第百四十一話
サクサクと水神宮の迷宮を進む。
相変わらず一つの階層に数匹しか魔物がいないので戦闘回数も少ないし、精霊の風の隼、ヴェネットが道案内をしてくれるので間違いなく下層への最短距離を進んでいる。
大蛇が三匹ぐらいなら今の僕の敵じゃないからスイスイと進みながら、たまに石像や石柱を回収する。
最初に見た邪神石像は真っ黒で艶々で気持ち悪かった。しかし、その後で見つけた石柱は真っ白で高さ三メートルぐらいの無機質なものだった。
階層を進んで今の二十六階層になると、磨かれた天使像みたいな石像も出てきた。
これも効果が分からないので魔力は流さずにそーっと回収した。
魔除け的な効果があると使い道もあるんだけど、以前拾った双頭鷲の盾みたいにデカ過ぎて使い道の無い神授工芸品は困る。
昔々、どこかの貴族は双頭鷲の盾を砦に設置して巨大な御守り扱いしてたらしいけど、効果があったのか?
まあ、メイクーン領なら屋敷や迷宮の近くの領軍の砦に飾ってみるのもありかも知れない。
こんな風に軽口を叩けるのもたまに石の神授工芸品があるからだ。
ただ全階層に神授工芸品がある訳ではないので限定特典ではなさそうだ。
つまり僕が最初の到達者では無い。
過去に誰かが二十階層の蛇鬼を倒してこの階層までは来ている。
それが最近か、昔かは分からないけど。
最近だとしたら、蓮の水盤の魔晶石が割れていた理由とも関係してそうだから、かなり面倒な話になる。
……できれば遠い昔の話であって欲しい。
そうは思いつつも、半年ほど前に蓮の水盤の魔晶石が割れたと仮定して、それがどこかの冒険者パーティによるものだったとしたら、それはどこの誰だろうか?
まず、この水神宮の迷宮は麓の街から神聖視されていて、普通に冒険者が挑もうとしても反対されるような迷宮だ。
つまり、誰かがここまで来たとしたら、その冒険者は隠れて秘密裏にこの迷宮を攻略している。
誰がそんなことをするのだろう?
更に、その冒険者はBランク以上の実力がある。
セラドブランたちはBランクだけど、二十階層の階層主を倒したところで攻略を断念した。
秘密裏にこの迷宮に入った何者かは、二十階層の階層主、蛇鬼を倒した上で蓮の水盤の魔晶石を破壊して更に深く潜った可能性がある。
そんな凄腕の冒険者パーティが秘密裏にこの迷宮に入れるだろうか?
ランクが高ければ目立つし無理なような気がする。
……だとしたら、無名の新人ぐらいじゃないと難しい。
例えば、今の僕たちのような外見と実力が不釣り合いな冒険者でもないと。
そんな隠れた実力を持った冒険者パーティが何故この迷宮に挑んだのか?
冒険者パーティの目的を突き止めないと、安心できそうにない。
まとまらない考えをこねくり回しながら迷宮を進んでると、足元の低い位置にピンと張った糸を見つけた。
罠?
糸の前で足を止めて、ゆっくりと糸を観察する。
糸を使った罠なんて、誰が仕掛けたんだ?
この迷宮に固有の罠か、
冒険者が用意した罠か?
糸の先は迷宮の奥に続いていて、どんな罠が発動するのか分からない。
糸に触れないようにして、糸の先を追って迷宮の奥に進むと、小部屋の中に小さく蹲った紫人蟲蜘蛛がいた。
姿は皆んなで協力して倒した人蟲蜘蛛と同じだけど、肌の色が違う。
下半身は前回と同じように黒い毛に覆われているけど、上半身が紫色の肌だ。
如何にも強くなりました、って感じの皮膚はヤバイ。
距離を取ったまま銀の短弓に持ち替えて光の矢を三斉射して様子を見ると、紫人蟲蜘蛛を起こしただけで紫の肌には傷が無い。
燃えるような赤い髪を逆立てて紫人蟲蜘蛛が空中を走ってくる。
……糸を張っていたのは紫人蟲蜘蛛らしい。細い糸の上を走って僕の方へ襲って来る。
くっ!
こちらから攻めようとして剣を構えると、口から糸を吐いて来る。
糸をかわすと、何かが足に引っかかって転びかける。
くっ! 糸か?
強引に振り解こうとするけど、解けずに中途半端は姿勢で固まったところに紫人蟲蜘蛛が再び糸を吐いて来る。
あれに捕まるとマズい。
タングステン合金を加熱して、熱で糸を焼き切り回避しようとして失敗した。
糸が切れない。
熱に強い糸。まさかの出来事に頭が瞬間、真っ白になる。
足に糸が絡まり、剣にも糸が絡んで動きが取れない。
糸の絡んだ剣を右手に持って紫人蟲蜘蛛と力比べをする。
向こうは僕から剣を奪おうとしている。
それに抵抗しながら、四方に張り巡らされた糸、口から吐いて来る糸に対抗する手段を考える。
熱に強いと言っても、もっと温度を高くすれば焼き切れるだろうか?
どうすれば口から吐いた糸を手繰りながら近寄ってくる紫人蟲蜘蛛を止められる?
蜘蛛の糸が絡んだタングステン合金の剣を握り締めながら必死で考えて、剣から鉄の棒を紫人蟲蜘蛛に向かって伸ばした。
近づいて来る紫人蟲蜘蛛を鉄の棒の先端を変形させて捕まえる。捕まえて近づかないように固定する。
口から吐いた糸を手繰り近づこうとする紫人蟲蜘蛛と、剣から伸ばした鉄の棒で脚を捕まえ動けなくする僕。
一旦動きが膠着すると、僕は更に鉄の棒を追加する。
タングステン合金の剣から更に別の鉄の棒を伸ばして別の脚を拘束する。
それを次々と繰り返して強化する。
いつしか、一本の剣から何本もの鉄の棒が伸びて、その先端が紫人蟲蜘蛛の脚や胴体に絡んで完全に動きを固定して拘束した。
相手の動きを止めてしまえば、こちらの剣を止められていても問題無い。
「飛天十字戟!」
碧玉の森にいた双頭鷲が使った投げ槍を真似て十字戟を高速で射出して紫人蟲蜘蛛に飛ばす。
十字戟が動けない紫人蟲蜘蛛の頭に直撃すると、その頭を砕いて息の根を止めた。
頭が弾けて紫人蟲蜘蛛が死ぬと、僕に絡まった糸が解ける。
……きっと魔力が流れてる間は糸も強化されて熱に強く、切れない糸だったんだろう。
紫人蟲蜘蛛が死に、魔力が途切れるとその強化が解けてほどけたようだ。
紫人蟲蜘蛛の死体も足場となる糸が力を失って空中から地面に落ちる。
しばらくしてその死体が迷宮の地面に溶けていったけど、残念ながらその後には何もあらわれなかった。




