第百六十三話
「久しぶりだね、シルバー君。
いつレドリオンに来たの?」
ミユが色々と無視して話しかけてくると、すかさず受付嬢のリナが間に割って入って来る。
「ちょっとミユ、シルバー君は今カウンターに来たところなんだから受付してからにしてよ」
どうしようかと思ってると、奥からギルドの試験官をやってるジェシーがやって来た。
バスティタ自治領では珍しいドーベルマン種で黒く引き締まった身体は威圧感がある。
……鋭い目で舐めるようにしてこちらを観察している。
「久しぶりだな。シルバー」
「お久しぶりです」
「今日は何の用だ?」
「パーティ仲間のライセンス試験で来ました」
「後ろの奴等か? それは楽しみだ。
だが、その前に少し付き合ってもらおうか。
ちょっと来い」
有無を言わせない厳しい口調で奥の階段を上がって行く。
……とりあえず訓練場じゃないみたいだ。
「ゴメン。まずはジェシーの用事を済ませるよ。
後で受付を頼むね」
ミユとリナに手を振って、ネグロスとクロムウェルを連れて二階に上がる。
早く名前を決めてくれないと呼び方に困るよ。
前を行くジェシーは二階の大きな会議室の扉を開けると僕たちに入るように促す。
「しばらくこの部屋で待っててくれ」
僕たちを強引に押し込んだジェシーはそのままどこかに行ってしまった。
部屋に入ったネグロスとクロムウェルが展開についていけずにポカンとしてる。
「なぁハク、さっきの獣人は誰なんだ?」
「ここではシルバーにして。本当にややこしくなるから。
まずラウンジのテーブルから駆けて来たのがミユ。
新人冒険者で碧落の微風のメンバー。後ろの方に他のメンバーもいたから何か用事があったんだと思う。
この街を案内してくれたりして色々教えてもらった。
次にギルドの受付にいたのがリナ。
僕の担当をしてくれて迷宮や魔物の情報を教えてくれた。
この会議室まで案内したのがジェシー。Bランク冒険者でギルドライセンスの試験官もやってる。
バスティタの冒険者ギルドにいた山猫のジャックバーグと同じような感じ」
慌てて声を小さくしてネグロスに注意すると、悪い、と謝って真剣に話を聞いてくれる。
クロムウェルは部屋の中を観察して歩きながら、情報を整理してる。
「ジャックバーグさんか……。
それだと結構強いんだろうな?」
「多分、ジャックバーグさんよりも強いと思うよ」
「そうなのか?」
珍しくクロムウェルが反応して声を上げた。
ギルドライセンスの取得試験を考えていたのかも知れない。
「それで、何の用なんだろうな?」
「さぁ? 多分、面倒事だよ。
今は聞くだけにして後から考える」
「そうか……。
ここでライセンス取るのも同じような試験かな?」
「似たような感じだったよ。
クロムウェルは初試験だね」
「あぁ〜、やっぱり戦闘試験みたいなのを受けるのか。なぁ、合格するにはどうすればいい?」
……やっぱり取得試験のことが引っかかってるようだ。既に合格する実力があると思うけど、不安らしい。
コンコンコン。
会議室の扉がノックされた。
ジェシーはノックもせずにこの会議室の扉を開けたけど、ちゃんとノックする獣人もいるみたいだ。
「はい」
「待たせたな」
返事をすると金毛に黒い斑ら模様のサーバルキャットが中に入ってくる。
レドリオンのギルドマスター、ギャレットだ。
続けてジェシーも入って来ると、僕たちに席を勧めながら二人も向かい側の椅子に座った。
「久しぶりだな。シルバー」
僕に用事があったのはギャレットのようだ。
僕たちの服装、装備を観察してから親しげな雰囲気で話しかけてくる。
「お久しぶりです。半年ほどでしょうか?」
「そうだな。あの事件からもう半年になるのか……」
ギャレットがしばらく遠くを見るようにすると、無言の間ができる。
「あぁ、それで、今回は急にどうしたんだ?」
ギャレットは自分の用件については話さずにこちらの状況を探ろうとして話を振ってきた。
何か言い出しにくいことがあるときにやるヤツだ。
……やっぱりギャレットは言い出しにくい要求があるらしい。
「前回は一人だけで潜ったんですけど、今回は仲間とパーティを組んで挑もうと思って」
その言葉でギャレットとジェシーが改めてネグロスとクロムウェルを見る。
「三人パーティということか?」
「はい」
「二人のランクは?」
「ランクはありません。
ライセンスを取りに来ました」
「そうか……。
では、まだこれから連携を磨くということか」
「そうですね。
まだまだ実戦経験が少ないのでしばらく迷宮に潜ろうと考えてます」
こちらの考えを伝えると、またしばらく間ができる。
これは、来るか。
「そうか、迷宮か……。
実はギルドから頼みたいことがあってな」
やっぱりだ。
「できれば黒霧山の調査を頼みたい。
火竜の目撃情報があって、調査だけでも協力してくれないか?」
「それはどこで、いつからですか?」
「一月ほど前から、北部の黒霧山で一週間に一回ぐらいの頻度で火竜が空を飛んでるのを冒険者や狩人が見つけている。
場所がバラバラなので、北部の黒霧山周辺としか分かっていない」
「依頼内容はどこまでですか?」
「まずは巣を見つけたい。
そのために火竜の行動範囲を調査している。
Bランク以上のパーティに声をかけているが、成果は特に無い。
飛行速度が速いので、一瞬で飛び去ってしまうようだ」
「被害は?」
「まだ無い」
「では、放置しておけば?」
「それでレドリオンに被害が出たら困るからな」
「領軍は?」
「行動範囲が分からない状態では外に出せない。
防衛戦力として街に留め置く必要がある」
「……分かりました。
でも、すぐには無理です。
準備が必要なので時間をください」
「それぐらいは仕方ない。
ただ、しばらくはレドリオンを離れないでくれ。
少なくとも防衛戦力として待機して欲しい」
「えぇ、それは分かりました。
何かあればすぐに参戦します」
「助かる。
森に入るときはギルドに寄ってくれ。指名依頼として扱う。
それから宿はどこだ?
迷宮に入るときも教えて欲しい。緊急時にどこにいるか分かるようにして欲しい」
「はい。分かりました」
「頼む」
「はい。
ところで、こちらからもお願いがあるのですがこの二人にライセンス取得試験を受けさせてもらえませんか?」
「それは問題ない。
いつも通りの対応も特別対応もできるが、どうする?」
そう言ってギャレットがニヤリとした。
僕が依頼を受けたのでいつもの調子が戻ってきたようだ。
特別対応なら試験免除でライセンスを取得できるだろうけど、せっかくだからネグロスたちにはジェシーと手合わせして経験を積んでもらおうか。
「普通に試験をお願いします」
「俺はシルバーの仲間だとしても手加減はしないぜ」
僕の言葉を聞いてジェシーがニタニタしてる。
二人の武器や装備を見ても、余裕でいるところが小憎たらしい。
「望むところだ」
ネグロスはやる気らしい。
「なら早速、試験を受けてもらおうか」




