第百五十五話
森の火事を消してポローティアの街に向かう。
風の隼のヴェネットが道を先導してくれるので、焦らずに余裕を持って空を飛ぶ。
影水のノワルーナが驚異的な能力で火事を消し止めてくれたし、多分、風の隼はネグロスとグルーガの位置を捉えているだろう。
二人がどんなに速く走っても風には敵わない。
しかも上空から追尾しているので逃さない。
夜の空を飛びながら風の隼の白い影を追う。
流石に森の中を走る二人の姿は見えないけど、多分、大丈夫だ。
森が切れた先にポローティアの街の灯りが見えてくる。
深夜と言っていい時間帯なので、灯りの数は少なくて石造りの家屋が薄っすらと見える程度だ。
風の隼が飛ぶ空の下に、地面を走る黒い影が見えた。
あれがグルーガか?
川沿いを走って黒い影がそのまま街の通りに入って行く。
一本の川は街の真ん中を抜けて、その川の下流には農地が続いている。
ポローティアの街には城壁は無い。
中央には領主館があり周辺に商家が連なって、外に向かうに連れて農家が家を構えてる。
元々は農地を見渡す丘の上に領主館があって、次第にその周りに商家が建っていった名残だ。
農業を主体とした街だからこそ、水が尊ばれる。
水神を祀るのは街の歴史も深く関係している。
その街の裏通りをグルーガが走って行く。
……ネグロスが追って来ない。
何かあったかと不安に思ったら、グルーガが街の中に入ってからその後を追う影が見えた。
ネグロスだ。
先回りして街に入っていたようだ。
グルーガは動きも早くて火魔法を使うような冒険者なのに、その目を欺いて先手を取ってる。
多分上手くやったんだろう。
グルーガはネグロスにも僕にも気づかずに裏通りを走る。
背後を警戒するより、逃げることに必死なようだ。
何も考えずに街の中に入ってしまったけど、どうしようか。
小さなアジトだったら捕まれられる相手が少なくなるし、大きなアジトだったら敵の数が増える。
小さくても大きくても一長一短だ。
と、クルーガは街の真ん中から外れて、街の西に向かい始めた。
……隠れ家に向かっている?
街の中心に向かうと面倒だったけど、離れた場所なら被害を抑えやすい。
上空から様子を窺っていると、クルーガは街の家屋から少し離れた倉庫に入って行く。
……お誂え向きだ。
周辺の状況を確認してるとネグロスが倉庫に近づいて木の影に入ったのが見えた。
僕も一気に高度を下げてネグロスに近づく。
「上手く合流できたね」
「うぉっ! 脅かすなよ」
倉庫は体育館ぐらいある大きな建物で、小さな換気用の窓が少しあるだけ。
周りにはポツポツと樹が生えていて身を隠すには都合がいいけど、中が見えないので相手の人数は分からない。
「ごめん。ごめん。
アイツはグルーガ。半年ぐらい前にやって来た冒険者だって」
「そうか。それなら当たりっぽいな。
……で、どうする?」
「逃げれないように包囲してから捕まえる」
「包囲してから?」
ネグロスが眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
そんなネグロスに手を振って倉庫に駆け寄ると両手を地面につける。
「ちょっと頑張ればいけると思うんだよね。
楕円網籠」
素早く魔法を唱えると、一瞬、パッと地面が光って倉庫全体を取り囲む鉄籠ができ上がった。
蓮の水盤を保護したときと同じ要領だ。
前回よりかなり大きくなったけど、出来栄えは変わらない。
倉庫を覆う卵型の鉄の網でできたドーム。
僕を含めて、ドームの中から外に出るには鉄籠を壊さないと無理だ。
「おいおい、デカ過ぎだろ」
ネグロスが呆れながら木の影から出て来た。
無警戒で出てくるところを見ると、彼から見てもドームの内側は完全に包囲されて簡単には出られないように見えるらしい。
「これなら多分逃げられないと思う」
「そうだな。それにしても、俺も入れないし、ハクも出られそうにないけどいいのか?」
「まぁ、僕は穴を開けられるから大丈夫だよ。
ネグロスは全体を見張っててくれると助かる」
「そうだな。この倉庫だと離れたところから見張るぐらいの方が様子が分かっていいかも知れない」
「それじゃ、行ってくるよ」
「あぁ、気をつけてな。
危なくなったら大声で呼んでくれ」
「そうならないように頑張るよ」
二人して軽く手を振って別れ、ネグロスは離れた木の方へ、僕は倉庫の周りをグルリと調べ始めた。
倉庫自体は何の変哲もない普通の外観だ。
中の様子を知りたいけど換気窓は全て閉まっている。
物音が聞こえないので、中は案外壁が厚いのかも知れない。
裏口があるかと思ったけど扉らしきものは無くて、中の部屋割りも分からない。
もう面倒だし、正面から堂々と入るか。
一周回った後で正面から入ることに決めると、入口の両開きの扉に耳を当てた。
……とくに何も聞こえない。
さっき魔法で楕円網籠を作ったけど何も反応が無かったし、中に籠もって隠れてるようだ。
そっと右側のとびらを引いて開けると身体を滑り込ませるようにして中に入った。
倉庫の中は暗い。
さっきグルーガが中に入ったとは思えない様子だ。
明かりの一つもつけずに奥に行ったらしい。
しばらく扉の横に潜んで暗闇に目を慣らすと、徐々に中の様子が見えてくる。
倉庫の中は一辺が二メートルほどの大きな木箱が積み上げられて七割方は荷物で埋まっている。
真ん中は通路になっていて奥に続いているので、左右の木箱に寄り添うようにして少しずつ奥に進むと荷物が途切れてぽっかりと空白のスペースができた向こうに四つほど扉が並んでるのが見える。
簡単な事務室が並んでるようだ。
このどれかにグルーガが入ってる。
耳を澄ますけど声は聞こえないし、扉から漏れる光も無い。
右から行くか。
扉に近づいて、背を押し当てて中の様子を再度確認する。
……物音はしない。
そっと右手でドアノブを握って扉を押した。
扉の隙間から見る部屋の中は暗い。
スチャッ。
扉の向こうで金具が擦れる音がした。
ドンッ!
鉄壁!
一本の槍が扉を突き破るのと同時に僕の魔法が槍を防ぐ。
鉄壁はちゃんと役割を果たして槍を弾いた。
直後に正面から短剣が飛んでくる。
二人いる?
状況を考えながら蒼光銀の長剣で飛んで来た短剣を叩き落とすと、一旦後ろに跳ぶ。
挟撃されるのはゴメンだ。
僕が後ろに跳ぶと、槍が木の壁を突き破って追ってくるが、更に後ろに跳んで避ける。
剛腕の槍使いは木の壁ぐらいは物ともしないらしい。
同じタイミングで部屋の中からガラスが割れる音が響く。
……短剣使いがガラスを割ったのか?
追うか、退くか、躊躇った瞬間に槍使いの第三撃が迫る。
しつこい!
鉄触手!
暗闇の中で敵に向けて触手を伸ばすが、キンッという音が聞こえてとり逃す。
鉄触手をかわされたのは初めてだ。
槍使いは暗闇の中でも反応がいい。
板壁の向こうからでもこちらの動きを読んでいるし、突きが鋭い。
板壁を挟んだ状況は相手の方が有利みたいだ。
倒さなければ倒される。
捕まえるなんて甘い考えじゃマズいかも知れないな。




