第百五十一話
来たときと同じように十階層から上は松明を使って道を確認しながら帰って来た。
片手に松明を持つと明らかに進むスピードが落ちた。
視界が悪いのと、松明を持っていてどうしても反応が遅れるためだ。
暗闇と薄明かりでこれほどに違いがあるとは思わなかった。
そして出口が近づいて来ると徐々に轟音が聞こえてくる。
何の轟音だ? と思いながら通路を進む。
迷宮に入ったときはこんな音はしなかった。
ゆっくり進むと突然その答えが分かった。
水だ。
迷宮の入口にあった滝に、今は轟々と水が流れて入口を隠している。
その滝の裏を通り、水神宮の迷宮を出ると既に夕闇が迫っている。
行きが一日、夜中に迷宮主を倒して、帰りも一日ということか。
夕闇が降りて、これからは真っ暗になるだろう。
急いで街に帰るか、ここで一晩を明かすか?
「すみません。実は昨晩の疲れが少しあるので今日はこの辺で夜営にしてもらえないかな?」
皆んなが迷宮を抜けてホッとしてるところを申し訳ないけど、少し強引に野営を提案する。
「えぇ、それは大丈夫です。
こちらの方こそすみません。
祠の近くなら、火を焚くスペースもありそうですね」
「あ、いや、祠の近くは恐れ多いから、参道から離れた辺りの方が落ち着いて休める気がする」
「そうなんですか?
まぁメイクーンさんがいいのならどこでも良いですけど」
少し駄々を捏ねて参道から外れた岩のそばを野営地に選び魔動馬車を停める。
これがあるから、お嬢様たちを急いで街に連れて行かなくても済むのはありがたい。
野外で野営させるよりは安全だし綺麗だ。
魔動馬車がなかったらこんな些細な理由で野営しない。
三人のお嬢様に魔動馬車に乗ってもらい、男三人で火の番をしながら交代で休む。
「ハク、お前はずっと休んでていいぞ。
疲れてるだろ」
クロムウェルがそう言ってくれるけど、今夜はのんびりと寝てる訳にはいかない。
「あぁ、眠くなったら休ませてもらうさ」
そう返すとクロムウェルがネグロスと目を合わせて何やら頷き合って、急に両サイドから僕をガッチリと押さえ込んできた。
「さぁ、ちゃんと説明してもらおうか?」
クロムウェルが声を小さくして脅しをかけてくる。
「ハクが野営しようなんておかしいんだよね。
お嬢様たちがいるから、普通ならすぐに街に向かおうとすると思うんだけど違うか?」
ネグロスも一緒になって囁いてくる。
あ〜、これは完全に疑われてるな。
「いや、ちょっと確認したいことがあるだけだよ」
「「何だ?」」
「滝が元に戻って、誰が様子を見に来るか?」
二人のハモリに対して素直に答えると、二人は一瞬固まった。
「誰? って、そりゃ街の獣人だろ」
「わざわざ夜中には来ないだろ」
ネグロスの答えに被せるようにしてクロムウェルが答える。
「どう言うことだ?」
クロムウェルの言葉を聞いたネグロスが一拍置いて自問自答する。
「滝が蘇って水不足が解決したら、街の獣人がやって来る。でも、それは夜中じゃない。明日の朝以降だ。
でも、それならハクは何を確認しようとしてる?
滝が蘇って、夜中にも関わらずここに来る獣人がいないか確認したい?」
「あぁ、ハクが知りたいのは水神宮の変化を調べに来る獣人がいないかどうかだな」
クロムウェルが僕の目を見つめながら確認してくる。
惜しい。……獣人じゃなくて妖精人が来ないか確認したい。
「そうだよ。
二十階層の蓮の水盤を壊した一味がやって来ると思ってる」
「おいおい、もし現れたら危険じゃないのか?」
「二十階層に行けるような強い奴じゃないのか?」
「数は少ないはずだよ。
それでも危険だから、別行動にしたかった」
図らずも三人して奥に停まっている魔動馬車を見る。
「一緒に下山して途中で遭遇するのが危険だったから」
「そう言うことなら仕方ない。で、どうする?」
ネグロスはこういうときスイッチの切り替えが早い。
クロムウェルはお嬢様たちに伝えるべきかどうか逡巡している。
「焚き火などは見えないように隠す。
数が少なければ、一人捕まえれば十分だ。
数が多いときは、離れて様子を見るだけにする」
「数の基準は?」
「……三人。
四人以上だと危険だ。確保を諦める」
「分かった。
役割は?」
「僕一人で行く。
逃げる奴がいたらネグロス尾行してくれ。
クロムウェルはお嬢様たちの護衛。彼女たちの安全を最優先して欲しい」
「分かった」
「本当にそれでいいのか?」
ネグロスが了解して、クロムウェルが確認してくる。
「あぁ、これで行く」
僕たちは焚き火を小さくし、祠の方向からは見えないように擬装して静かにそれぞれの持ち場で待機することにした。
本当にこれで良かっただろうか?
脳裏にチラチラする妖精人の影。
僕の知ってる妖精人は真っ黒なフードを被っていたので、顔つきはよく覚えていない。
いきなり魔法を撃って襲ってきた三人の妖精人。同じような者が今回の事件に関係しているのか分からないけど、もうしばらくすれば対面できるだろう。
彼らの狙いを突き止めないといつまでもイタチごっこだ。
ネグロスには一人捕まえればと言ったけど、一人も逃すつもりは無い。
一人は生かしたまま捕まえるけど、残りも逃がさない。
例え殺してでも。
暗闇の中、内向き思考で色々考えていると、樹々の間を動く松明が見えた。
来た!
夜の森の中を静かに音も立てずに進んでくるのだから、スキルの高い冒険者だ。
ただ、向こうは警戒して無いのだろう。手に持つ松明で居場所が丸分かりになっている。
……黒猫の一味?
はっきりとは見えないけど、フードも被らず、仮面もしていないその顔は黒猫だ。
細身のシルエットも中型種の黒猫としか見えない。
あれ?
予想が外れたようだ。
では、この黒猫の一味は何者だ?
「滝が復活したからってこんな夜中に見に行く必要があるのかい?」
急に三人の内、一人が声を出した。
やや高い声で女性のようだが、どの黒猫かは分からない。
「本当に復活したのか?
そして誰が復活させたかの確認だよ。
まだ出てきてないと思うけど、見張りのときは喋るなよ」
「分かってるよ。
焚き火とかを見つけたら一言も喋らないから、今ぐらいいいじゃないか」
「姫さんが凄腕の冒険者を連れて来たかも知れねえんだから頼むぜ」
「だから、そんなヘマはしないって。
そんな強い奴がいたら一目散で逃げるからな。
へへっ」
姫さんか。
セラドブランのことを知っているようだ。
三人だし、予定通り全員捕まえるか。
妖精人じゃないので拍子抜けだけど、何か知ってそうだし。
足音を消して少しずつ距離を詰める。
三人の姿をはっきり確認して魔法を唱えようとしたら、一人が急に足を止めた。
「罠に掛かったみたいだな」
その一言で三人が松明を投げ捨ててバラバラに飛び出す。
くっ! 逃すか!
鉄触手!
手元のタングステン合金から無数の触手が伸びて三人を拘束する。
「くそっ! 奇襲だ!」
「逃げろぉお!」
「くっ、離せ!」
三人がそれぞれに大声を出して暴れる。
煩いな。
一発づつ殴るか? と思ったら、暗闇の中を三本の筋が走った。
短剣?
不思議に思った次の瞬間には三人の黒猫が首から血を吹き出している。
くそっ。口封じだ。
二段構えの調査隊だ。
一陣目の三人を警戒してて、二陣目に気づかなかった。
一陣目は囮役だったらしい。その後ろに本隊がいた。
背後の気配を探ると四人組。
二人が真っ直ぐにこちらに向かって来る。
一人は足を止めたまま。
最後の一人は逃げ出して、逆方向へ走っている。
最初から逃げとは舐めたマネしてくれる。




