第百三十六話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。二十階層。
泉の広がる広間でしばし途方に暮れる。
こんな場合、階層主の情報が無いと悩む。
天井の高い大きな広間。
魔物の気配は無い。
「メイクーンさん、私の方から泉に魔法を撃ってみますか?」
「そうですね。
おびき出せるか試してみましょう」
既視感だ。
虹蛇のときもセラドブランの魔法で視界を確保した。
「火球
火球
火球
火球
火球」
流石セラドブラン。よく分かってる。
四発の火球を四方に撃って松明代わりにしてから、泉の中央に挑発するように最後の一発を打ち込んでくれる。
……。
……。
……?
やはり広間の広さは虹蛇のときと同じぐらい。直径百メートルはある。
その泉の中央。何も反応が無いと思ったけど、少し泡が出て水面が波打ってる。
最初に水面に現れたのは一匹の蛇。
それも頭が扁平に潰れた大きなコブラ。
金色のコブラが水面から頭を出すと、立て続けにその左右にも金色のコブラが現れる。
……三匹の金色コブラ?
そう思ったら続いて額に大きな角の生えた鬼が現れた。
……赤い鬼の背中から三匹の金色コブラが生えている。
蛇鬼?
蛇鬼も蛇の神様だ。
天気を司り、旱魃や大雨をもたらす。
確かに水神宮には相応しいだろうが、蛇神が二連続で現れるとは……。
蛇鬼は泉の中を悠々とこちらに近づいて来る。
下半身は見えないけど、お腹の辺りから鱗だらけになっている。恐らく蛇か爬虫類のようになっているはずだ。
距離があるから魔法で攻撃してもらうか?
僕が様子を伺い、迷ってると蛇鬼が右手を上げこちらに向かって振り下ろすと、掌から水流が筋になって噴き出した。
水流は渦を巻いて一直線に僕に向かって来る。
「鉄壁」
鉄盾よりも二回り大きな鉄の壁を作り出し、水流を防ぐ。
鉄壁は蛇鬼の水流を受け止めて、僕を含めて背後にいる皆んなを守りきった。
「セラドブランさん、魔法を。
パスリムさんも壁を。
前衛は散開してチャンスを待って」
蛇鬼は泉の中にいるので距離を詰められない。
硬さは分からないけど今は魔法に頼るしか無い。
「……、……。
火炎槍」
セラドブランがしっかりと詠唱した火炎槍を放つと一際大きな炎の槍が蛇鬼へ向かって飛んだ。
直撃する瞬間、蛇鬼が火炎槍を捕まえるように両手を広げる。
あっ!
蛇鬼の両手から水が噴き出して火炎槍を包み込むと、火炎槍が消えてしまった。
火と水では相性が悪い。
水剋火。水は火を消し止める。
セラドブランの火魔法で行う遠距離攻撃は防がれてしまう。
パスリムの土魔法も水面にいる魔物相手では有効な攻撃にはならないだろう。
前衛三人は剣の間合いに入ることすらできない。
……手詰まりだ。
「このままでは手詰まりです。
一度引き返しましょう。
階層主は逃げませんし、追って来ません。
手を考えます」
「しかし、……」
「俺たちは何もしてないぜ」
セラドブランとネグロスが蛇鬼から視線を外さずに異議を唱える。
「まだまだできることがある。
でも、準備が必要だよ」
蛇鬼の動きが無いことを確認し軽く笑いながら二人を宥める。
「分かりましたわ。でも、準備をしに戻るだけです」
「あぁ、分かった。
でも、俺にも活躍させてくれよ」
二人を押し返すようにして広間の入口まで戻ると、そのまま全員で通路を引き返し階段のふもとまで戻った。
「さて、階層主を確認してみて、どうしますか?」
階段に腰掛けて皆んなに声をかける。
「もちろん、再戦しますわ」
「当然だ」
セラドブランとネグロスが強硬論を唱え、誰もそれには反対しない。
「では、どうやって戦います?」
「魔法で」
「突撃して」
……二人はいつからこんな脳筋になったのだろう。
「今のままでは、どちらも難しいですね」
「むぐっ」
「ぐぬっ」
「ちょっといいかな?」
セラドブランとネグロスが口を噤んだタイミングでクロムウェルが割って入る。
「どうかした?」
「ハクは蛇鬼の防御はどれくらい硬いと思う?」
なかなか厳しい質問が来た。
「そうだね。狂暴犀ぐらいかな」
「やはり、そうか。
恐らく、私やネグロスの攻撃では蛇鬼にダメージを与えられない。
セラドブランさんの魔法か、ノアスポットさんの一撃でなければ無理だろう」
ネグロスが目を見開き、セラドブランは何かを考え込んだ。
「そうか……。
それなら俺は牽制役だな」
「わたしは……」
しばらく各々の動きを話し合い、対蛇鬼戦の作戦を検討した。
「これなら勝てますわ」
「ああ、アイツをぶちのめしてやる」
意気揚々と広間に向かう二人を追いかけるようにしてクロムウェルと並んで歩く。
「本当にやるんだな?」
「ん? そうだな。
せっかくの役割だから、全うしたい。
ハクの方も、良かったのか?」
「あぁ、あれぐらいは構わないよ。
僕も階層主とパーティで戦うのは初めてだから楽しませてもらうよ」
「そうか。期待してる」
「あはは、任せてよ。
僕も僕の役割を全うするよ」
二人して緊張をほぐすように話しているうちに蛇鬼のいる広間に入った。
中央の泉は静まり返っている。
また同じような方法で現れるのか、違う場所から現れるのか?
皆んな興奮した様子で蛇鬼を待ち構える。
「メイクーンさん、泉に魔法を撃ちますね?」
「そうですね。
おびき出せるか試してみましょう」
同じリズムで同じことを繰り返す。
「火球
火球
火球
火球
火球」
セラドブランの火魔法が迷宮内を照らし、最後の一発が泉の中央に着弾すると前回と同じように泉の中央に泡が浮かび波が立った。
来る。
ザーッと水面が割れて金色コブラが顔を出す。
ノアスポットとクロムウェルが前に並び、ネグロスは右の少し離れたところで弓を構えた。
僕がネグロスに貸した銀の短弓だ。
遠距離から弾幕を張り牽制するために弓を選んだ。
その後ろにはセラドブランとパスリムと僕。
セラドブランはネグロスとは反対側の左に立っている。
ノアスポットとクロムウェルの後ろにパスリムと僕が並んで待機し、タイミングを測っている。
水面から突き出たコブラの頭が三つになり、ネグロスとセラドブランは更に左右に移動していく。
赤い鬼が顔を出してこちらを睨む。
蛇鬼がこちらを確認し腕を振り上げると、ネグロスが短弓を斉射し、その動きを阻害する。
両腕と三匹のコブラ目掛けて五本の光の矢が飛び、直撃しても蛇鬼は無傷だ。
しかし一瞬だけでも動きは止まり、時間を稼いでいる。
ネグロスが敵意を稼ぎ、蛇鬼はネグロスに向けて腕を振ろうとすると、今度は反対側から火炎槍が飛んでくる。
蛇鬼は火炎槍を防ぐためにネグロスを攻撃することを止め、両腕で火炎槍を受け止める。
ズュワッ!
火炎槍が蛇鬼の両手から出る水と混ざり、蒸気が周囲に広がった。
「硬質土面」
「鉄面路」
蛇鬼の両手が防御に回った瞬間にパスリムと僕が魔法が放った。




