第百三十九話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。二十階層。
階層主の蛇鬼を倒して中央の泉から水が引くのを待っている。
水が引いてどんな神授工芸品が出てくるか。下の階層に続く扉があるか。
それを確認してから今後の調査方法を見直すことになる。
ただ、それにはもう少し時間がかかるのでセラドブランと話しをしていたら誰にも見せていない神授工芸品を彼女に見せることになった。
さて、何を見せるか?
無難なところだとアクセサリー風の神授工芸品やマントやブーツなどの防具の神授工芸品があるけど、それだとイマイチ面白くない。
もう少し彼女をびっくりさせられる神授工芸品があるといいんだけど。
……思い悩んだ末に、一つの水晶を取り出した。
抱き抱えるぐらい大きな水晶玉。
透明な水晶の中に銀色の馬車の模型が入っている。
「これは、……何ですの?」
セラドブランが首を傾げて上目遣いにこちらを見る。
「使い方の分からない神授工芸品です」
メイクーン領にある銀の蜥蜴の迷宮で手に入れた神授工芸品だ。
何に使えるのか分からないのでずっと隠し持っていた。
魔力を流して中の馬車が出てきても困るので、こんなときでも無ければ出してみようと思わない。
「おい、ハク。これ何だ?」
僕の出した水晶玉が気になるのだろう。ネグロスたちも集まって来た。
「使い方の分からない神授工芸品だよ。
水が引くまでしばらく時間がありそうだから調べてみようと思ってさ」
「危険ではないのですか?」
ノアスポットがセラドブランの近くに眉間に皺を寄せて確認してくる。
「ノアスポットさん、大丈夫ですよ。
メイクーンさんが手に入れた神授工芸品の謎を一緒に解きましょう」
セラドブランの方は興味津々で楽しげだ。
まぁ、危険なものじゃ無さそうだしせっかくなので機能を調べてしまいたい。
「それじゃ、魔力を流してみるので皆んなは少し下がって」
一瞬、セラドブランとネグロスが魔力を流したそうな顔をしたけど、ちょっと危険なので気づかない振りをして前に出る。
大きな水晶玉なので両手で挟んで魔力を流し始める。
ゆっくりと魔力を流すと徐々に水晶玉が明るく光り、同時に水晶玉が大きくなっていく。
まるで風船のように膨らんでいく。
あっという間に僕の身長よりも大きくなって、まだまだ大きくなる。
……これはマズくないか?
周りで見てる皆んなもネグロス以外は一歩ずつ後ろに下がり始めてる。
ネグロスだけはウキウキして食い入るように見てる。
魔力を流し続けると更に水晶玉が大きくなる。
どこまで大きくなるんだ?
中の馬車がリアルサイズの馬車になるまでか?
それだと水晶玉が僕の身体の五倍ぐらいの大きさになるぞ?
思わず魔力を流すのを止めようかと思うけど、止めたら負けな気がして止められない。
更に魔力を流して水晶玉の中の馬車が、この迷宮まで乗って来た四頭立ての馬車ぐらいにまで大きくなった。
おいおい、どこまで大きくなるんだよ。
パンッ!
不安に思い始めると水晶玉が弾けて消えた。
目の前には銀色の馬車だけが残っている。
……セラドブランの馬車と似たような豪華さだ。
「水晶玉から馬車を取り出せたようです」
振り返って告げると皆んなが、ほぅっと息を吐く。
安堵したら興味が出たのだろう、少しずつ馬車に近づいて行く。
「なぁ、中に入ってみてもいいか?」
先頭をきってネグロスが馬車の後ろにある扉に手をかけて聞いてきた。
「どんな機能があるか分からないから気をつけて」
軽く返事をすると同時にネグロスが扉を開ける。
「おぉ! 凄え!」
外見が豪華だし、中も相応に豪華なんだろう。ネグロスが嬉しそうな声を上げている。
「えぇ、何これ?」
珍しくパスリムの声も聞こえる。
中の方は任せて僕は御者台に飛び乗った。
セラドブランが僕の様子を見て同じように御者台に乗り込んで来る。
「御者台って思ったよりも高いですね」
「はい、視線が高くて新鮮です」
セラドブランは僕と同じ感想を抱いたようだ。
二人して御者台に座ると見通しが良くて気分がいい。
四頭立てで走ると結構スピードが出そうだ。
「しっかりとした造りのようです。
後は馬を繋げばすぐにでも使えますね」
御者台に備え付けてある手綱を手に取り、軽く振ってみる。
経験の無い僕でも馬を御せる気になるのが不思議だ。
念のため魔力を流してみると手綱に重みが加わった。
……?
何か力が加わったようだけど良く分からない。
試しに軽く振ってみると馬車が動いた。
ガラガラ……。
「えっ?」
「うおっ?」
「きゃっ!」
何人かが声を上げて、顔を見合わせる。
僕はセラドブランと顔を見合わせたし、馬車の中で皆んなが顔を見合わせたはずだ。
「動いた?」
「……動きました」
「もう少し試してみようか?」
もう一度手綱に魔力を流して軽く振る。
ガラガラ……。
やっぱり動いた。
馬を繋がなくても魔力で走る馬車のようだ。
「馬がいなくても走るようです」
「そうみたいですね。ふふふっ」
改めて顔を見合わせるとセラドブランが微笑んだ。
「素晴らしい神授工芸品ですね」
「えぇ、獣人がいない場所で使う分には素晴らしいです。
ただ、街中で使うのは難しいですね」
「あら、何故ですの?」
「子供がこんな馬車に乗ってると、この馬車を奪おうとする獣人が襲ってきそうで……」
「その場合は仕方ないので、少し懲らしめてもいいのではないですか?」
「……はぁ、でも多分キリが無さそうなので。
素晴らしい神授工芸品は隠れて使わないと目立ちすぎるんですよね」
「贅沢な悩みですね」
言いながらまたコロコロと笑った。
この馬車が結構気に入ったみたいだ。
「なぁハク、お前も馬車の中見てみろよ」
馬車の中から出てきたネグロスが興奮して御者台を見上げてる。
「俺にもやらせてくれよ」
「はいはい。分かりましたよ。
この手綱に魔力を流して試してみて。
あまり強くしたらダメだからね」
御者台から降りてセラドブランに手を貸しつつ、ネグロスに注意する。
水晶玉に魔力を流したときも凄く楽しそうだったし、馬車好きだったのか?
「ハク、神授工芸品ってこんな凄いものばかりなのか?」
馬車の後方に回り込むとクロムウェルも興奮して話しかけてきた。
「さぁ? これは特別に珍しい神授工芸品だと思うよ」
「そうだよな。今までこんな凄い馬車のことを聞いたことすら無いぞ」
「ははっ、それは言い過ぎじゃない?
上流貴族の中には持ってる獣人もいるよ」
「そうかな?
こんな珍しい馬車、あれば噂ぐらいは聞いてると思うけどな」
馬車の中から出てきたクロムウェルと入れ違いになって中に入ると、中も凄かった。
……六人乗りのはずなのに、十人は乗れる広さがある。
「はぁ?」
「あら?」
「セラドブラン様、中は特別な魔法空間のようです。
よく分からないのですが、見た通り、外見よりも広い内装になってます」
馬車に入って戸惑っていると、中にいたノアスポットが解説してくれた。
「ふふっ、そうですね。
メイクーンさんが出した馬車は想像以上に貴重な神授工芸品のようです」
「はぁ、これは僕も想像して無かったです。
中で魔力を流してみたりしましたか?」
「いや、試してないが何かあるのか?」
ノアスポットが怪訝な顔をして聞いてくる。
魔力を流したら動いたことを知らないようだ。
「何かあるかも知れないから、試したいんだ」
そう言って奥の壁を触り、魔力を流してみると壁が光った。
……照光板が埋め込まれた壁のようだ。
ノアスポットが唖然としてるのを横目に見ながら更にあちこち触ると、馬車の中には加熱板と冷却板もあって、調理や食事ができることも分かった。
新しい機能を見つけるたびにセラドブランが笑い、僕はノアスポットとパスリムに説明した。




