第百四十九話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。二十階層。
二十階層に戻り黒い石の扉を開けると、少し先に魔動馬車が停まっていて、更に少し先に横になって休んでいる二人の姿が見えた。
ネグロスとクロムウェルが魔動馬車の外で休み、恐らく女性陣三人が中で休んでいるのだろう。
どうやったのか分からないけど、焚き火をして灯りを確保して休んでいる。
……セラドブランたちが松明や薪を魔法鞄の中に入れて用意していたと考えるべきか。
朝、麓の街ポローティアを出て、水神宮に入ったのは午前の早い時間帯。
それから全員で二十階層に到達したのがその日の夜。
それから別れて、迷宮主と戦ったのが深夜。
戻って来て今が早朝ぐらいの時間だろう。
……一応、左腕にしている銀の腕輪に魔力を流してみると二万八千台の数字が出た。
朝の七時少し前ぐらい。
感覚的にはまだ朝の五時ごろのイメージだったが、実際はもう少し時間が経っていた。やはり薄暗い迷宮の中では時間感覚も崩れてしまう。
休んでいる皆んなも普段以上に興奮し、疲れているだろうからしばらくは起きてこないだろう。
……起きて来ない内に済ませておいた方がいいか。
皆んなを起こさないように気配を殺して壊れた蓮の水盤に近づいて行くと、収納庫から小振りな魔晶石を取り出して、割れた魔晶石と交換した。
人に見せるつもりのなかった魔晶石だけど、今回は仕方ない。
この迷宮で手に入れた魔晶石は迷宮核の偽装品に使ってしまった。
まぁメイクーン領で手に入れた魔晶石だけど、この迷宮で手に入れたことにしておこう。
割れた魔晶石を収納庫に仕舞い、蓮の水盤を観察していると明らかに湧き出す水量が増えてきた。
水不足の原因が蓮の水盤の湧水量低下だったら、これで水不足は解決するはずだ。
水盤に貯まった水がどのようにして迷宮の外に流れ出して行くか分からないけど、きっと神授工芸品的な仕組みが働いて流れ出て行くんだろう。
魔晶石の交換を終えたので、次は魔晶石に魔力を充填する。
せっかく蓮の水盤がまともに動き始めたのに、魔力切れになったら水は出ない。
新しく嵌めた魔晶石に両手を添えて魔力を流しながらどうやって、これからどうするか考える。
水不足を巻き起こした狙いは何だ?
相手は次に何をする?
蓮の水盤が動き出して水不足が解消したら、何が起きる?
徒然に考えてると魔晶石への充填が終わった。魔力の貯まった魔晶石が淡く輝いている。
「綺麗ですね」
背後からセラドブランの声が聞こえた。
振り向くとセラドブランが魔動馬車の方から歩いて来る。
「起こしてしまいましたか?」
「疲れているのですが、気が張っているようです。
浅い眠りでした」
「少しでも休んで帰りに備えてください。
もうしばらくは警戒が必要です」
「大丈夫です。
それよりも無事に戻られて良かったです。
魔晶石を手に入れたのですね」
少し疲れが見えるけどセラドブランはしっかりとした口調で話す。むしろ魔晶石に興味があるけど必死に抑えてるようだ。
「えぇ、何とか手に入れることができました」
「……どうやって手に入れたのか教えてくださらないのですか?」
格好いいヒーローストーリーを期待してるのか、セラドブランが上目遣いで僕の顔を覗き込んできた。
サラサラな白い髪がハラリと落ちる。
「そうですね。
皆んなが起きてくるまでもう少し時間がありそうですから、聞いてもらえますか?」
「えぇ、楽しみですわ」
少し移動して元からある別の魔晶石に魔力を注ぎながら説明を始める。
「それでは一晩の冒険について聞いて頂きましょう」
迷宮主と迷宮核については話せないので、三十階層の階層主戦までを少し脚色しながら話していく。
「二十一階層から先には、これまでよりも一段階上の強さの魔物がいました。
最初に会ったのは黄色い鱗の大蛇。
錦蛇よりも大きく毒々しい大蛇が通路の中央で蜷局を巻いていました。
硬い鱗で覆われていてダメージが入り難く、瞬発力を活かした噛みつきは間合いが読めない距離から伸びてきます」
あまり自分自身を強く見せるのも嫌なので魔物の強さをオーバー気味に話していたら、結局ブーメランで自分がいかに強い敵を倒したか話していることに気づいた。
顔が赤くなるぐらい恥ずかしかった。
順番に場所を変えながら魔晶石に魔力を注ぎながら話していると、四つめの魔晶石でクロムウェルが起き、程なくネグロスも動き出した。
もう少しで階層主の鰐鬼を倒すところになるので、そのまま話していたらノアスポットとパスリムも魔動馬車から降りて来た。
「「「おはよう」」」
口々に挨拶を交わしながら集まって来る。
「無事に帰って来たんだな」
「もちろん」
「水が流れてるし、魔晶石も直ってる」
「偶然手に入れた魔晶石で試してみたら上手くいったみたいだ」
僕がネグロスやクロムウェルと簡潔に話してると、ノアスポットがセラドブランを気遣って声をかけた。
「セラドブラン様、お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。
魔法の馬車でよく休めました。
メイクーンさんが魔晶石を手に入れて来られたので、解決に向かいました。大きな前進です」
皆んなから見ても蓮の水盤が直ったのは一目瞭然だし、その結果水が湧き出てるので口にはしないけど安堵した雰囲気に包まれている。
「なぁハク、たった一晩で三十階層まで行って来たのか?」
「あまり魔物と戦わないようにして、様子を調べて来ただけだから」
「そんなこと言って魔晶石を手に入れたってことは階層主と戦ったんだろ?」
「仕方なく、ね。
鰐と龍が合わさったような魔物だった」
「どうやって倒したんだ?」
ネグロスの質問に混ざって珍しくクロムウェルも聞いてくる。
「鉄の棒をたくさん突き出して、動きを封じてから斬りつけた」
「……エグいな」
「ハクじゃなきゃそんな芸当できないな」
「二人が聞いてきたから言ったのに、その扱いは何だよ」
「いや、俺たちには無理な戦い方ってだけだよ」
セラドブランには先ほど皆んながいないときに説明済みなので全く口を挟んでこないし、そのためノアスポットとパスリムも静かに聞いている。
「続きは帰り道で色々と話すよ。
まずは食事をして帰る準備をしよう」
「そうですね。
神授工芸品が直ったので、外の様子も確認しなければなりませんね」
皆んなに帰る準備を促すとセラドブランも理解して声をかけてくれた。
「メイクーンさん、この神授工芸品はどうされますか?」
「あぁ、一応破壊されないように魔法で保護しとくよ。
ただ完全に覆ってしまうと不都合があるかも知れないから、大きな金網のようなカバーにしようと思う」
「お任せしても良いですか?」
「当然です。
楕円網籠」
僕が魔法を唱えると蓮の水盤を包み込むようにして卵形の金網ができた。
金網の目は荒いけどその分金網自体が太い鉄線でできている。手を中に入れることはできても壊すのは難しいだろう。
今回はタングステン合金をイメージして金網を作ったので高温にも強く硬度も高い網籠になった。
……というか網籠よりは檻に近い仕上がりになっている。
鉄触手や銀鋼蜘蛛網といった技を使ったので、金属の扱いが上手くなってきたように思う。
「これは、やり過ぎじゃね?」
ネグロスが何か呟いてるけど無視だ。無視。




