第百三十八話
「私たちの実力はここまでです。
それが分かりました」
セラドブランはそう言い切った。
「はい。僕もそう思います。
ここから先の階層では、毎回階層主戦並みの計画がなければ進めないと思います」
僕がそう返すと少し悲しそうな顔をする。
「どうすれば、先に進めますか?」
口惜しそうに呟いた声には不安が感じられる。
「武器、魔法、どちらもまだまだ色々ありますよ。
僕が最初に幸運だったのは蒼光銀の剣を手に入れたことですが、それ以外にもたくさんの神授工芸品を使っています。
より強い武器、魔法を使わないと勝てない魔物はたくさんいます。
今はまだ、この迷宮の深くで通用する技が無いだけです」
僕も最初は魔力を纏うことすら知らなかったし、できなかった。
マントも持って無かったし、弓も無かった。
「……分かりました。
今の実力が分かったので良しとします」
「調査の方はどうしますか?」
「まずはこの階層の神授工芸品と扉の有無を確認してからですが、調査は継続して実施したいです。
今回階層主を倒して、それで水不足が解決するとは思えません。
何か手がかりを見つけたいです」
「分かりました。
恐らく水が引いたら何か分かると思います。
扉があればこの先の階層の様子を調査します」
「すみません。宜しくお願いします」
事務的な話を済ませると、セラドブランは大きく息を吐いた。
「ふぅ、何だか知らないうちに気が張っていたようです。
少し教えてもらってもいいですか?」
「えっ? えぇ、答えられることなら、ですけど」
「メイクーンさん一人だったら蛇鬼をどうやって倒しましたか?」
二人で適当に座って話し始めるとセラドブランが小首を傾げて聞いてきた。
「一人だったら、ですか?」
「はい。多分、メイクーンさんが一人だったら最初に蛇鬼を見たときにすぐに戦っていたと思います」
「そうですね。
最初に蛇鬼を見たとき、距離が遠いって思いました。
近ければすぐに斬りかかってたと思います。
その場合は今のこの剣で斬りかかって、通用しなければ蒼光銀に持ち替えて」
タングステン合金の剣とコバルト合金の剣を見せると、少し興味を持ったみたいだ。
「持ってみても?」
「えぇ、でも片方はかなり重いですよ」
「あっ、本当に……重いです。
こちらの剣は普通ですのね」
セラドブランはタングステン合金の剣を持つと、その重さによろめいた。
すぐに諦めたのかコバルト合金の剣を手に取る。
「えぇ、重い方は高温に耐えれるので、ちょっと特殊な使い方ができるんです。
普通の方も普通の鉄剣よりは硬い素材です」
「以前は反りの入った刀を使っておられませんでした?」
「あの刀も何本も折っては作って、を繰り返した刀です」
「蒼光銀の長剣をお持ちですよね?」
さっきから質問責めだけど、セラドブランの息抜きになるのならこれぐらいは簡単に答えられる。
「蒼光銀の剣も折ったことがあるので……。
それと金属性の訓練にもなるから気が向いたときに色々試してる」
「蒼光銀の剣が折れることがあるのですか?」
「最初に拾った蒼光銀の剣は僕の使い方が悪くて折れました。
そのときは魔力を使うこともできなくて、鉄剣と同じように扱って上手く使いこなせませんでした」
「蒼光銀の剣が折れるって、初めて聞きました」
「蒼光銀の武器を何本か拾ったので、そのときは気にしませんでしたけど、後から考えると恐ろしく勿体ないですね。
自分で作った剣もどれくらいの耐久力か分からないので、作ったらどんどん使って試してます。目標は蒼光銀と同じ性能の剣を自分で作ること、ですかね」
少し照れ臭くなって、話した後でふざけ気味に笑って誤魔化す。
「具体的な目標があるのですね」
「まぁ、狂暴犀を相手にして剣を折ったりしてるので、武器の強化は必要ですから」
「魔法の方はどうですか?
先ほどは距離が遠いとも仰ってましたけど……」
「僕の魔法はまだ補助的にしか使えませんね。
少しは空を飛んだり射出機で動きをサポートできますが、直接攻撃などには使えません。
威力が弱いんですよね」
「そうなのですか?」
「はい。狂暴犀のときも突鉄槍が効かなくて森の中を逃げ回りました」
「あら、メイクーンさんでもそんなことがあるのですね」
「そうですね。
あのときは自分で作った刀が折れて、突鉄槍が効かなくて、……クロムウェルと森の中を走り回って逃げて、結局簡単な落とし穴に落としてから蒼光銀の剣で止めを刺しました」
少し大袈裟に身振りを交えるとセラドブランがコロコロと笑う。
「お話だけですと、それほど危険そうに聞こえませんわ」
「そうですか?
クロムウェルはかなりビビったと思いますし、離れたところにいたネグロスも焦ったと思いますよ」
「そうです。
きっと余裕が感じられるからです。
剣が折れても、他に武器をお持ちでしょう?」
「まぁ、そうですね。
狂暴犀の強さも予想できたので、余裕はあったかも知れません」
「では、今までで一番強かった魔物はどんな魔物ですか?」
これは難しい問題だ。
そもそもまだ誰にも言っていない魔物がたくさんいる。本当に考えるならその中から選ばなきゃならない。
でも、それは伝えるのが難しい。
結局、苦戦した魔物の中から選び話し始める。
「そうですね……。
冥界の塔の二十五階層ぐらいに幽霊の上位魔物になる怨霊がいました。
火炎陣を撃ってくるので、炎をかわすと言うよりも魔法陣から逃げなきゃならない魔物です。
ソイツに斬りつけても剣が擦り抜けて攻撃が効かないんです。あれは焦りました」
「……そのときはどうされたのですか?」
「剣が効かないので、掌に魔力を集めて握り潰しました」
「えっ……」
セラドブランが珍しく口に手を当てるのも忘れて間抜けな顔をした。
「何故か分かりませんが、こんな感じで魔力を集中させると怨霊を掴めたので、そのまま握り潰して倒しました」
合金の剣は横に置いて、掌に魔力を集中してみせる。
ぼんやりと腕先が明るくなった。
「本当に?」
「えぇ、経験的に剣が効かない場合も魔力を集中するとダメージを与えられる場合があったので強引に握り潰しました。
そんなことがあったので蒼光銀に魔力を込めるだけじゃなくて、高熱に耐えられる剣を試してみたりしてます」
「そうですか……。
魔力の使い方にも色々あるのですね」
「神授工芸品も似たようなものですね。
魔力量や慣れで効果が変わることもあるみたいです」
「それは、何かコツみたいなものはあるのですか?」
「そこは僕もわからないです。
偶然使い方を見つけてラッキーって感じです」
「それは、……ちょっと」
「ネグロスに使ってもらった短弓も僕はずっと弦が無いから使えないと思ってましたし、纏めて矢を射られるのを知ったのは偶然です。
ちゃんと効果を調べようと思うのですが、なかなかうまくいかなく困ってます」
「メイクーンさんでも、そんなことがあるんですね」
「えぇ、僕の持ってる神授工芸品でちゃんと使い方が分かってるのは他の人が知ってるような神授工芸品だけですね。
実は外で見たことのない神授工芸品は効果も分からなくて魔法鞄に仕舞ったままのものもありますよ」
「ズルいですわ」
「いや、珍しい神授工芸品を持ってるとギルドで絡まれるので仕方ないんです」
「それでしたら、一つだけでいいので内緒の神授工芸品を私にも見せてください。
ひょっとしたら私が使い方を知っているかも知れませんわ」
何だかセラドブランが悪ノリして遊んでるようだけど、泉の水が引くまでもうしばらくかかりそうだし神授工芸品の効果を調べるのも悪くない。
記憶の中からピックアップを始めた。




