第十五話
レオパード伯爵領軍の迷宮探索四日目。
サラティとシルヴィアは迷宮に向かい行軍していた。
「昨日の探索での収穫は二つです。
一つは魔泥亜人形を倒すのが大変。倒せないほどじゃないけど、かなり無茶をする必要があります。
もう一つは鉄のインゴット。
迷宮で鉄が出ることが分かりました」
シルヴィアが整理して話すとサラティが頷く。
昨日は三階層の初戦で魔泥亜人形に躓き、魔物を倒してマッピングを進めることができなかった。
しかし魔物を回避しながら行った探索で鉄のインゴットを拾った。インゴットと言っても不定形の塊で綺麗に成形されたものではなく勝手に凝縮したような不思議なものだ。
両手で抱えるほどの鉄の塊だったので、持ち帰る際は第二隊のメンバーが交代で背負って運んでいた。
小部屋の中心にポツンとあったそうだ。
先頭で偵察を進めたハインツが見つけた。
今日、第三隊のメンバーがメイクーンの街で検証してるはずだ。
「鉄はこれから頻繁に出るのかしら?」
サラティが軽い口調で会話を続ける。
「お父様が鉄を産出するのか? と言っておられたのでそうなのではないですか?」
「そういえば、そうでしたね」
「第三隊の皆さんの確認を待たないと分かりませんが……」
「今日はどうされるかしら?」
「第三隊も別行動ですし、回避しながら探索が順当かと思います」
サラティの問いにシルヴィアが心配したような顔をしながら微笑んで返した。
話してる内に迷宮に到着する。
「今日は昨日の探索を踏まえて、回避しながら三階層の探索を進める。第三隊が街でインゴットの調査を進めるので二隊での探索となる。気を抜かぬように」
レゾンドが指示して、さぁ入るぞ、というときにサラティがレゾンドを少し引き止めた。
「レゾンド様。少し、宜しいでしょうか?」
「サラティ嬢。何かありましたか?」
レゾンドは迷宮に入る足を止めて、少し脇に移動してサラティの話を聞き始めた。
「本日はこれをお父様からお借りして参りました。
使えるかどうか分かりませんが、使えれば力になるだろう。と」
言い終えるとサラティは蒼光銀の長剣を取り出した。
「拝見しても?」
「はい」
レゾンドは蒼光銀の長剣を受け取ると、一通り鞘やグリップを確認して長剣を抜いた。
蒼白い刀身が露わになると、目を見開く。
「……これは、蒼光銀ですか?」
刀身を凝視して、少し言葉に詰まってからサラティに尋ねる。
「はい。そう伺っています」
「……そうですか。蒼光銀の長剣をお持ちだったのですね」
レゾンドは眉間に皺を寄せた後、ゆっくりと一呼吸置いて再び話した。
「合わせてこれを。短槍です。
迷宮を見つけたときにハクが持ち帰ったと聞いています」
「迷宮から、……ですか?」
「はい。集団暴走があった夜遅く、ハクが迷宮を見つけました。その際に持ち帰ったと。
翌日、私たちと一緒に迷宮に入り、はぐれてしまいました」
レゾンドは右手に長剣を持ったまま、サラティの持つ短槍に目をやった。
「……これらを、使って良い。と言うことでしょうか?」
「はい。
今は危急のとき。眠らせて置くより誰かが使った方が良い、と」
「それは助かります。
……が、誰に持たせるか?
メイクーン子爵は何か言っておられましたか?」
「レゾンド様に任せる、と仰ってました」
「そうですか。では、長剣をダグラスに使ってもらいましょう。そして短槍はハインツに。
事情が事情ですし、大変貴重な長剣と短槍です。
一時的に貸与とさせて頂きます」
「はい。我が領では預けるに足る人材がおらず、眠らせることになります。有効に使って頂けるのであればそれで幸いです」
「では、確かにお預かりします。
ダグラス殿、こちらに来て頂けるかな。
ハインツもこちらへ」
レゾンドがサラティから短槍も受け取り、ダグラスたちに声をかけると少し離れたところで待機していた二人が寄って来る。
二人の反応だが、ダグラスは明らかに緊張しているし、ハインツは怪訝な表情を浮かべている。
「はい。どうかしましたか?」
ダグラスが受けて、ハインツが深く礼をした。
「メイクーン子爵から蒼光銀の長剣と短槍をお借りした。
長剣をダグラスに使ってもらい、短槍はハインツに使ってもらう」
「えっ? 蒼光銀?」
ダグラスが固まり、ハインツは露骨に狼狽える。
レゾンドが実際に長剣と短槍を二人の前に出すが二人とも固まって動き出さない。
「蒼光銀の長剣を使うのですか?」
「そうだ。メイクーン子爵から今回は危急のときゆえ、特別に許可が出た。蒼光銀の長剣を使ってハク殿を早く助け出すぞ」
「はっ。分かりました」
ダグラスは納得したようで蒼光銀の長剣を受け取ったが、ハインツはまだ動き出さない。
「どうした? ハインツ。
この短槍を使いこなしてみろ」
「はっ。畏まりました」
まだ躊躇いがあるようだが、何とかハインツも短槍を受け取った。
二人に武器を渡すとやっとレゾンドが迷宮に向かって歩き始め、皆がそれに続いて行った。
迷宮の一階層に到着すると、最初の粘性捕食体に対してレゾンドはハインツの短槍で攻撃するように指示した。
ハインツは一瞬迷いを見せたが粘性捕食体の核を短槍で貫き倒すと、すぐに短槍の状態を確認する。
そこには蒼光銀の短槍に傷がついたら困る気持ちが、離れて見ていてもハッキリと分かるほど見て取れて少し可愛そうになるぐらいだった。
だが、蒼光銀の短槍を慌てて引っ込めたハインツの表情がすぐに明るく晴れやかになった。
「全く傷がありません!」
「そうか。本番は三階層の魔泥亜人形だ。それまでに扱いに慣れるといい」
レゾンドも報告を受けて安心したのだろう。先ほどまでのピリピリ感が少し和らいだ。
レゾンドと言えど蒼光銀の武器を遠くから見たことしかない。
実戦で使えるのか戦ってみるまで分からなくて、扱いに困ったはずだ。
一先ず安心したレゾンドたち一行は粘性捕食体を魔法で倒しながら進む。
途中でダグラスとハインツが武器の扱いに慣れるために何度か粘性捕食体と戦い、新しい武器の距離感、重量バランスを確認していく。
そして三階層。
またも初戦から魔泥亜人形が現れた。
レゾンドが下がり、ダグラス、ハインツの二人が囲んでフォスターが護衛としてサラティとシルヴィアの前に立った。
「ハインツ、行くぞ!」
「はっ!」
二人がほぼ同時に左右から魔泥亜人形に突きを放つ。
鉄剣のときは全然刺さらなかった突きが、今回はザックリと魔泥亜人形の体に埋まった。
「行ける! このまま仕留める」
ダグラスが吠えると二人で魔泥亜人形を突きまくり、すぐに魔泥亜人形を倒した。
「凄い斬れ味だ……」
後ろから見ていたレゾンドが呟く。
「これなら、行ける。
サラティ様、シルヴィア様、早くハク殿を助けましょう」
長剣を鞘に納めたダグラスが力強く歩き出した。




