第百四十三話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。三十階層。
階層主、鰐鬼戦。
両手に曲刀を持つ鰐鬼を相手にして僕は自作の合金剣を諦めて蒼光銀の二刀流で戦い始めた。
二刀流対二刀流。
両手で同時に鋭い一撃を打ち込んでくる鰐鬼だけど、僕は蒼光銀の剣でこれを受け止め、逆にその剣を折ったはずだった。
……しかし、目の前には両手に曲刀を持った鰐鬼がいる。
どう言うことだ?
考える間を与えずに鰐鬼が高くジャンプする。
三メートルぐらい。高さも距離もあるジャンプだ。
剣か、蹴りか?
蒼光銀の剣を構えると、左から尾が来た。
……そう言えば鰐鬼には長くて太い尾があった。
右に飛んで打撃を吸収しながら、左腕を下げて腕とマントで尾の攻撃を受ける。
ミシリ。
重い音と一緒に衝撃が身体の中を走る。
尻尾の一撃で優位に立った鰐鬼が着地と同時に追撃してくる。着地の踏み込みから体を強引に捻り曲刀を振り回してコマのように迫る。
クッ。
痛めた左側からの連撃。
左半身を引いて右手の剣で受ける。魔力強化してヤツの曲刀を斬る。
一本、二本。
キキンッ!
音を立てて鰐鬼の曲刀が二本とも斬れて刀身が吹き飛んだ。
先ほどと同じように鰐鬼の体が勢いのままに流れてバランスを崩したところに、右手の蒼光銀を振り抜こうとすると鰐鬼が曲刀を突き出してくる。
さっきと全く同じ展開。
今回はしっかりと曲刀を斬った。
刀身の無い曲刀では受けられない。
ギンッ!
クソッタレ!
曲刀が復活している。
素材は分からないが、出来立ての曲刀がヤツの手にある。
この魔法はノーモーションで発動するらしい。
そう言えばノーモーションで盾を造るヤツもいたな。
洒落臭い。
オレの剣を受けた鰐鬼が後ろに飛んで、再び距離を取る。
小生意気な。
鉄触手。
紫人蟲蜘蛛との戦いで使って魔法だ。
鰐鬼の立つ地面の周囲から鉄の棒をヤツに伸ばして絡めとる。脚や尻尾を捕まえたら、そのまま胴体や腕にも別の鉄触手を伸ばして鰐鬼を動けないように拘束する。
一瞬で鰐鬼は銀色の鉄棒に羽交い締めにされた。
これなら曲刀を復活できる程度の魔法なんて関係ない。
あと一撃で終わりだと思ったら、足元に水が広がった。
うおぉぉっ!
水?
泉?
瞬く間に広間が水没していく。
クッ。
往生際の悪いヤツめ。
鰐鬼の持つ曲刀が夥しい水を噴き出しながら迷宮を水浸しにしていく。
あっという間に腰丈まで水に埋まり、訳の分からない濁流ができる広間を鰐鬼に向かって走る。
クソが〜っ!
左腕の痛みも忘れて、両手の蒼光銀で鰐鬼を袈裟斬りにする。
右から左へと二刀で斬り裂くと二筋の斬り跡が平行に走って、鰐鬼の巨体が動きを止めた。
鉄触手に張り付けられて動かない鰐鬼は生贄のようにも見える。
巨体は斬り裂かれ、両手に持って曲刀を振ることもできなくなった鰐鬼。
鰐鬼は死ぬと共に曲刀は水を噴き出すことを止めた。
今では巨大な記念碑になっている。
一瞬で水没しかけた階層を見回し、流石にこのままだと面倒な気がして鰐鬼を拘束していた鉄触手を解く。
スルスルと鉄触手が地面に戻っていくと鰐鬼の死体が倒れた。
ズ〜ンと響く音を立てて鰐鬼の体が水に沈み、徐々に階層から水が引いていく。
立ち尽くしたままで、広間から水が引いていく様子を見る。
結局、あの曲刀は何だったんだろう。
神授工芸品だとしたら惜しいことをしたかも知れない。
魔力を流して復活する剣なら使い勝手が良さそうだ。
水が湧くようにして刀身が一瞬で元に戻るなら便利だ。
折れる剣は恐くて使えないが……。
水を噴き出す機能は他にも似たような神授工芸品があるから、わざわざ曲刀で実現する必要が無いし。
うん。
折れる剣は恐くて使えないから、諦めて正解だな。
曲刀を回収し損ねたことに理由をつけて、心の平静を保つ内に水がかなり引いて来た。
さて、ここから先をどうするかな。
鰐鬼を倒したことで魔晶石が手に入るといいんだけど……。魔晶石が手に入れば二十階層の神授工芸品を直すことができる。
そうすれば麓の街の水不足について、一歩前進する。
蓮の水盤を直して水不足が解消すれば、それで良し。
解消しなければ、蓮の水盤を持ち出して何処かに設置して試せばいい。
それでもダメなら別の神授工芸品を探すか……。
魔晶石が手に入らなかったら、……拾ったことにして腰鞄か収納庫から使えそうな魔晶石を探してみるか。
……多分、どこかにあるはずだ。
使い道が無くて放り込んだ魔晶石があったと思う。
とりあえず水不足は何とかなりそうかな。
でも、残るもう一つの方を何とかしないと、水不足が再発してしまうか?
偶然、サーバリュー侯爵領で水不足が発生した。
たまたま水不足を解決できるような神授工芸品が近くの迷宮の奥に壊れた状態で残っていた。
運良く見つけて直したら水不足が解決した。
……ちょっと無理があるよな〜。
誰かがこの迷宮に入ったから水不足が起きたと捉えた方が無難だ。
今のところ、その誰かの手がかりが無い。
敢えて手がかりと言うなら、二十階層の階層主を倒す力がある。蓮の水盤の魔晶石を割る力がある。
魔晶石ってどれくらいの力があれば壊せるんだろう?
迷宮核ほどの硬さ無いと思うけど、それでもかなり頑丈そうなイメージだ。
何が起きるか分からないから壊す気にならないけど、偶然で壊れるようなものじゃ無いはずた。確信犯でなきゃ壊せないだろう。
その場合、魔晶石を壊した誰かを特定して再犯を防がないと本当の解決にはならない。
その手がかりが欲しい。
少なくとも妖精人との関係が明らかにならないと僕は安心できない。
この迷宮で二十階層の階層主を倒した冒険者。
その時期とメンバーを特定したい。
この階層の神授工芸品を手に入れても解決しない問題を抱えて水の引いた階層を奥に向かって歩くと、黒く大きな扉と、淡く輝く宝箱が見えて来た。




