第百五十八話
グルーガに逃げられた。
クロヒョウの女槍使いは捕まえたので、尋問して何か分かればいいがあの腕前だ、難しいだろう。
これからどうするか考えたいけど、まずはこの状況、セラドブランのご機嫌を取らないと自由に行動できない。
「色々あり過ぎて、今の状況が分かりません。
お二人にはちゃんと説明してもらいます」
セラドブランが言い放つと、再び馬車の中は静かになった。セラドブランが手配した高級な馬車は彼女の気分でピリリとした雰囲気になっている。
馬車は一昨日泊まった高級な宿の前を通り過ぎるとそのままポローティアの街の中央に向かって走って行く。
「賊を一人捕まえられませんでした。
最初から逃げるつもりで偵察に来たグルーガという冒険者です。
時間が惜しい。
今から簡単に状況を説明するので、これまでの経緯をもう一度詳しく教えてください」
馬車の椅子に腰掛けた状態から前屈みになり両肘を膝に当て両手を身体の前で組むと、セラドブランに顔を近づけて言った。
「な、何ですの?」
セラドブランが少し慌てて視線を外す。
「元々、警戒してたので野営の場所を水神宮の祠から離してセラドブランさんたちを巻き込まないようにしました」
「そ、それじゃ」
「あちゃ〜」
セラドブランが視線を僕に戻し、ネグロスが目を瞑った。クロムウェルは右手を額に当てて俯いている。
「水不足の原因は蓮の水盤の神授工芸品が壊れていたからだと思います。
それが直れば当然水が流れ出す。水神様が復活したとなれば、当然確認に来ます。
喜んだ街の獣人は今朝から供物を持ってお参りに行くでしょう。
では、神授工芸品を壊した犯人がいたとしたらどうなるか?」
「神授工芸品を壊した犯人?」
「そうです。
意図的か偶然かは分かりませんが、神授工芸品を壊し水不足を巻き起こした犯人です」
「そんな獣人がいるとは……」
「今回、僕たちはたった一晩で往復して来ましたよ」
「しかし、街ではそんな話しは出てませんでした……」
「街で噂にならないような人物が密かに水神宮を攻略しようとしてたのでは?」
「それは、……難しいのでは?」
「えぇ、なかなか想像できないですね。
Bランク以上の無名の冒険者パーティが隠れて水神宮に入って神授工芸品を壊した、なんて話しは考えにくいです」
「では、どうして?」
「半年ほど前に、僕は新人狩りに殺されそうになってますから……」
「?」
「その犯人が残っていたらどうですか?」
「えっ? いえ、その犯人は既に捕まっているのでは?」
「はい。捕まっている、というか亡くなっています。
僕が殺しました」
!
皆んなが驚いて僕の顔を見直した。
それぞれが目を見開いて僕の話を待っている。
「レドリオン領で起こった新人狩りは、僕が犯人を殺して終わりました」
!
「それは、……本当ですか?」
「おい、……」
「はい。僕が三人の犯人を倒しました。
だから、怪しいと思ってます」
「「「「「……」」」」」
「犯人たちは真っ黒なローブ姿で顔を隠して僕に向かって来てそれぞれが三連続で魔法攻撃をして来ました。
僕は反撃して三人を倒しました。
それが頭に残っています」
「しかし、それは盗賊みたいなものでは?」
「そうだ、たまたま新人狩りをする盗賊に会ったってだけだろ?」
「そうとも言えないんだ。
何せ相手は妖精人で、獣人を蔑んでいたから」
「「はぁ?!」」
皆んな顔を上げて、時間が止まる。
今度は皆んな目だけじゃなくて口も開けて間抜けな顔だ。
「えっ?」
「今、何て?」
「妖精人って?」
「レドリオン領で獣人の冒険者を殺していたのは、Bランク以上の力を持った妖精人のパーティだったんだ」
「いや、妖精人は存在しない」
「そうです。妖精人はお伽話の中だけの生き物です」
「フードで見間違えただけじゃないのか?」
「この話はレドリオン領で口外禁止とされています。
なので一応、この場だけで他の方には伝えないでください」
「あぁ、それは当たり前だけど、……本当に妖精人だったのか?」
「エ、妖精人はいるのですか?」
珍しくパスリムが会話に割り込んできた。
「えぇ、います」
「では、話しを聞くことは?」
「どうでしょう。
引き続き調査を続けると聞いています」
「……妖精人は本当にいたのですね」
「パスリムさん?」
「いえ、すみません。
昔、お婆様が妖精人が作ったと言われる神授工芸品のことを話していたので……」
「そうですか」
「僕が手に入れた神授工芸品も妖精人が作ったようです」
「な、何ですか?」
「照光板や加熱板です。
魔晶石交換筒は妖精人の技術と聞いた気がします」
太陽の方尖碑のアマテラスは冥界の塔に妖精人が住んでいたと言っていた。
他にも妖精人に関連のある迷宮や神授工芸品があるだろう。
「そうなんですか?」
「真偽は分かりません。
でも、そんな噂でした」
「そうですか……」
パスリムはそこで声を落として何かを考え始めた。
代わりにネグロスが僕に聞いてくる。
「……それで、どうして妖精人が今回の水不足に関係してくるんだ?」
「そこは勝手な憶測だけど、僕の中で水不足のようなトラブルを引き起こして放置するような、それでいて戦闘能力があって、隠れて行動するような冒険者って誰だろうって考えたとき、妖精人を思いついたんだ」
「戦闘能力があって……」
「隠れて行動する?」
「まず、普通の冒険者なら水神宮に入って階層主を倒したら、倒した事実なり、手に入れた神授工芸品が話題になると思う。
次にもし仮に階層主を倒して水不足が起きたら、少しは噂になってるはずだ。
だけど、セラドブランさんはそんなことは一言も言ってなかった」
「はい。こちらで調べたときにそんな話しや噂は見つかっていません」
「僕の中では蓮の水盤の魔晶石割れが水不足の原因です。
なので、半年程前に水神宮の二十階層に行って神授工芸品を壊した冒険者がどこかにいるはずです。
二十階層の階層主を倒しているので実力があるでしょう。
でも、その冒険者は麓の街では噂にすらなっていません。
だから、実力があって隠れて行動している冒険者を想像してみました」
「二十階層の階層主を倒して」
「麓の街では噂にならない冒険者……」
「もう一つ追加すると、魔晶石も簡単には割れないです。
故意でも偶然でも、かなりの力が無いと壊せません」
「魔晶石を壊した」
「そんなに硬かったのか……」
「僕は半年程前に、そんな強さがあって隠れてる冒険者と戦ったことがあった。という話です」
「でも、それは他にも妖精人がいた場合ですよね?」
「そうですね。
ただ、思いついたのが妖精人だったので、その妖精人がその後どうするか? と考えてみました」
「妖精人がいたら……」
「まず、水不足。
誰かが水不足を解決すると、その水不足を巻き起こした原因がバレる可能性があるので水神宮の様子を観察します。
常に祠にいるのは無駄なので、ポローティアの街で普通に過ごしているでしょう。
そして川の水量が増えたら、水神宮の中を確認しに来る。そう予測しました」
「街にいて様子を伺っている」
「……そんな」
「妖精人は姿を隠しているのでこっそりと様子を伺いに来ると思い、そんな妖精人がいるかどうか逆に待ち構えて見張ろうと考えたのが始まりです」




