第十六話
三階層の探索は順調だった。
ダグラスが蒼光銀の長剣を、ハインツが短槍を使うことで、難なく魔泥亜人形を撃破して行く。
ハインツが索敵を行い魔物を見つけると、ダグラスが威勢良く加勢して行く。
コンビネーションがいいのだろう。
ダグラスは後ろに続くレゾンドやサラティたちのことを気にしながらも余裕を持って戦っている。
魔物が粘性捕食体と魔泥亜人形の二種類なので、魔術師と騎士で役割分担が明確だからでもある。
粘性捕食体のときはレゾンドとシルヴィアが主体となるし、魔泥亜人形のときはダグラスとハインツが主体になる。レゾンドがハインツに蒼光銀の短槍を渡したのが良かった。
出番のないサラティは二人の動きを見て見極めていく。
「それにしても……、ハク殿はどのようにして戦っておられましたか?」
マッピングを確認しながらレゾンドがサラティに声をかけた。
「……ハクが、ですか?」
「はい。一階層、二階層は粘性捕食体だけなので、足が速ければ突き進めると思うのですが、三階層は小部屋というか広間があり、通路も入り組んで来ています。
何ヶ所か奥まったところに行き止まりもあるので、逃げ続けるのも難しそうです」
「そうですか。
ハクは基本的に魔物をかわしていました。体格や体力的なこともあると思うのですが……。
それで、逃げ続けるうちに下の階層に追い込まれたのではないでしょうか?」
「……それならば納得できないこともありません。
いえ、どこかで見落としがあったのかと不安になりまして。
粘性捕食体と戦い剣が腐食したら、次に魔泥亜人形に当たった時点で無理をすれば剣が折れ戦えなくなります。
お恥ずかしい話ですが、これほど探索が難航するとは考えていませんでした」
「そう……ですね。
粘性捕食体から逃げてやり過ごすことは比較的簡単でしょうが、三階層ほど入り組んだところで魔泥亜人形に囲まれると厳しいですね」
「そうです。
ただ、途中で再度蒼光銀の武器を見つけることができれば、戦いながら安全を確保して階層を下ることもあると思います」
「はい」
「不甲斐なく申し訳ありませんが、しばらくは漏れのないように探索を続けさせて頂きます」
その日、三階層のマッピングが完了したが、ハクの足取りは分からなかった。
夕方、迷宮を出て街に向かう途中、レゾンドたちは新たな軍勢が街に向かっているのを見つけた。
規模は約二百。レゾンドのいるレオパード伯爵領軍と同じ規模だ。
「あれは?」
ダグラスがレゾンドに声をかける。
「援軍のようだ。挨拶に行くか。
サラティ嬢、援軍のようです。
このまま挨拶して平原に誘導しようと思いますが良いですか?」
「はい。分かりました。
どちらの軍勢か分かりませんが、私も挨拶をさせて下さい」
第一隊と第二隊のメンバーは、そのまま援軍の元に向かった。
レゾンドたちが軍隊に近づくと、二頭の騎馬が前に出て来た。
一頭は黒い悍馬に乗った黒い服の大きな騎士。
毛並みは焦げ茶色で耳が黒く、目も黒い。
服装は黒騎士といった出で立ちで真っ黒だ。
もう一頭には女性騎士。碧を基調とした優雅な服を着ている。ベージュ色綺麗な毛並みをしている。同じくベージュのスラリとした馬と相まってかなり目立つ。
黒騎士と女性騎士が馬から降りて礼をした。
「我々はグーガー伯爵領軍です。
集団暴走の報を聞き、急ぎ参りました。メイクーン子爵にお取り次ぎをお願いします!」
黒騎士が大きな声で言った。
身体の大きさと声の大きさ、どちらも並ではない。
隣の女性騎士は声の大きさに驚くこともなく凛としている。
「私はメイクーン子爵の娘、サラティ・メイクーンです。
この度、遠方より出征頂きありがとうございます。
子爵の元へは代表の方をご案内し、兵士の皆様にはこちらの平原にて野営の準備をして頂きたいと存じますが、いかがでしょうか?」
サラティが前に出て丁寧に伝えると黒騎士は目を見張り、女性騎士が微笑んだ。
「そうでしたか。これは失礼致しました。
私はテンペス・クーガー。クーガー伯爵家で軍を任されています。
こちらはメィリー・ラガドーラ様。ラガドーラ子爵家のご息女です。
今回の軍は二領の混成軍となり、私がまとめてさせて頂いてますが、メィリー様には副将として就いて頂いてます」
「メィリー・ラガドーラです。
軍事も何も分からぬ者ですが、父の代理として馳せ参じました。力になれることがあれば仰って下さい」
テンペスの口上に続いてメィリーが挨拶した。
レゾンド、ダグラスペアに続いて、テンペス、メィリーの伯爵家、子爵家ペアの参戦である。
「テンペス様、メィリー様、参陣ありがとうございます。
こちらはレオパード伯爵家のレゾンド・レオパード様、サイベリアム子爵家のダグラス・サイベリアム様、私の妹のシルヴィアです」
「レゾンド・レオパードです。
テンペス様とは以前、公都でお会いしましたな。
既に我が領の兵が野営を開始しているため、平原ではご迷惑をお掛けしますが、何かあれば声をかけて下さい」
「ダグラス・サイベリアムです。
若輩ゆえ、至らぬと思いますが共に宜しくお願い致します」
レゾンドとダグラスも挨拶を済ませると、テンペスが兵士に指示をしてテンペスとメィリーの馬を預けた。
早速、屋敷に向かうようだ。
サラティとシルヴィアが皆の陰で顔を見合わせる。
そして頷き返すのだった。
夕刻、メイクーン邸の応接室に九名の者が集まり席に着いた。
メイクーン子爵家から父アレサンド子爵、母ミーシャ、長女サラティ、次女シルヴィア、三女スファルルの五人がアレサンド子爵を中心にして座る。
長テーブルの反対側に左から順に、ダグラス・サイベリアム、レゾンド・レオパード、テンペス・クーガー、メィリー・ラガドーラ。
両伯爵家が中心になる形で座った。
「この度は我が所領の危機に参陣頂きありがとうございます。
テンペス殿とメィリー様も参陣頂いたので、これまでの経緯について簡単に説明させて頂きます」
アレサンド子爵が皆を見回して顔付きを確認してから話を始めた。
「七日前がことの始まりです。
七日前の午前、急に森が鳴動し動物たちが溢れ出て来ました。それが集団暴走の始まりです。
領民を避難させ動物たちを狩っていくと、たまに変異した獣が混ざり始め、徐々に魔物が押し寄せるようになりました。
今、野営して頂いている平原が暴れる獣と魔物たちで一杯になりました。
領軍を率いて巨鬼や地喰大亀に挑んだのですが、敗走しました。
最終的にはそれらの魔物も倒すことができたのですが、五十の領軍兵士、長男のフォルスと次男のリックが亡くなりました」
テンペスとメィリーが身を強張らせたが、言葉は発しなかった。
「その夜、兵士を供養して回っていると三男のハクが迷宮を見つけました。
以前の森の奥、今は集団暴走で周りの木々が押し倒された跡に入口があります。
ハクは迷宮の様子を確認して戻りました。
二日目、魔法の使えるシルヴィアを連れて、三日目には剣の使えるサラティを連れて迷宮に入りました。
集団暴走がこれで終わりなのか? すぐにでも避難が必要かを調査するためです。
そして、三日目に一階層の奥で粘性捕食体に囲まれるとはぐれてしまい行方が分かりません。
三日目の午後、レゾンド殿とダグラス殿が参陣されました。
四日目、レゾンド殿が主となって迷宮の一階層を探索。
五日目、二階層を探索。
六日目、三階層を探索。
七日目、本日、三階層を探索、しかし未だハクは行方不明といったところです」
レゾンドが難しい顔をし、ダグラスは歯を食いしばっている。四日間探索をしているのに見つからないのだ。
無能と言われているようで怒りもするだろう。
しかし、怒りを向ける矛先がなく、下を向いている。
「新しくできた迷宮では仕方のないことです。
魔物に追われてどこにいるかも分からないのですから、一階層ごとに虱潰しに探すしかありません。
我らも協力しますので手分けして探索を行いましょう」
テンペスが慰めるように言った。
「私は迷宮についてよく知らないのだが、この迷宮は少し厄介な気がしている」
アレサンド子爵が話を変えるように言うと、再び皆の顔がアレサンド子爵に向いた。




