第百四十二話
秘密裏に迷宮に入り込む凄腕の冒険者なら、思い当たりがある。
……妖精人。
レドリオン公爵領の冥界の塔に潜り込んで新人の冒険者たちを狩っていた新人狩りの三人。
アイツらがどこからやって来たか知らないけど、冥界の塔の中で獣人冒険者を襲っていた。
冒険者ランクがBランクのジェシーが大勢で束になって捕まえようとして倒せなかったんだから、Bランク相当の強さはある。
アイツらの目的は分からないけど、時期的にも近いし、得体の知れない強い冒険者という条件も当てはまる。
冥界の塔に現れた三人以外にもいるのかどうか分からないけど、可能性はある。
そう言えば妖精人たちは獣人を蔑んでいて、獣人たちを襲うために冥界の塔に潜んでいた。
……いや、冥界の塔が元々は妖精人の都市で、それを取り戻しに来たんだったか?
何か迷宮主の太陽の方尖碑、アマテラスから聞いたこととごちゃ混ぜになってるな。
まぁ、冥界の塔を取り戻すため、つまりは住処を取り戻すために獣人を襲っていたんだとすると、この迷宮に来たのは神授工芸品が目的か。
それなら蓮の水盤みたいな水を作り出す神授工芸品は貴重なアイテムだと思うけど、間違って魔晶石を傷つけてしまって放置していった?
……何か変だな。
冥界の塔に現れた妖精人は獣人たちを襲っていた。
金品を目的にしたただの盗賊ではなくて、獣人たちを殺害することを目的にしてた。
ただ、本当は殺害が目的じゃなくて、何かの目的のために殺害と言う手段を使っていたはずだ。
暴力は目的を達成するための手段であって、目的じゃない。
ただし、僕が退治してしまったからアイツらの目的は不明のままになった。
仮に目的を冥界の塔を手に入れる、あるいは住処を手に入れることにすると、少人数の妖精人が隠れて冒険者狩りをしてたのも理解できる。
では、そんな少人数の妖精人がこの迷宮に来るとしたら、理由は何だ?
この迷宮に何か由縁かあるか、神授工芸品に由縁があるか?
この迷宮に理由があるとしたら、水。
水神をどうにかしたいということか?
あるいは神授工芸品。
水に関連する神授工芸品を利用したいか、強力な破壊力を持つ神授工芸品が眠っているか。
……意図的に蓮の水盤を壊し、更に強力な神授工芸品を求めて更に深い階層に進んだ。
これが多少は納得できるストーリー。
もし妖精人と蓮の水盤の魔晶石が割れていたことが関係しているなら、妖精人たちは獣人たちを困らせるために魔晶石を破壊した。
そこまではいい。
その後、どうした?
冥界の塔に侵入した三人組は僕が倒した。
この迷宮に来たメンバーはその後、どこに行った?
僕の頭の中では、今回の事件はタイミングや能力を考えると冥界の塔の妖精人の事件と密接にリンクする。
考え事をしながら迷宮を進んでいたら、いつの間にか三十階層まで来ていたようだ。
通路を抜けると泉が現れた。
虹蛇、蛇鬼に続く階層主は何だ?
同じように階層の中央に泉があるから、水神系の魔物のはずだけど、蛇神の流れで大蛇や海龍なんて言う龍の化け物が出て来るとツライ。
しかも今回はセラドブランがいないので視界が悪い。
中央に大きな泉があるので彼女の火球がないと反対側まで見通せない。
足場の無い泉で戦うことを考えると、早く魔物の姿を確認して戦い方を定めたい。
慎重に歩みを進めながら、泉の中央を凝視する。
泉の中央ばかり警戒していたら、目の前の岸に急に眼球が浮き出て来た。
目?
目に続いて細長い顔が水面に沿って輪郭を現してくる。
鰐?
細長い顔についている長い口が見えて来ると、その姿が分かってきた。
鰐の頭を持つ鬼だ。
鰐鬼。
鰐神、鰐聖獣とも言われる。
かなり珍しい魔物だ。
顔は鰐だけど、両手足が長く、更には背中から続く長い尻尾があるので、かなり前傾姿勢で水から上がってくる。
体全体が緑色で光沢のある鱗で覆われていていかにも硬そうな外観で、両手には反りの大きな曲刀を持っている。
二刀流の使い手らしい。
とりあえず、水から出て来てくれるのはありがたい。
三メートルほどの大きさの鰐鬼でも、陸上なら剣で戦うことができる。
すぐに斬りかかって泉に逃げられると面倒なので、様子を伺いながら岸から少しでも陸地に引き込めるように後ろに下がる。
後ろに下がった僕に対して、鰐鬼は余裕綽々でゆっくりとこちらに向かって歩き距離を詰めて来る。
距離が近くなると鰐鬼の体の細かいところが見えてくる。
長いだけじゃなくて太い腕。特に首と肩の周りは関節が分からないぐらいの肉がついている。
下半身も太腿と尻尾は三本とも大きな上半身を支えるのに十分な太さをしている。
両手に持っている曲刀も長さが二メートルはある巨大な曲刀だ。
斬れ味は分からないが、斧か鉈のような厚みを感じる。
鰐鬼はニヤリと口の端を上げると両腕を振り上げた。
奇妙なスタイルだけど両手に持った曲刀を同時に振り上げると、これまた同時に振り下ろす。
咄嗟に後ろに飛ぶけど、鰐鬼の踏み込みも予想以上に深い。
飛びすさりながら右手のタングステン合金の剣と左手のコバルト合金の剣で曲刀を受けると、剣を受けた腕を使って更に後ろに飛んだ。
ダメだ。
合金の剣は魔力強化したけど、受けるのが精一杯だった。
力で切り結べは折れそうだ。
すぐに判断して蒼光銀の二刀流に持ち換えると鰐鬼の次撃が迫ってくる。
ゆっくりした動きの癖に、瞬発力が凄い。
二本の曲刀を一緒にして真横に振り回してくる。
曲刀の二段斬り。
こちらも二本の蒼光銀の剣を縦に振り下ろすと、曲刀を受け止めた。
……剣を持ち換えていて良かった。
合金の剣では耐えられない威力だ。
しかし、蒼光銀なら負けない。
蒼光銀の剣を白熱させて、一気に鰐鬼の曲刀を押し斬る。
ギンッ!
お互いに拮抗した状態から、急に曲刀を折られた鰐鬼がバランスを崩す。
勢い余って流れた鰐鬼の体に向かって蒼光銀の剣を振り戻すと、鰐鬼が折れた曲刀を突き出してきた。
ただの折れた曲刀がギリギリで蒼光銀の剣を受け止める。
……何故?
蒼光銀は折れた曲刀で受け止められるほど弱く無い。
よく見ると折れたはずの曲刀が元のままの姿で蒼光銀の剣を受け止めている。
……何故?
曲刀はさっき折ったはず。
しかも、白熱させたまま鰐鬼に向けているのに。
鰐鬼は僕の剣を受け流して、体勢を直して距離を取った。
僕は疑問を解消するために奴の曲刀を凝視した。




