
「ちゃんと持ってきた?」
「もちろん」
「当然だ」
二人して新しい名前の銀色のプレートを取り出す。
バレットとユンヴィアの名前の横にCランクと刻まれている。
そして僕のプレートにも新しい刻印が増えた。
黒瑪瑙。
ネグロスが考えた僕たちのパーティ名だ。
古くから邪気を払うと言われている宝玉で、真っ黒で沈み込んだマットなカラーリングをしている。
ギルドライセンスを作るときにネグロスが言ったときは驚いたけど、後でこっそりと漆黒の色が隠密行動っぽくていいよね、と言っていた。
最初は驚いたけど、いい名前だと思う。
シンプルで力強い。
僕らにだけ分かる想いや意図が込められている。
強く輝きを秘めたパーティになりたいと思う。
冥界の塔の手前の岩壁には二人の衛士がいて、ライセンス証の確認している。
僕らが胸元からライセンス証を出すと一人が慌てたような反応をして、ライセンス証を復唱した。
「名前はシルバー、Bランク、パーティ名は黒瑪瑙で合ってるな?」
「はい」
「後ろの二人は、バレット、Cランク。ユンヴィア、Cランクだな?」
「「はい」」
「分かった。
念のための確認だが、三十五階層まで進んだシルバーで合ってるか?」
「えっ? ……そうですが、何かありましたか?」
「いや、随分と久しぶりのようなので、その確認だ」
「最近は何階層ぐらいまで冒険者が入っていますか?」
「十五階層だな。
十階層の黒妖犬は倒してから二週間ほどだ。
二十階層の双頭番犬は二ヶ月ほど倒してないから、復活してるな」
「そうですか……。
もし、双頭番犬を倒したら報告します」
「ありがたい。
他の冒険者が喜ぶだろう」
「いえ、こちらこそ、情報を教えてもらって助かります」
ライセンスを取る方に夢中で迷宮の情報を確認し忘れてたから、入口で聞けて良かった。
「それじゃ、無理するなよ」
「はい。ありがとうございます」
手を振って衛士と別れるとそのまま岩壁を越えて、先に進む。
「なぁ、シルバーの名前ってずっと不在にしててもすぐに確認されるのか?」
「多分、目立ち過ぎるんだよ。
真っ白な子供が三十階層を超えたってことで、レドリオン公爵の指示で領軍にマークされたからね」
「赤拵えの短剣か」
「そうだよ。多分、その影響で白い子供だったからしっかりと確認したんだと思う」
「これでレドリオン公爵に居所がバレたかな?」
「レドリオン領に来たことはすぐに報告されるね」
「俺たちの偽名も筒抜けか?」
「そうだね。二人もしっかりと確認されただろ」
「バレるの早かったな……」
「そうだね。でも、偽名で行動続けられるし偽のライセンスを取って良かったよ」
岩壁を抜けると冥界の塔は目の前だ。
泥で塗り固めたような塔の入口が見える。
赤茶色の塔の入口の向こうに迷宮の内壁が薄っすらと光っている。
「ここが冥界の塔なんだな」
「うん。
水神宮とは違って魔物が多いから気をつけて」
「本当に内壁が光っているんだな」
「元々こういうものみたいだからね」
「ふ〜ん。そうか」
「それじゃあユンヴィア、行こうか」
「あぁ、分かったよバレット。
準備OKだ。行こう」
二人とも話したら少し落ち着いたようだ。
まだ心も体も緊張してるのが見え見えだけど、序盤は問題ないはずだ。
ネグロスとクロムウェルが二人並んで冥界の塔に入って行く。
外壁に開いてる入口を抜けると、中央に幅十メートルほどの大通りが伸びている。
天井も高いし、水神宮とは全然様子が違う。
あぁ、この雰囲気だった。
冥界の塔の雰囲気だ。
そしてこの臭いと唸り声。
腐死体がいる。
後ろ姿しか見えないけどクロムウェルが躊躇っているのが分かる。
ネグロスは警戒感を高めているようで足捌きが慎重だ。
二人はどうするかな?
大通りを少し進むと右側の小さな通りの中に腐死体がいた。
ネグロスがハンドサインを出している。
腐死体の数を確認して、……ネグロスが特攻する。
あっと言う間に腐死体の首をはねて、既に距離を取って死体の様子を睨んでいる。
……ネグロスには腐死体への忌避感のようなものは無いらしい。
「一応、これで倒せているか確認する」
ネグロスが言って二人は距離を取ったまま死体の様子を伺っていると、しばらくして腐死体の死体が沈むようにして消える。
「水神宮でもこんな感じだったな。
腐死体も首をはねれば倒せるようだから、余裕があるときは様子を見ながら倒して行く」
「そうだな。
どんな魔物が出るか分からないが早めに戦闘をこなした方が良さそうだな」
「あぁ、まだ身体が固い。
身体をほぐす意味でも弱い魔物も倒して進んだ方がいいな」
二人は剣を構えてそのまま入った小道を確認しながら進んで行く。
へぇ、随分と違うもんだ。
僕は腐死体は避けて最初に大通りを進んだけど、二人は腐死体と戦いながら手近な小道に入って行った。
そう言えばメイクーン領の銀の蜥蜴の迷宮でも、僕の進み方とレゾンド・レオパードやテンペス・クーガーの攻略方法は違っていた。
新しい攻略方法を知るためにも二人の進み方を分析してみよう。




