第百五十六話
楕円網籠で囲んだ倉庫の中、奥に並ぶ部屋の一つに踏み込んでグルーガとその仲間に反撃を喰らっている。
名前を知らない槍使いが部屋の中から板壁を突き破って攻撃してくるので、こちらは後ろに下がるだけで有効な手が打てない。
鉄触手もかわされ、グルーガが逃げたのかそれとも部屋の中に止まっているのかも分からない。
短剣が正面から飛んできたから、正面にいたのがグルーガだろう。
グルーガは火魔法も使える。
さっきガラスの割れる音がしたが、何をしたのか分からない。水神宮のときのように自分だけ逃げたのか、何か合図を飛ばしたのか。
……どちらにしろ、槍使いの目的は時間稼ぎか?
それなら一気に勝負を仕掛けるべきだな。
たぁっ!
こちらから板壁を破って部屋に入り込んでからの銀鋼蜘蛛網!
木っ端微塵に砕けた板が宙に浮いたまま銀鋼蜘蛛網に捕らえられて部屋の中の時間が止まった。
奥に退いていた獣人も槍を構えた状態で止まっている。
「がっ? 何をした?」
槍を突き出す体勢のまま固まった獣人がこちらを睨みながら吐き出すように言った。
銀鋼蜘蛛網は左の剣から四方八方に糸状に伸びて途中にある板壁の破片に巻きついて空中に固定している。
同じように槍を構えた四肢に絡まり、部屋の中央で動けなくなった槍使いはただ睨むことしかできない。
筋肉が引き締まった身体に真っ黒な毛皮。
しなやかな身体で細身の頭。金色の目をして牙を剥き出しにしている。
クロヒョウ種の女性。
手に持っているのは黒い持ち手に黒い穂先の長槍。
短い袖に短い裾の黒ずくめの服装。腕には籠手と手甲をしているけど、これも真っ黒だ。
部屋の中には一人だけ。
奥にはガラスの割れた窓。
グルーガは窓を割って逃げたようだ。
「こんなことをしてただで済むと思うな」
女はこちらが子供だと分かると脅しにきた。
「お前を八つ裂きにして、家族も皆殺しだ」
自分は一切動けないのに威勢だけはいい。
自分の状況が分かってないようだ。
「どうやって?」
左の剣を床に刺し銀鋼蜘蛛網を固定すると、改めて女を観察する。
鞄などは身に着けていない。
シンプルな服にはポケットなども無い。
部屋の隅にある机には四脚の椅子。
何枚かの紙があるだけ。
生活感の無い部屋だ。
動けない状態からの挽回策も無さそうだけど、何か奥の手があるのだろうか?
「ぐおっ!」
突然、女が銀鋼蜘蛛網を引きちぎって突きを放ってくる。
でも、充分に警戒してたので右手に持った蒼光銀の長剣で長槍の穂先を斬り落とし、更に長槍を持った右腕を斬り落とす。
長槍の折れた音、腕の斬れた音、それらが床に落ちた音が立て続けに部屋の中に響く。
「ぐあぁぁぁっ!」
右腕から血を噴き出しながら女が叫ぶ。
「貴様、貴様〜っ!
殺してやる、殺してやる」
血を吹き出して赤黒い色に変わったクロヒョウが目を血走らせて呪詛の声を吐くと、急にグッタリとした。
……意識を失ったようだ。
何なんだ一体。
放置するか。
運が良ければ助かるだろう。
それよりもグルーガだ。
アイツを逃すつもりは無い。
机に寄って置いてある何枚かの紙を見ると地図のようだ。
暗いのでよく見えないし、後でじっくりと調べよう。
腰鞄に地図を仕舞って、窓に向かうと割れたガラスの向こうは暗闇と少しの星空。
よく見ると楕円網籠がずっと続いている。
さ〜てヤツはどこへ行った?
銀鋼蜘蛛網をそのまま張り巡らせたまま、床に刺していた蒼光銀の長剣を抜くと窓から外に出た。
グルーガには逃げられてばかりだ。
楕円網籠で囲ったから外に出られないはずだけど、追いかけっこを続けるのも芸が無い。
確実に追い詰めることにしよう。
銀鋼蜘蛛網を張り巡らせていけば、簡単に追い詰められる。
しかし、剣を使わずに銀鋼蜘蛛網を出すにはどうすればいいだろうか。
銀鋼蜘蛛網で片手が埋まるのはいいけど、剣を一本占有するのは不便だ。
土生金。
金属は土から生まれる。土を掘ることで金属を得られる。
金属の網を生み出すのに何がいいキーアイテムがあるといいんだけど……。
ついでに銀鋼線もより強度のある鋼線に変えた方がいいか。
ピアノ線とかステンレス線とか。
炭素量を抑えてクロムとかニッケルを少量混ぜればできるはずだ。
「拡散不銹鋼弦」
地面の一点を中心点に定めて魔法を唱えると、そこに生まれた鉄球が爆発して、一気にステンレス線が三十メートル四方に伸びた。
地面で花火が爆発し、その火花が直線状に伸びて止まった瞬間のような光景だ。
見た目はとても綺麗だ。
暗闇の中、月光に反射する鋼線がシャープで真っ直ぐに伸びる白い筋は美しい。
このステンレス線に魔力を流そうと思うともう一つアクションが増えるけど、追い詰めたり捕まえる程度ならこれで充分だろう。
試運転を兼ねてこれでいこう。
「拡散不銹鋼弦」
頭文字を取るとSSSか、3S。
そう考えると結構格好いいネーミングに思えてくる。
周囲を確認しながら歩いて、たまに拡散不銹鋼弦を唱えて、グルーガを追い詰めて行く。
建物の裏側にある小部屋の窓から出て、時計回りに倉庫の正面に向かって歩いても、グルーガの気配は無い。
正面入口に着いても何の気配も無い。
このまま倉庫の左手に向かうとネグロスがいる。
グルーガはこのまま倉庫の外周を回ったか、倉庫の中に戻ったか?
……入口を塞いでまずは外周を押さえるか。
鉄壁。
心の中で魔法を念じ、入口を塞ぐような鉄板で扉を押さえる。
これで中から扉を開こうとしても、開かない。
縦横が五メートルほどの正方形で暑さが五十センチメートルはある鉄板だ。強度、重量、どちらも簡単に攻略できるものではない。
正面を通り過ぎて左手に回り込んでもグルーガは見当たらない。
どこに隠れてる?
そう思ってしばらく立ち尽くして、辺りを見渡すと木影に隠れてるネグロスが目に入った。
軽く手を上げて気づいたことを伝えるとネグロスも分かってくれたようで、上の方を指差すサインを返した来る。
……上。屋根の上か。
いや、あの窓か。
外に逃げようとしたグルーガだけど周囲を楕円網籠に囲まれてることが分かって、倉庫の中に戻ったようだ。
戻っても逃げようが無い。
無駄なことだと教えてやろう。
マントを翻して軽くジャンプして空を飛ぶと、そのまま換気用の窓から倉庫の中に入る。
倉庫の中は真っ暗だけど、端の方にいるグルーガは簡単に見つかった。
愚かにも何か道具を出して、それで何かしようとしてるらしい。
不意をつくか、小細工せずに行くか?
逃さないために確実にいくか。
拡散不銹鋼弦。
拡散不銹鋼弦。
こちら側から順に拡散不銹鋼弦を入り巡らせて行く。
何をしようとしてるか知らないけど、逃げ道を塞げば後は捕まえるだけだ。
拡散不銹鋼弦。
新しい拡散不銹鋼弦を張ったとき、グルーガが操作してる道具が光った。




