第百五十四話
「どういうことですの?」
森の中で音がして、セラドブランが魔動馬車から出て来た。
出て来たらすぐに異変に気づく。
森の一部が燃えている。
夜中の暗い空に赤い火の粉が舞っている。
「何者かが火を放ったようです」
「それは、分かります。
メイクーンさんとコーニーさんはどうされましたか?」
セラドブランが詰問調で聞いてくる。
あ〜、これはかなり怒っている。
こんなことなら作戦を止めるんだった。
「二人は異変に気付いて先に現地に向かっています」
「異変に気付いたのはいつですか?」
「少し前です。
三人で火の番をしてて気づきました」
「どうして声をかけてくださらなかったのですか?」
「夜中ですし、状況が分からないので役割分担をして調査に向かいました」
「う〜、分かりました。
私たちも合流します。
ノアスポットさん、パスリムさん、行きますわよ」
「はい」
「分かりました」
セラドブランが声をかけるとすぐに魔動馬車の中から返事が聞こえた。
とりあえず第一段階はやり過ごせたようだ。
……それにしても何で山火事が起きてるんだ?
こんなの打ち合わせに無かったぞ。
冷や汗をかきながら、森を焼く火を見る。
ハクは金魔法、ネグロスは風魔法だから、あの山火事は敵が森に火を放ったと言うことだ。
私が行かなければ消せない。
セラドブランは火、パスリムは土、ノアスポットは木。
今、水魔法を使えるのは私だけだ。
早く行かないと森が焼けてしまう。
「急ぎますので魔動馬車は私が預かります。
スノウレパードさん、行きますわよ」
魔動馬車を魔法鞄に仕舞うと、セラドブランが先頭に立って燃え上げる森に向かって駆け出した。
相変わらず走るのが速い。
セラドブランが先頭を走るとその両側をノアスポットとパスリムがガードして、私一人が後からついて行く形になる。
「あの山火事は誰かが火魔法を使った可能性があります。
人影を見つけても無闇に近づかないでください」
「どういうことですか?」
今度はパスリムが問い質してくる。
「物音が聞こえたので、ハクとネグロスが様子を見に行きました。
二人はまだ戻ってません。
恐らく二人が何者かに会った後、その相手が火魔法で森に火をつけた可能性が高いです」
「火魔法で?」
今度はノアスポットだ。
「生木の多い森の中で、急に焚き火があそこまで大きくなることはありません。
あれは火魔法です」
少しづつ情報を操作して何者かの存在を擦り込んでおかないと、急に誰かが現れたときに手遅れになる。
何者かが暴れてることに危機感を抱きながら三人を追いかけると、奇妙なオブジェがあった。
「あれは何だ?」
山道にできている奇妙なオブジェをノアスポットが見つけてスピードを落とす。
セラドブランとパスリムもスピードを落として近づくと誰かが、ヒッ! っと声を上げる。
何だ?
私も近づくとそのオブジェ、首に短剣の刺さった黒猫の獣人がはっきりと見えた。
首に短剣が刺さり絶命した獣人が三人。金属の腕? のようなものに捕まっている。
……逆か。
金属の腕に捕まって動けなくなったところを短剣でとどめを刺された?
金属の腕はハクの魔法だろう。
……拘束してから短剣で殺した? ハクが?
「どういうことでしょう?」
努めて冷静にセラドブランがこちらの顔を覗き込んで言う。
「分かりません。
しかし何か理由があるはずです」
私にも何が起きたのか分からない。
ハクが理由もなく冒険者たちを殺すはずがない。
「三人とも黒猫のようです」
「何があったのでしょうか?」
ノアスポットの声にパスリムが同じように疑問を返している。
ここで冒険者たちを捕まえたとして、あの山火事は何だ?
コイツら以外にも冒険者がいるということか?
元は三人ぐらいの予想だったけど、それが外れてピンチになったとか?
疑問は尽きないけど、とにかく山火事の調査だ。
あそこまで行けばハクたちがいる。
「分かりませんが、ハクたちと合流しましょう」
三人の黒猫のことは置いといて、改めて森の火に向かって走る。
すぐに新しいオブジェに出会った。
……またか?
地面から鉄が生えて何かを捕まえている。
今度も獣人だ。
でも生きてる。
意識を失っているだけだ。
どうする?
看護するか、放置するか?
魔術師だと厄介だが……?
「この冒険者たちも気になりますが、今は先を急ぎましょう」
この冒険者たち?
セラドブランの声に反応して左を見ると同じオブジェがあと二つ。
セラドブランとノアスポットの顔を見る限りでは、その二つも獣人が捕まっていて、意識を失っているようだ。
さっきの三人は殺されていて、この三人は生きている。
……違いは何だ?
疑問が増えて、つい立ち止まりそうになるけどセラドブランたちは既に駆け出している。
考えるのは後だ。
今は火を止める。
……火が弱くなっている?
森の中に見える火が明らかに弱くなった。
気のせいか?
慌ててセラドブランたちを追いかけながら、森の様子を確認する。
炎まではまだ距離がある。
それでもさっきまでは熱かったし、森が赤かった。
燃えている方向がはっきりと分かった。
今もたまに熱風が吹きつけてくるけど、たまに感じる程度だ。森がそのまま炎に飲まれてしまうような状況じゃなくなった。
違和感だらけでも、先に進んで行く。
……炎を見つけたとき、同時に土砂降りが降ったようなぬかるんだ泥地と、炎で葉を失ったけども幹は燃え残った樹々が目に入った。
灼熱の業火に焼かれ、しかし猛烈な豪雨で掻き消えた火事。そんな様子だ。
そんな簡単に消えるような炎じゃなかった。
それこそセラドブランの放つ火炎陣で焼かれる森のような炎だった。
それが今は辺り一面濡れそぼった状態で、樹々が焼け残っている。
どうやったらあの炎を一瞬で消せる?
水魔法しかないけど、誰がやった?
ハクとネグロス。
死んだ三人と意識を失い動けない三人。
火魔法で森を燃やした獣人、更に火を消した獣人。
どんどんと登場獣人が増えていく。
ハクとネグロスはどこへ行った?
「一応、誰かいないか確認します。
皆さん広がって。このまま街の方向へ抜けて行きましょう。
誰かいれば教えてください。確保します」
セラドブランの言葉からするとハクとネグロスがここにはいないと判断したようだ。
二人の救助ではなく、残党がいれば捕まえると言うニュアンスだった。
確かに二人がいればすぐに分かるだろうが、それにしても不思議な状況だ。
「セラドブランさん、どんな火魔法だったか分かりますか?」
ほとんど消えてしまったけど、少しだけ残っている小さな炎の明かりで周囲を確認しながらセラドブランに話かける。
水溜りがあちこちにある泥地は足元が滑って歩きにくい。それでもセラドブランは危なげなく颯爽と歩き、木の焦げ跡なども確認している。
「大規模な魔法ではなく、火球や火炎槍のような魔法を何発も撃ったようです」
「えっ? そんなこと分かるんですか?」
即答で答えるセラドブランに対して間抜けな言葉を返してしまった。
「はい。大規模な魔法だと、その中心は燃え尽くされ何もなくなる場合が多いのですが、ここはそんな魔法の中心が見当たりません。
代わりに何ヶ所かに小さな焼き尽くされた跡地があります。
戦闘かどうかは分かりませんが、何発かの火球によって山火事が起きたんだと思います」
……戦闘か。
そうだとしたら誰と誰だ?
ハクもネグロスも一方的に魔法を撃たれるような状況になるか?
まだ近くで戦っているのか?
二人が戦って止められない?
「一度、ここの火を完全に止めましょう。
ハクとネグロスが継続して戦っているなら、どこかで火が上がるはずです。
火が上がっていないと言うことは、身柄を押さえたか、隠れて尾行してるんだと思います。
ここで焦って追っても余計な混乱を招く可能性があります。
まずは火を止めて、これまでの情報を整理しましょう」
「そう、ですね。
分かりました。申し訳ありませんが、水魔法をお願いします。
私たちは引き続き、周囲の確認を進めます」
セラドブランが少し悔しそうな顔をして、先に進んで行った。
これでいい。
私の役割は三人を守ること。
三人を敵のところに連れて行ってはならない。
ここで足を止めるのも大事な仕事だ。




