第百六十四話
ジェシーに連れられて僕たちは冒険者ギルドの裏手にある訓練場に入る。
レドリオンギルドの訓練場は大公都バスティタギルドの訓練場よりも広い。
広い訓練場では何組かのパーティが離れて訓練してるけどライセンスの取得試験を行うぐらいのスペースはすぐに確保できる。
リナは受付の仕事中だし、ギャレットも要件は済んだとどこかに行ってしまったけど、ラウンジにいた冒険者たちがゾロゾロと着いて来たので二十人ほどの観客がついて来ている。
「それじゃ、そこの木刀で試験を受けてもらう。
自慢の剣が使えなくて残念だろうが、それが試験のルールだからな。
一人ずつ、好きな木刀選んで俺の方へ来な」
簡単に説明するとジェシーはスタスタと訓練場の中央付近に向かって行った。
「それじゃ、俺からだな。
この剣が良さそうかな」
ネグロスは一本の真っ直ぐな木剣を選ぶと、ジェシーの方へ向かう。
「それじゃ、名前を教えてもらおうか?」
「バレットです。
お願いします」
ネグロスの偽名を聞いて一瞬吹き出しそうになったけど、何とか我慢して試験に集中する。
……真顔で偽名を堂々と名乗るとは度胸があるよ。
「バレット君とはどこで知り合ったの?」
いつの間にかミユが僕の隣に並んでる。
二人の試験を隣で見るようだ。
「大公都で出会ったんです。
僕より足が速くて、動きもしなやかなんです」
「へぇ〜。シルバー君より速いって凄いね。
試験に受かるかな?」
「大丈夫だと思います」
訓練場では、二人が十メートルほど離れた間合いでお互いに木剣を構えた。
ジェシーが構えたまま、ネグロスが来るのを待つ。
ネグロスは二、三歩無造作に歩くと、突然加速してジェシーに打ち込んだ。
「あっ?」
観客たちが一瞬の加速でネグロスを見失って声を上げたけど、ジェシーはネグロスの袈裟斬りに反応して打ち込みを防いでいる。
二人の木剣が薄っすらと光っているので、ちゃんと二人とも魔力を流して強化してるみたいだ。
拮抗状態から剣を引くときにジェシーがネグロスの小手を払う動きを見せたけど、ネグロスは一瞬で大きく距離を取っているので、小さく空振りして剣を構え直した。
「バレット君って本当に速いね」
「でしょ。今のは直線だったけど、横に動いてから打ち込まれるとジェシーさんでも対応が難しいはずです」
言った途端、ネグロスが横に飛ぶ。
そして背後から回り込んで突きを放つと、ジェシーが木剣を跳ね上げて打ち合いが始まった。
キンキン、キンキン。
木剣とは思えない甲高い音が連続で響く。
「あっ!」
連続の打ち合いはジェシーの勝ちだ。
木剣が跳ね飛ばされて、ネグロスの目前に木剣が突きつけられた。
いい感じだったけど、打ち合いになるとジェシーの方が重くて速い剣だった。
その結果、ネグロスが木剣を飛ばされてしまった。
「「「あ〜」」」
観客からもどよめきが起こる。
短い手合わせだったけど、ネグロスにもファンがついたようだ。
善戦を讃える拍手が沸き起こる。
「あ〜あ、負けちまった。
惜しいな」
「いい戦いだったけど、ジェシーの方が打ち合いで隙が無かったね」
「そうだな。
連続で打ち込んでも崩せなかった」
「さ〜て、それを見てたアイツはどうするかな?」
……危ない、危ない。ついクロムウェルの名を出しそうになった。
今度はどんな名前だ?
「次、名前は?」
「ユンヴィアだ」
「ユンヴィア? 聞かない名だな。
俺を倒してみろ」
「そうさせてもらう」
ジェシー対クロムウェル戦はそう言って始まった。
ネグロスのときと同じように十メートルほど離れて対峙したまま二人が睨み合うと、警戒したジェシーが足を止める。
しばらく睨み合いが続きクロムウェルが打ち込まないと見ると、一転してジェシーが飛びかかる。
しかし、それを待っていたのはクロムウェルだ。
ジェシーが駆け出した目の前に顔の大きさほどの水球が五つほど現れて、次々と破裂して突撃を邪魔する。
ジェシーは小さく右に避けるとクロムウェルの胴を木剣で横薙ぎに払おうとして、木剣を大きく引いた。
そして次の瞬間、ぬかるんだ土と突然伸びた草によって足を取られて転倒した。
「あっ!」
そこにクロムウェルが真上から木剣を振り下ろす。
振り下ろされた木剣を必死で受けるジェシー。
泥と草の中を転げ回りながらクロムウェルの振り下ろしを次々と回避して行く。
転がり回避した先でクルリと起き上がる。
起き上がったジェシーはこれまでのお返しとばかり、連続で木剣を繰り出す。
ネグロス戦と同じように連撃で決めるつもりだ。
鋭い連撃で一気に形勢が傾くと、クロムウェルも木剣を弾き飛ばされて、喉元に剣を当てられる。
…ジ・エンド。
クロムウェルも負けてしまった。
「お疲れさん。
戻るぞ。それにしても二人ともまだ子供なのに木剣を使いこなすとは、シルバーのヤツ、どこでお前らと会ったんだ?」
「え、あぁ、大公都で会ったんだよ」
「はぁ? 大公都?
あそこにお前らみたいな子供がいるなんて聞いたことがねぇ。
……不思議な奴等だ」
訓練場から戻ってくる二人は仲良さげに話してる。
しかも、ジェシーが泥だらけでクロムウェルは綺麗なまま。
クロムウェルが無傷で勝ったように見えるし……。
「さっきのお前、バレット。
そしてユンヴィア。
お前ら二人ともCランクで合格だ。
受付に戻ってライセンスを作ってもらえ。
合わせてパーティの登録もしとけよ」
ジェシーが木剣を適当に片付けて僕には言葉さえかけずにギルドに戻って行った。ギルドマスターのギャレットに報告するんだろう。
「「やった!」」
「Cランクだぜ。銅だ。
Fから、E、D、C、三ランク昇級だ」
「二人ともおめでとう」
「ちょっと!
いきなり銅ってどういうこと?
今まで聞いたこと無い」
隣にいるミユが呆れかえってる。
さっきまで静かに試験を見守っていたけど、二人のランクを聞いたら黙っていられなくなったみたいだ。
「あ、多分、魔法を使ったから……」
「きゃ、すみません。
私、碧落の微風のミユです。
以前、シルバー君に助けてもらって仲良くしてたから、つい慣れ慣れしくしちゃって」
ミユの驚きにクロムウェルが取りなそうとしたら、ミユもクロムウェルたちとは初対面だったことに気づいて、言葉使いを変える。
「二人とも凄いんだね。
ジェシーさんが泥だらけになるなんて初めて見た」
頭を下げたミユはキャピキャピと喋りながら、僕の腕にくっついて来る。
ネグロスとクロムウェルの視線が、ミユが腕を絡ませている左腕に釘付けになった。
「あは、負けたけどライセンスが取れて良かったよ」
「本当に。
負けてもライセンスが取れるんなら、最初の、……バレットのときに言ってくれればいいのに」
「そうだよな。
ユンヴィアの試験が終わるまで待たされる方の身にもなって欲しい」
……二人とも木剣を片付けながら話してるけど、お互いの名前に慣れてないので微妙にぎこちない。
でも、合格して嬉しそうだ。
特に実力がCランクと認められて少し肩の力が抜けている。
「それじゃ、受付に戻ろうか?
ライセンスを受け取ったら碧落の微風のメンバーも紹介したいし」
ミユがこちらに歩いて来るボロンゴたちに手を振ってから、僕たちを誘導してくれると、ネグロスとクロムウェルが二人だけで目配せし合ってる。
……あれは、誤解してるよな。
まぁ、後回しだ。
帰ってから説明すれば良いだろう。
「そうですね。
ライセンスを取ったら一緒に何か食べましょうか?
皆さんがどうしてたか、街の様子なんかも聞きたいし」
「もちろん。
私も聞きたいことがたくさんあるからね」
ミユが首を傾げて少し上目遣いに顔を寄せてくると、可愛く笑う。相変わらず愛嬌のある笑顔だ。
あ、……さっきの出会いの話だけじゃなくて、色んなエピソードをすり合わせて無い。
どうやって誤魔化すか?
ジェシーと戦うよりも難しい気がする。




