第百六十二話
偽名で冒険者パーティを作ることに決めると魔動馬車を仕舞いそれぞれ馬に乗ってレドリオンの街に向かった。
黒い城壁が近づくに連れて楽しそうなネグロスと不安そうなクロムウェルを見ながら、自分たちの装備を振り返る。
馬に乗った三人の子供の冒険者。
パッと見てフル装備のヒーローごっこのような派手な格好で、目立つ。それでもちゃんと見れば高価な装備だと分かる。
子供のオモチャには見えない。
街に入ろうとすると入口の門で身分証の提出を求められて、守衛が僕たちを品定めする。
何て言われるかと思いながらも、僕が先頭に立ちBランクのギルドライセンスを見せると守衛の雰囲気が変わり、連れの二人も冒険者見習いでこれからギルドに登録する予定だと告げるとあっさりと門を通してくれた。
とりあえずは笑われなくで良かった。この調子なら偽名で入って行けそうだ。
「それで、ネグロスはどんな名前にするの?」
「まだ、考え中。
どうせならカッコいい名前にしたいだろ。
クロムウェルは決まった?」
「私もまだだ。
本名じゃダメなのか?」
「本名だと隠密行動のときに困るからな。
本名を隠すための名前じゃないと」
「まぁ、まだ時間はあるから好きに考えてよ」
せっかくの隠密行動だからレドリオン公爵に会うのは後回しだ。
このまま冒険者ギルドに行ってギルドライセンスを取れるといいけど……。
試験官のジェシーに会うと面倒だから、ギルドマスターのギャレットだけに話を通したいけどいるだろうか?
初めてこの街に来たときのようにまずは金の麦館を目指す。
女将のノマリアは元気だろうか?
馬を引いて歩き金の麦館に着くと、前回はいなかった可愛い三毛猫の女の子が受付にいる。
「すみません。
三人でしばらく泊まりたいのと馬を預けたいのですが、女将のノマリアさんはおられますか?」
「いらっしゃいませ。
金の麦館へようこそ。
どなたかのご紹介でしたらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「シルバーです。
以前モンテリ商会のヘンリーさんの紹介でお世話になりました」
「ヘンリーさんの紹介ですか。
ありがとうございます。
しばらくそちらにおかけになってお待ちください」
カウンターの近くにあるテーブルに腰掛けて待つと、しばらくして女将のノマリアがやって来る。
「あら、お久しぶりです。シルバー様」
ノマリアは僕のことを覚えていたようで、クスリと笑うような仕草をしながら歩いて来る。
「お久しぶりです。
またしばらくお世話になりたいのですが部屋は空いてますか?」
「お連れの方がおられるようですが、どのようなお部屋がよろしいでしょうか?」
「一人部屋三つでも、三人部屋でも、空いてる部屋があればそれでお願いします」
「まぁ、そうですか。
それでは広めの三人部屋でいかがですか?
そちらですと打ち合わせなどもしやすいかと思います」
「そうですね。それでは三人部屋をお願いします。
前回はかなり安くしてもらったので、今回は正規の料金でお願いします」
「畏まりました。
料金の方はちゃんと頂きますので大丈夫ですよ。
一週間で金貨三枚とさせて頂きますし、食事は別料金でお支払いして頂きます」
前回、かなり安い金額でお世話になったので先手を打ったつもりだったけど、女将の方が上手だった。
多分、かなりの割引だろう。
ま、支払いのときに上積みすることにしよう。
「そちらのお嬢さんは新しい方ですか?」
「三ヶ月ほど前から働き始めたハイリです。
ハイリ、ご挨拶を」
「あの、受付のハイリです。
何か用事あれば声をかけてください」
ノマリアを連れて来た後、端の方に控えていたハイリが寄って来てピョコンと頭を下げると、長い髪がふわりと広がる。
「えぇと、シルバーです。
この二人も僕も冒険者なので迷宮に入ると不在にするときもありますが、宜しく頼みます」
「俺たち、こう見えても冒険者なんだ」
「しばらく滞在させてもらいます」
僕が偽名の決まっていないネグロスたちをどう紹介するか悩んでると、二人とも笑顔で軽く言葉をかわしている。
「表に馬が三頭いるので、その世話も頼みます。
借りてる馬なので、体調を気にしてくれると助かります」
「分かりました。
それではハイリが案内しますのでお部屋へどうぞ」
ノマリアの言葉でハイリが僕たちを案内しようとして、少し躊躇う素振りを見せる。
「どうかした?」
ネグロスが声をかけると、それでも口に出していいのか躊躇っている。
「いえ、その……」
「あぁ、ハイリ、大丈夫ですよ。
皆さんの荷物は他にはありませんよ。荷物を取りに戻らず、そのまま案内してください」
ノマリアが察して説明するとハイリは釈然としない様子だけど、それでも切り替えて階段を上り始めた。
「そう言えば今度こそクロムウェルの背嚢を買わなきゃな」
「あ、そうか。俺たちが荷物を持ってないから躊躇ったのか」
「いえ、あの、普通は皆さんほど荷物の少ない方は後から荷物を別に持ち込まれるので、それで……」
ハイリがしどろもどろになりながら階段を上がるので、少しだけ説明する。
「僕がまとめて荷物を魔法鞄に入れてるからこれで十分なんだよ」
「えっ? 魔法鞄ですか?」
「うん。たまたま手に入れたんだ」
「そうだったんですね。
既に一人前の冒険者の方とは知らず、申し訳ありません」
「まだ、これからだけどね……」
「そうそう。
俺たちまだ名前も無いし」
ネグロスがふざけると、ハイリがキョトンとした。
「いえ、きっとすぐに名前が広まると思います」
キョトンとした後、しっかりとした口調で断言する。
ハイリは勘違いしたようだけど、なんだか背中を押されたような気がして三人でニヤリとした。
金の麦館で三人部屋に入りベッドを決めると、することがなくなったのですぐに部屋を出た。
「次はギルドか?」
「そうだね。
いい加減に名前を決めてくれないと紹介できないんだけど」
「ふふっ。それならもう決めた」
「えっ? そうなの?」
「あぁ、さっき閃いた」
「なら教えてよ」
「いや、まだだ。
ギルドでライセンスを取るまで内緒だ。
クロムウェルは決まった?」
「いや、まだだ。
もう少し考えさせてくれ」
「もうじき、ギルドに着くよ。
まったく。どうなっても知らないよ」
「大丈夫だって。いざとなればクロムウェルもすぐに決まるさ」
二人の偽名がわからないまま、冒険者ギルドの建物までやって来てしまった。
中に誰がいるか、よりも二人の名前の方が気になる。
偽名を知らないままだと咄嗟に二人の本名を呼んでしまいそうだ。
ギルドの扉を開けると、まばらに冒険者がいる。
昼過ぎの時間帯なのでいつもよりも少ない。
カウンターを見ると受付嬢が五人。
えっと、……いた。
明るい茶色をしたリナがカウンターの端の方にいる。
リナの方に歩き出すと横から声がかかる。
「あ〜っ! シルバー君!」
声に振り向くと、左手のラウンジスペースからロシアンブルーのミユが走って来る。
奥の方には碧落の微風のメンバーも見える。
「あっ! シルバー君!」
ミユの声に気づいた受付のリナも声を上げた。
「あ゛ぁ?」
続けて低い声がして、そちらを見ると奥の方に試験官のジェシーがこちらを睨んで座ってる。
……思わずため息をついた。




