第百六十話
サーバリュー侯爵家について教えて欲しいと伝えてからの馬車内は少し気詰まりな雰囲気だ。
セラドブランが何を躊躇っているのか分からないけど、ノアスポットとパスリムも口を挟めないようで、通夜に向かうような軽口の叩けない空気になってしまった。
馬車を降りてから領館の応接室に向かうのも静かだ。
人がいないのでは無く、かしづく従者たちも何か緊張感を感じ取っている。
そうやって応接室に入り、大きな円卓に僕たち六人だけが座るとセラドブランが話し始めた。
「それではサーバリュー侯爵家について、少し状況を説明させてもらいます」
セラドブラン自身、今回の水不足の裏に何かを感じているような語り出しだ。
「まず、私、セラドブラン・サーバリューについて。
私はバスティタ大公家の五女、セラドブラン・バスティタです」
はぁ???
最初から理解がついていかない。
セラドブラン・バスティタ?
バスティタ大公家の五女?
いや、体格や地毛の色が違う。
真っ白な毛色のセラドブランがバスティタ家?
それにサーバリュー侯爵家は?
何故、大公家の五女がサーバリューの名を名乗っている?
「そこにいるノアスポットとパスリムは小さな頃から、学友、そして護衛として選ばれた者です。
ノアスポットはシャルトリ伯爵家の三女、パスリムはロシュパール子爵家の次女ですがペルシア伯爵家に養女として入り、私に尽くしてくれています」
セラドブランがノアスポットとパスリムについて説明して二人に笑顔を向けると、二人は驚いたような顔をして顔を伏せた。
「サーバリュー侯爵家は元々、バスティタ大公家の血を引くアンドレア・バスティタが王家を出て、その上で王家を支えるために作った家です。
当初はアンドレアの子が跡を継ぎ、王家と三公を影から支えていました。
それがライオネル侯爵の代で世継ぎができず、侯爵家の存続が難しくなったとき、そのときのバスティタ王家から承継権の低いセディアン王子がサーバリュー侯爵家に入って跡を継いだことで流れが変わりました」
「王家を出て、侯爵家として王家を支える?」
「そうです。
バスティタ王家は直系男子がその地位を承継します。
では、王家に残らなかった子はどうするか?
新しく家を作るには費用も土地も限界があります。
しかし、姻戚を結んで外に出続けると困る場合もあります」
「困る場合?」
「力がある、能力が高い場合とか?」
「まぁ、一部の伯爵家ばかりに王家の者が姻戚を結んだりするとバランスが崩れてしまうこともあります。
なので、王家を出て自立するための受け皿としてサーバリュー侯爵家のような家が幾つかあります」
「王家の血を守りながら、王家の仕事を助ける訳だ」
「そうです。
万一の場合には王家に戻ることもあったと聞いています」
王家は血を残すために多くの子を生むけど、家を継ぐのは一人だけ。
王家を継がなかった子のために家を確保したということか……。
「この場合の問題点は、元のサーバリュー侯爵家の嫡子とバスティタ王家のどちらがサーバリュー侯爵家を継ぐか? です」
そうか、サーバリュー侯爵家はサーバリュー侯爵家として子を残そうとする。
そこにバスティタ王家が割り込んで来たら、結局は子供が溢れてしまう。
家を継ぐのは嫡子のみなら、どちらかが優先されて、残りは家を出るしか無い。
「時代によって考え方は色々ですが、基本的にはバスティタ王家が優先されます。そのための侯爵家ですから」
バスティタ王家が優先されるということは、サーバリュー侯爵家の嫡子に承継権が無いということになるが、それで上手くいくのだろうか?
「しかし、それだけではなかなか上手くは機能しません。そこでできたのが、七侯爵承継権審査制度です」
「七侯爵家承継権審査制度?」
「最初から承継権を決めるのはバスティタ王家なのです。
領地の運営状況、資産状況を調査して、対象となる七侯爵家の後継ぎを十年ごとにバスティタ王家が指名します。
サーバリュー侯爵家を含む七侯爵家の後継ぎをバスティタ王家が指名するのです」
「七侯爵家?」
「何だかよく分からないな……」
「サーバリュー侯爵家以外にもパンテーラ侯爵家、ジャガード侯爵家、ピューマレッタ侯爵家など旧王家の血が入った侯爵家です。
これは七侯爵家を確実に残して行くための制度です」
「血を残すための制度?」
「バスティタ王家の血を残すだけでは無く、王家を支える七侯爵家を確実に残していくために、後継者候補を審議して王家が後継者を指名するのです。
一時期は濫用に近い運用をされた時期もありましたがセルリアンス共和国に加入してからは使われていない制度です」
「それが?」
「昨年、サーバリュー侯爵家のパトリシア様が体調を崩されました」
「パトリシア様?」
「パトリシア様には後継ぎがいません。
侯爵はまだ若いのですが、既に旦那様を亡くされてずっと一人でおられます。
これまではジャガード侯爵家から養子を迎える予定でしたが、急に体調を崩されたのでジャガード侯爵家で後継ぎの選定が進まず、大公家で選定をし直すことになりました。
そして、大公家から私セラドブランが指名されました」
「えっ? それって、どういう?」
「どうなるの?」
「今はまだ侯爵家に入る手続きを済ませていないのでセラドブラン・バスティタですが、来年手続きを済ませるとセラドブラン・サーバリューになる予定です。
一部では先行してセラドブラン・サーバリューの名も使わせて頂いてます。」
「あれ? 五女の方は?」
「バスティタ家は?」
少しいたずらっぽく笑うセラドブランだけど、僕とネグロスはバスティタ大公の五女相手に疑問を抑えられない。
セラドブランは大事なところを話してしまったのだろう。余裕が生まれて声色が軽い。
「元々はバスティタ大公家の五女としてどこかの家に嫁ぐはずでしたが、魔術師の素養があったので突然サーバリュー侯爵家を継ぐことになりました。
今は侯爵の見習いです」
バスティタ大公家の五女なら、バスティタ大公やレドリオン公爵たち三公とも顔見知りで対応が慣れているのも納得だし、お姫様と呼ばれるのも分かる。
「何で上級学院に?」
「そうだ。貴族学院は?」
「そちらも以前は貴族学院に入校する予定でした。
しかし、侯爵家に入る予定なのと魔術師の力を伸ばすために上級学院を選んだら色々と混乱させてしまいました」
本来なら貴族学院へ入るはずなのに上級学院に来たのは魔法が使えるのが分かって力をつけたいのと、パトリシア侯爵の体調が悪いので早く卒業できる方を選んだのかも知れない。
武器や防具などの装備が凄いのもバスティタ大公家の五女なら当たり前か。
「それで、急にサーバリュー侯爵家の後継ぎに指名されて何か狙われるような心当たりが?」
セラドブランが笑うようになったので、つい勢いで今回の核心をついてしまった。
「それは、……ある、とも、無い、とも……」
セラドブランがしどろもどろになった。
「憶えの無いところで恨まれたりしてても分からないってとこか。
特にサーバリュー侯爵家、ジャガード侯爵家の中には気にくわない者もいるかも知れないし」
しかしバスティタ大公家の五女っていうのも大変だ。
寄ってくる者、狙ってくる者がどれぐらいいるか分からないんだから。
あ、妖精人はどこで繋がる?




