第百六十一話
ポローティアの領館でセラドブランにグルーガの調査をお願いしたけどめぼしい情報は無かった。
グルーガはいつの間にか居ついていたCランクの冒険者で、冒険者ギルドでは特段の活躍はなく裏の依頼を受けていたという噂程度だ。
裏の依頼についても、ポローティアは小さな街でそもそも闇街のようなものは無いし、そんな依頼を受けるルートも無かった。
僕が捕まえた槍使いは、領軍の牢に入れた翌日に自害した。
何も話さず自害してしまったので、どこの誰かも分からない。
クロヒョウ種は目立つので、範囲を広げれば少しは情報を手に入れられるかも知れないけど、時間がかかりそうだ。
「なぁハク、本当にこの馬車でレドリオンに行くのか?」
僕たち三人は魔動馬車を走らせてサーバリュー領から北のレドリオン領に向かっている。
三頭の馬を繋いで擬装した魔動馬車は普通の豪華な馬車に見えるはずだ。
「うん。妖精人の情報はレドリオン公爵に聞くのが一番早いと思う」
クロムウェルの問いに答えながら手綱を捌いて草原を走らせる。
三人並んで魔動馬車の御者台に座っているので、何のために魔動馬車を使っているのか分からなくなるけど、ちゃんと理由はある。
「おい、今度は左の方に巨大蟷螂だ。
アイツは飛ぶぞ」
「今度は私の番だな」
「そうだね。頑張って」
僕が魔動馬車を止めるとクロムウェルが十字戟を握り締めて飛び降りる。
巨大蟷螂はサヴィロン河の周辺では大物の魔物で、体長二メートルの蟷螂だ。
獰猛で攻撃的な性格をした肉食の魔物なので、こちらを見つけるとほぼ確実に飛びかかってくる。
長さ一メートルを超える腕の鎌は鉄鎧さえも切り裂くことがある。
でも、まぁ、クロムウェルなら大丈夫だ。
ここまでサヴィロン河沿いを移動しながら巨大蟷螂だけでなく首長灰馬や洋紅胡狼を狩って来た。
首長灰馬や洋紅胡狼は群れで襲って来るので三人がかりで戦わないとキツイけど、巨大蟷螂は単独なのでそれほど危なくなくて、訓練にちょうど良い。
「なぁハク、クロムウェルも言ってたけど、本当にこの馬車でレドリオンに行くのか?」
「そうだよ。
訓練にちょうど良いでしょ」
「訓練には良いんだけど、流石にしんどくなってきたぜ?」
そう。わざわざ魔動馬車を使って移動してるのは訓練のため。
移動中も魔力の使い方を練習して、魔物を見つけたら退治して、セラドブランに借りた馬には誰も乗っていない。
目立つので人通りの多い道では魔動馬車に乗りたく無いけど、道を外れて平原を走る分には問題無い。
むしろ、乗り心地が良いので馬に乗るよりも快適な移動だ。
ポローティアの街は大公都から西に半日の距離にあった。
レドリオンまでは、大公都に戻ってから更に北上して三日かかる。
先日は大公都でレドリオン公爵に会ったけど、奥様と一緒にレドリオンに戻ると言っていたので、大公都に戻らずにサヴィロン河を超えて、平原や森を突っ切ってレドリオンに行こうと思ってる。
「馬に乗るよりも早いし、快適だし、野営も簡単だし。
おまけに訓練にもなるんだから使わないと勿体ないじゃない」
「そうなんだけど、俺たちはお前ほど魔力の使い方に慣れてないんだよ。
って言うか、飽きた!
何かもっと良い方法は無いのか?」
「あったらやってるよ」
「う〜、地味過ぎて死ぬ〜」
こんなことを言いながらも、ネグロスもクロムウェルも魔法と剣の訓練に付き合ってくれるから助かる。
もう一つの狙いはポローティアの街を出て早々に外れたようなので、平原を地道に突っ切るしか仕方がない。
「あ、クロムウェルが倒したようだぞ」
「本当だ。今回は綺麗に倒したみたいだ」
「大分、十字戟の扱いに慣れたってことだろ」
遠目でクロムウェルの様子を見てたけど巨大蟷螂の首を落とすのを見たので、再び魔動馬車を走らせ始める。
「お〜い。こっちだ〜」
クロムウェルが倒した巨大蟷螂の隣で十字戟を振り回している。
「戦ってる間も、移動してる間も、尾行の気配無しか……」
僕が手綱を取っているとネグロスが呟いた。
そう。豪華な馬車で移動すればセラドブランを監視してる獣人が尾行してくると思ったんだけど、全くついてこなかった。
囮になるつもりで獣人の少ないこんな道を選んだのに誰も尾行してないので、無駄な労力になってしまった。
「ハク、倒した魔物を頼む。
次は私が手綱を取って、ネグロスが倒す番だな」
「あ〜ぁ、俺の休憩は終わりか。
せめて次は美味しい肉が取れる魔物が良いな。
巨大蟷螂ばっかり続くとやる気が出ないぜ」
「まぁそう言うなよ。
魔物がいないとヒマだって言ってたじゃないか」
「そうなんだけど、このだだっ広い平原がダメなんだよ。
まるっきし変化が無いじゃねぇか」
僕が魔物の死体を片付けると、クロムウェルが愚痴るネグロスをなだめながら魔動馬車を走らせ始めた。
僕たちは三日目の昼過ぎにレドリオン公爵領に入った。
レドリオンの黒い城壁を見て懐かしく感じる。
あのときはメイクーンの名前を隠したくて、モンテリ商会のヘンリーに助けてもらって街に入った。
……どっちの身分証を使うべきか?
レドリオン公爵はどちらも知ってるけど、僕はレドリオンの街ではシルバーとして行動してた。
知り合いもいるし、シルバーとして行動した方が無難な気がする。
「えっと、二人に相談があるんだけど……」
「ん? 何?」
「どうかしたか?」
「いや、僕は以前レドリオンで偽名を使っていたから、ギルドライセンスを二枚持ってるんだよね」
「あぁ、そんなことを言ってたなぁ」
「貴族なのを隠してたってやつか?」
「そうそう。それで、相談なんだけど……。
貴族で行く? それとも冒険者で行く?」
「あぁ?」
「どういうことだ?」
「いや、全員で貴族としてレドリオン公爵に会いに行くか、僕が使ってた偽名の冒険者の仲間ってことにするか、どっちにする?」
「うん?」
「それは、いいのか?」
「僕自身は偽名の方が街中や迷宮で知り合いに会ったときに都合がいいんだよね。
でも、そうすると二人が貴族って言うのは少しややこしくなるから、できれば二人にも冒険者のクロムウェル、冒険者のネグロスとして行動してもらった方が助かるんだけど」
「いいんじゃないか。
俺は新人冒険者ネグロスってことだろ」
「いいのか?」
「冒険者の知り合いに会って情報を聞くには、ハク・メイクーンよりもBランク冒険者のシルバーの方が便利なんだよ」
「いいじゃん。冒険者の方が楽しそうだし。
って、ハクの偽名ってシルバーって言うのか?
真っ白なシルバーって、絶対記憶に残る名前だな」
僕の偽名を言った途端、ネグロスが大声で笑い出した。
「変な名前にすると、自分でも反応できないんだよ。
分かりやすくて間違えないのが一番いいんだ」
「俺も偽名のギルドライセンス取ろうかな?」
「「えぇっ?」」
「ハクだけ偽名だと、パーティ組んでたらバレるじゃないか。
クロムウェルも何か名前を考えようぜ」
「わ、私もか?」
「そうだよ。三人で秘密のパーティ作ろうぜ」




