第百四十六話
霧の中、霧が晴れるのと泉の水が引くのを待つけど、どちらも一切進まない。
やっぱりアレだ。
蛟龍のヤツは姿を変えて隠れてる。
とりあえず八つ当たり気味に蒼光銀を赤熱させて、超高温の状態で振り回して周囲の霧を晴らすと少し視界が良くなった。
これだけ水の多い迷宮の中でも、熱によって乾燥させることはできそうだ。
霧の方は何とかなるとして、問題は泉の方か。
泉の中に潜ってもいいが、蛟龍の住処だと思うとヤツにアドバンテージをくれてやるのは嫌だ。
この赤熱剣で行けるとこまで行ってみるか。
赤熱させた蒼光銀の長剣を二本構えて泉の中央に向かうと、少しずつ高度を下げて行く。
高度を下げて泉に赤熱剣を突っ込むと、ジュッと音が剣に触れた水が蒸発する。
むっ。
剣を二本とも突っ込むとジュワーッと沸騰面積が広くなったが、それでもとてもじゃ無いが泉の水を全て蒸発できるような熱量じゃない。
泉の水量に対して熱量が少な過ぎる。
……甘く考えていた。
さっき蛟龍を簡単に退治できたのは、ヤツを水から上がらせていたからに過ぎない。
水の中で姿を自在に変える相手と戦うなんて無茶だ。
そう言うこと実感させる水量だ。
かと言って、このまま帰るのは癪だし。
素潜りはリスクが大きい。
何か泉の中の様子を探る技がないか?
あぁ、こんなときこそさっきの技か。
鉄触手。
……もっと細くて長くしなやかな糸がいいな。
銀鋼蜘蛛網。
左手に持つ蒼光銀の長剣を突き出し、剣の切っ先から銀線を出す。
地面に立っていないので、何となく銀糸の供給量が不安だったが問題なさそうだ。
魔力を銀糸に変えて、泉の中に銀糸でできた蜘蛛の巣を張り巡らす。
たまに銀糸の先に突っかかりのようなものを感じるが、泉の中にいる魚か蛟龍の分身体だろう。
剣先から伸ばした銀糸がゆっくりと広がっていく。
銀鋼蜘蛛網で泉の中の様子を感じながら、銀糸を更に伸ばして広げていく。
先ほど魚かと思った感触があったが、泉の中には生物はいなさそうだ。
オレの銀糸に触れるとすぐに逃げて行く。
恐らくは蛟龍。
大きさは思ったほど大きくない。
多分、オレが斬った水龍の半分も無い。
オレが泉の上で戦ったのは魔力で作った模造品?
いや、アレはアレで本体だったけど、今は体を小さく変えていると見た方がいいか。
そんなことを考えながら、更に銀糸の網を広げる。
……ん?
オレの網が何か壁のようなもので動きを止められた。
向こうもやる気らしい。
泉の奥から小さな水流が一直線にこちらに伸びて来る。
張り巡らせた銀糸の網の一部が食い破られる。
させるかー!
左手の長剣に魔力を集中して、銀線に流し込む。
灼熱ろ!
一瞬で銀線が真っ赤に熱くなる。
泉の隅々まで張り巡らされた銀糸の網が一斉に灼熱の導線と化すと、泉全体がマグマに触れ沸騰した蒸気へと変わる。
ボゴワァ!
ジジヤゥワァ!
グボルグワァ!
泉の中の銀線が真っ赤に輝き、至るところで起きる水蒸気爆発が爆音と爆風を奏でる。
赤い銀線の光があちこちで反射して、迷宮に籠る蒸気も赤い霞へと色を変える。
ははは、予想以上に凄まじい光景だ。
風の隼のヴェネットの作ってくれた風の膜に包まれて終末の景色を眺めていると、咆哮が聞こえた。
「貴様〜!
何をした?!」
真っ黒な龍が泉の底からうねりながら迫って来る。
先ほど見せた姿と違うのは色と大きさ。
長い蛇に手足と翼が生えた姿は変わらない。しかし、色が真っ黒になった。
……そう言えば五行でも水属性は黒だったな。
クロムウェルが見たら喜びそうだ。
大きさは先ほどの半分程度。それでも十メートルはありそうな長い龍。
その蛟龍が額の一本角にバチバチと稲妻のようなものを纏わせて近づいて来る。
「後悔しても遅いぞ!」
蛟龍が首を振って稲光を飛ばして来たので、銀鋼蜘蛛網を切り離して鉄盾を展開し、後ろに跳んだ。
バチッ!
蛟龍の稲妻が鉄盾に弾かれて、銀鋼蜘蛛網を伝って、迷宮内を閃光で照らした。
フラッシュライトが視界を真っ白に染める。
更に後ろに跳んで距離を取りながら蛟龍を探すと、ヤツも光でオレを見失っているようだ。
「策も無く出て来たのか?」
左手の蒼光銀の剣を振って、蜘蛛のように銀糸を飛ばし蛟龍の拘束を試みる。
「笑止! 貴様如き、我に触れることもできぬわ!」
蛟龍は銀糸をかわして滑るようにオレに迫って来る。
「こちらこそ笑わせないで欲しい。
攻撃が当たらないのに、どうやってオレを倒すつもりだ?」
言いながら、迫る蛟龍の牙をかわして胴を斬り落とすと、下半身が爆散して水煙になった。
「これぐらいで我を倒し……」
逃げ出した上半身を追いかけ、更に追撃をかけて片腕を斬り落とす。
「何か喋ってたようだが、聞き損ねてしまったな」
「貴様〜!」
怒りに我を忘れて突撃して来た蛟龍の頭を、縦に振り下ろした一撃で割ると残った体も爆散して水煙になる。
「さっさと体を作らないと、迷宮核がヤバいぞ」
「くっ!」
迷宮の中央に残った泉の残りから微かに声が聞こえた。
蛟龍の本体はまだ残っているらしい。
焦らずにゆっくりと中央に向かう。
先ほど銀鋼蜘蛛網を邪魔されて気化できなかった泉が残っている。
蛟龍が守りたかったものもこの奥にあるだろう。
可哀想に、予想以上に泉の水が蒸発した結果、残された泉に浮かぶようにして迷宮核が見えている。
台座は見えないけど迷宮核はしっかりと見えている。
黒い水のようなものをたたえた巨大な玉。
透明な玉の中に渦巻いている黒い何か。
両手に剣を持ったまま無造作に歩いて行くと、迷宮核の周りに残っている水が渦を巻いて集まり、三度目の龍になって目の前に現れた。
「そこまでだ。これ以上の狼藉はやめてもらおう」
蛟龍は両手を広げ、迷宮核を守るようにしてオレの前に立ちはだかる。
無視して迷宮核に近づくと蛟龍が噛み付いてきたが、右手の剣で下顎から上顎に向けて剣を突き上げて串刺しにすると、動きが止まる。
「ぐっうぅぅ……」
口を串刺しにした蛟龍を地面に押し倒して左手で捕まえる。
掌に魔力を纏い、焼かない程度に強化して蛟龍の喉を押さえると、剣に貫かれて動けない蛟龍は完全に動きを止めた。
姿を変えれる蛟龍も少しは懲りたようだ。抵抗せずに大人しくなった。
「どうするつもりだ?」
「簡単な話だ。二択で選ばせてやる」




