第百四十話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。二十階層。
僕の持っていた神授工芸品の馬車は想像以上に凄いものだった。
外見は四頭立て六人乗りの豪華な馬車だけど、魔力で走る十人乗りの魔動馬車。
水晶玉から取り出してあちこち調べてるうちに、中央の泉の水が引いてきた。
そろそろ泉の奥を調べても良さそうな頃合いになったので、馬車から出て水の引いた泉を歩いて行く。
「十階層のときは黒竹筒が落ちていたから、ここでも何か落ちてないか探して欲しい」
六人で横に広がって歩きながら、泉の底に何か落ちてないか探す。
中央にいた蛇鬼を斬り倒してから焼いているので、多分泉の中央に何かあるはず。
そう思って泉の底を歩いて行くと、視界の先に大きな噴水のようなものが見えてきた。
……噴水?
……水盤?
石を磨いて作られた円形の大きな皿がある。
中央に花を模した台座があってその周りに魔晶石が飾られている。
中央の花は蓮のように見える。
蓮の水盤と呼べばいいだろうか。
近づいて見ると直径十メートルほどの石の水盤があり、その中央に魔晶石の嵌った蓮の花が五輪咲いている。
……しかし、一輪だけ魔晶石が割れて嵌っているのは欠片だけになっている。
こんなデカい神授工芸品、どうするんだ?
「この蓮の噴水が神授工芸品のようです」
セラドブランが近づいて石の表面を触りながらこちらを振り向いた。
「蓮の噴水あるいは蓮の水盤とでも呼びましょうか?」
近づいて調べて見ると噴水と言うよりは、水をたたえる水盤の方が正しいようだ。蓮の花から今も少しだけど水が流れ落ちている。
「蓮の水盤の方が正しそうです。
それぞれの花についているのは魔晶石ですか?」
「魔晶石ですね。
一つ一つはそれほど大きなものではありませんが、五つとなると結構な魔力があるはずです」
セラドブランは初めて魔晶石を見たらしい。真剣な顔で魔晶石の輝きを見てる。
「これは蛇鬼を倒したから割れたのか?
それとも元々割れてたのか?」
ネグロスは割れた魔晶石が気になるようで、割れた魔晶石とその周辺を調べてる。
「ちょっとだけ、割れた魔晶石に魔力を流してみるよ」
ネグロスに声をかけて、割れた魔晶石に手を乗せて魔力を流してみる。
魔力を流すと魔晶石が淡く光って、反応した。
それに呼応して周りの四つの魔晶石も淡く輝くと蓮の彫刻から水が溢れ出てきた。
……みるみるうちに水盤が水で満たされ、更に水盤から零れ出た水が泉の底に貯まっていく。
足元まで水浸しになりそうだったので魔力を流すのを止めると、水が止まり水盤を満たす水の表面の波が消えた。
「この神授工芸品は黒竹筒よりもかなり高性能な湧水能力みたいだ。
魔晶石が揃ってたら泉の水が引くことは無かったんじゃないかな?」
「それほどですか?」
「えぇ、多分それぐらい凄い量の水が溢れ出すと思います」
「ひょっとしてこの蓮の水盤の魔晶石が割れていたことが水不足に関係していますか?」
セラドブランが自信無さげに聞いてくる。
「原因は分かりませんが、可能性はありますね」
「どう言うことでしょう?」
「分かりやすい推測なら蛇鬼を倒して蓮の水盤の魔晶石も壊さないと先に進めない。
だから冒険者が魔晶石を壊して進み、その結果、湧き出る水が減った、とか。
あるいは全然関係なくて蛇鬼を倒したら一緒に魔晶石も壊れてしまった、とか」
「……そうですね。
これだけでは情報不足でした。
もう少し調べる必要がありますね」
「……可能性はあります。
上手くいけば水不足を解決できますよ」
セラドブランが自分の焦りと不安を自覚して過大な期待を慎んだけど、こんな巨大な神授工芸品なら上手く使えば水不足は解決できそうな気がする。
問題は割れた魔晶石。
どこかから丁度いいサイズの魔晶石を調達する必要がある。
「下の階層に続く門があれば、もう少し色々と分かります。
門はありませんか?」
泉の奥に進めば門があるはずだ。
もっと深くに行けば魔晶石も見つかるだろう。
「ハク、あそこに見えるのが門じゃないか?」
ネグロスが奥の方にある石の門を見つけた。
またも真っ黒な石の門だから近づかないと分かりにくい。その門には龍が彫られている。
十階層が虹蛇で、二十階層が蛇鬼、蛇が龍になるにはあと何階層あるのだろうか?
「ここから先は僕一人で行きます。
皆んなはここで体力が回復するまで待ってて、必ず戻るから馬車で休んでて欲しい」
振り向かずに言った。
「おい、あまり無理するなよ」
「……。
すみませんが、少しだけでも調査をお願いします。
でも必ず戻ってください」
片手を上げて応えるとそのまま石門を開いて一人で先に進んだ。
二十階層の石門を潜り、一人通路を進む。
二十階層までの道を考えると同じように魔物が少なければ一気に進める。
運が良ければ三十階層ぐらいまではそれほど時間をかけずに探索できるだろう。
甘い期待を胸に階段を下りる。
二十一階層。
「ヴェネット、道分かる?」
風の隼の精霊、ヴェネットに下の階層への道順が分かるか聞いてみる。
風の隼の姿は見えなくてもいつも僕の傍にいる。
声をかけてから左肩を見ると肩の上に白い靄のような霞んだ姿をして隼が載っている。
僕の声に応じて風の隼が姿を現している。
僕と目が合うとフッと反動を感じさせずに空に浮き、迷宮の中を飛び始めた。
僕も銀糸のマントを使って風の隼の白い姿を追いかける。
途中で大蛇が小部屋の中央に蹲っていたいたけど、無視してその上を飛ぶ。
無駄に戦う必要は無い。
先を急ぎ通路を飛んで進むと同じように大蛇がいたが、大蛇が蜷局を巻いている物体が目に止まった。
邪神石像。
蝙蝠のような翼を持った猿のような魔物の石像。
そこに錦蛇の茶色い鱗とは違う黄色い鱗の毒々しい蛇が巻きついている。
初めて見る石像に興味が湧いて、足を止めて観察する。
邪神石像の大きさは高さ二メートルほど。
生きた魔物がそのまま石像になったかのようなリアルな質感だ。
一応調べてみるか。
タングステン合金の剣とコバルト合金の剣を振り回して大蛇を斬り刻んで倒すと、邪神石像に近づく。
階層主の泉の奥にあった石門と同じ黒い石でできていて、艶やかな表面をしている。
よく考えると不思議な素材だ。
魔力を流してみようかどうか悩んだけど、止めた。
もし邪神石像が動き出したら面倒なことになるので、試さない。
けど、一体何なのか気になる。
もしかして神授工芸品?
持ち帰りできそうなら持って帰ってみるか。
魔力を流さないように慎重に邪神石像に触れると腰鞄に入れる。
普通に腰鞄に入れることができた。
地上に戻ってから魔力を流して実験してみよう。




