第百五十九話
そもそもの思惑を話すのはいいけど、その思惑は見事に外れてしまった。
「……どうして言ってくれなかったのですか?」
「簡単です。
外れたら恥ずかしいから」
少し自嘲気味に笑って答える。
「それでも、言って欲しかったです」
「次からはそうします。
憶測だったので控えましたが、危険な面もありました。
皆んなの安全のためにも、ちゃんと話します」
「はい。お願いします」
僕が冷静に話すとセラドブランも頭を下げて受けてくれた。
「僕はネグロスとクロムウェルに妖精人のことをただの冒険者として伝えて、ひょっとしたら襲ってくるかも知れないと伝えて夜番をしました」
セラドブランの顔を見て一呼吸置いてから話を続ける。
ここからはネグロスやクロムウェルとバラバラになった部分だから、二人との情報共有のためにも整理しながら進める。
「妖精人の尻尾を掴む狙いがあったので、松明を持った冒険者が森の中を歩いて来たとき、捕まえた、と思いました。
でも、それは向こうの罠だったんだ」
ネグロスを見るとちゃんと分かってくれているようだ。
基本は僕がこのまま話を進めることにしよう。
「森の中を進んでくるのは三本の松明。
僕の見込みだと三人の妖精人が気配を消してやって来るはずだったけど、近づいて確認すると黒いローブに身を包んだ三人の黒猫だった。
当てが外れたけど、まずは魔法を使って身柄を確保した。
新しい魔法で三人を捕まえた後で、予想外のことがおきたんだ」
クロムウェルと三人のお嬢様は顔を見合わせると、何かを頷いた。きっと三人の黒猫を見つけたんだろう。
ネグロスと目を合わせた僕もあの時を思い出して話し出す。
「捕まえた三人に向かって暗闇のなかを短剣が飛んで来て、三人に刺さった。
もう一つ別のパーティがいたんだ。
新しいパーティは四人組で、二人が僕に突っ込んで来て、一人は待機したまま魔法を準備。最後の一人がポローティアの街に向かって逃げ出した」
「俺もそれを見た。
で、俺は逃げた一人を追いかけて走り出した」
「僕はその前の黒猫と同じように残った三人を捕まえた。
脅して聞き出したのは、逃げた冒険者の名前がグルーガと言って半年ぐらい前から街をウロつくようになり、ランクの低い冒険者を脅してこき使っていることだった。
そこで、逃げ出したグルーガを追いかけて走り出すと、森が燃えているところだった」
ネグロスに視線を飛ばすと、ネグロスが身を前に乗り出した。
「そこは俺が話すよ。
そのグルーガを追って走り出したんだけど、途中でヤツに気付かれて、『出てこいよ』って言われた。
当然隠れたまま、どうするか考えてたら、ヤツは火魔法を放ち始めたんだ」
なるほど、それであの山火事になった訳だ。
「それまで、脚の速いだけの斥候役だと思ってたら、急に魔術師なのが分かって焦ったよ。
それでヤツは俺を炙り出すために魔法を連発して森に炎を広げていく。
だから、ヤツが魔法を撃つタイミングで街に向かって先回りすることにしたんだ。
森の中をこっそりと先回りして大きな木の側で待ってると読み通りヤツがその木の横を通って街に戻って行った。
そのときは急に消え始めた山火事が気になるみたいで、後ろばっかり見てたよ。だからまた俺は先回りして街で待ち伏せすることにしたんだ」
あ! 影水か。
ヤバい。どう伝えるかな……。
僕がポーカーフェイスで焦ってるとネグロスがこっちに顎をしゃくってくる。
ネグロスから説明役のバトンが回ってきた。
「その火消しは僕だ。
金属性に関連して金属を冷やすと表面に水を出せるようになってきたから、剣を熱くするのの逆で冷やすイメージで水を作ったんだ」
「あれを、ハクが?」
「えっ、水属性じゃないのに?」
「かなり広い範囲だったと思いますが……」
「ハクの魔法はどれだけ便利なんだ」
誤魔化して良かったのか悪かったのか。
皆んなの評価が変な雰囲気だ。
「勢いで一気に消したからもう一度同じことができるとは思えないけど、まぁ、頑張って消せるだけ消してみたんだよ」
何故か若干ふて腐れ気味になってしまう。
その反応で皆んなは渋々だけど納得して受け入れてくれた。
「慌てて火を消したけど、ネグロスが見当たらないから二人を追って街に向かうことにした。
何があったか分からないけど、ネグロスが反撃した気配がなかったからすぐに街に向かって走り出したよ。
それで、街に入る直前のグルーガを見つけたんだ」
「結構早く走ったんだな。
ヤツが街に入ってから俺も見つけたけど、先回りしてからそんなに余裕無かったぜ」
「そうだったんだ。
街に入られて見失う訳にはいかないから、必死で追いかけたよ」
「ヤツが倉庫に入ってからすぐに合流できたのは、そういう理由があったんだな」
「あぁ、街に入るとこから追っ掛けて無いと、あんなにスムーズに合流できないよ。
それで、あの倉庫に入って行くグルーガを逃がさないためにフェンスで囲ってから、中に入った」
一応ここまでの話で分からないところがないか、軽く全員の顔を見て確認したけど、大丈夫そうだ。
「後は僕が倉庫の中に入ってグルーガを探して、途中で槍使いが邪魔してきたのを倒して、最後はグルーガが神授工芸品を操作して魔物を出したんだ」
「「ん?」」
「神授工芸品?」
皆んなが怪訝な表情で、僕を見る。
「うん、神授工芸品。
あの大きな魔物は神授工芸品の邪神石像だ。
まさか楕円網籠が壊されるとは思わなかった。
で、壊された穴からグルーガに逃げられた」
「ひょっとして倉庫の中には他にも邪神石像が?」
セラドブランが不安気だけど、それは無いだろう。
水神宮でも二十階層の先でないと手に入らないし、大きくて重い。
……魔法鞄を持っていれば簡単に運び出せるか。
後で昨日拾った石像を確認する必要がありそうだ。使い切りの神授工芸品でなきゃいいけど。
「それは無いと思います。
扱いも難しそうですし、たくさん扱えるものでの無いと思います」
「逃げたってことは、別のところにアジトがあるってことか?」
「……恐らく。
なので、グルーガと仲間の槍使いについて調べてもらいたいです。
以前はどこにいたのか? どんなことをしてたのか?」
「分かりました。
冒険者ギルドに協力を要請します」
「それから、話しにくいかも知れませんがサーバリュー侯爵家について教えてください。
サーバリュー侯爵家、あるいはサーバリュー侯爵領を狙ったものか、別の目的があるのか検討させてもらいたいです」
「サーバリュー侯爵家、ですか?」
「はい。
レドリオン公爵領では妖精人は冥界の塔、……の神授工芸品を狙っていたようです。
水神宮に来た狙いを絞り込みたいです」
危ない、危ない。冥界の塔が妖精人の都だったとは誰も知らないはずだ。
今はまだ妖精人が冥界の塔を取り戻そうとしてるって話しは出さない方がいい。
「水神宮に来た狙い……。
サーバリュー侯爵家が狙われている可能性もあるということでしょうか?」
「……はい。
念のため検討するべきだと思います」
「そうですか。
分かりました。領館に着いたらご説明します」
セラドブランが少し顔を強張らせたが仕方ない。
妖精人がどうしてこのポローティアにやって来たか調べるにはサーバリュー侯爵家について教えてもらうところからだ。




