第百三十五話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。十五階層。
事前に注意を促して十五階層に入った。
階段を下りた瞬間から既にこれまでの階層とは雰囲気が違う。
少し通路が広くなり、曲がりくねっているけど一本道になった。
……恐らく中ボスがいる。
皆んなも今までと違う雰囲気を感じて、寄り添うようにして警戒してる。
少し先に広間が見えて来た。
薄暗い中でもかなり広いのが分かる。
「もう少しで広間に出ます。
皆んなは僕とネグロスで中を確認後に入って」
言いながらネグロスと入口に近づく。
広間に踏み込む前に中を確認しても魔物の姿は見当たらない。
「もっと奥にいるのか?」
ネグロスが先に広間に入り、僕もそれに続くと学校のグラウンドほどの広い広間だった。
天井も高い。
「上っ! 何かいる」
ネグロスが叫ぶ。
ネグロスの指差す左の方を見ると宙に浮かぶようにして丸い影がいる。
何だ?
鳥でもないのに宙に浮いている。
両手に剣を構えて警戒していると、残りのメンバーも広間に入って来た。
「敵は左手の上空。まだ動かない。
距離を取ったまま、広がって迎撃準備して」
ノアスポットとクロムウェルも左右に広がり、僕たちの後ろにセラドブランとパスリムが寄って来る。
「魔法いけますっ」
「一気に……」
セラドブランが体勢を整えたタイミングで魔法をお願いしようとしたら、丸い影が大きく広がり、振り子のように弧を描いて降りてくる。
「むっ!」
ネグロスとノアスポットが飛び退いて距離を取ると、上半身が人型、下半身が蜘蛛の姿をした魔物が見えた。
人蟲蜘蛛だ。
森の深いところにしかいない魔物。
下半身が黒い毛に覆われているのに、上半身は白い肌をさらけ出していて、能面のような顔に長く黒い髪が張り付いている。
体の大きさは二メートル弱だけど、下半身が大きく背丈以上の圧迫感がある。
髪の間に見える瞳は丸くて赤く、大きな口から牙が剥き出しになっている。
「人蟲蜘蛛ですっ。
離れた距離から魔法を。
前衛は糸に気をつけて」
下がったノアスポットの前に出ながら皆んなに指示を飛ばすと、セラドブランがすぐに反応する。
「火炎槍!」
炎の槍が唸りを上げて人蟲蜘蛛に向かう。
二メートルの火炎槍が人蟲蜘蛛に当たると思った瞬間、人蟲蜘蛛は二本の脚を体の前に出して防いだ。
二本の脚は脚先が焼けて無くなったけど、上半身の腕から何十本もの糸を僕に飛ばしてくる。
すぐに右手のタングステン長剣を突き出し、糸を巻き取ると剣を白熱させると糸が発火し振り払うことができた。
「突土槍」
パスリムの魔法でもう一本の脚を傷つけると、バランスを崩し倒れ込んだ人蟲蜘蛛にネグロスたちが飛びかかっていく。
ネグロスは背後から狙いを一本の脚に絞って二刀流で斬りかかり、クロムウェルもその反対側から一本の脚の付け根に突きを放つ。
ノアスポットも脚を狙って蒼光銀の長剣を振り、脚を斬り落とした。
八本の脚の内、六本を失った人蟲蜘蛛は既に立ち上がることもできない。
「火炎槍!」
攻撃が一巡して、再度セラドブランが火炎槍を放つと人蟲蜘蛛の上半身が火に焼かれ、完全に動きが止まる。
それでも皆んなが距離を取って警戒していると、黒焦げになった死体が地面に溶けて消えた。
消えた後に小さな小刀が転がっている。
人蟲蜘蛛に縁のある神授工芸品だろう。
「人蟲蜘蛛の小刀?」
パスリムが何か知ってるようだ。
小さく呟くと前に出て木製の鞘に入った小刀を拾い、鞘から抜いてその刀身を確かめる。
透き通るような薄い刃の小刀だ。
白木の柄に薄い刃の小刀。
「本物だとしたら斬れ味が良くて繊細な加工ができるので、とても人気のある神授工芸品です」
「そうですか……。
こんな場合は普通どうされるのですか?」
セラドブランがこちらに尋ねてきたけど、これは珍しい神授工芸品が出たときの扱い方を気にしてるのか?
人蟲蜘蛛の小刀を持ったまま、こちらに寄って来た。
「普通は倒した獣人、見つけた獣人が手に入れることが多いようです。
今回はセラドブランさんの神授工芸品を探してると言う依頼で特別にこの迷宮に潜ってるので、僕たち三人は後から報酬という形で支払ってもらえると有り難いです。
パスリムさんやノアスポットさんの場合も、基本的にはこの迷宮のあるサーバリュー領の領主であるセラドブランさんから下賜するのがいいと思います」
「そうですか?」
「普通はそう言う配分で揉めないためにパーティ単位で行動しますし、複数パーティの場合は依頼元と依頼先で事前に調整するようですね」
「そうですか。
知らなかったとは言え、すみませんでした。
あらかじめ報酬について決めておくべきでした……」
「別に構いませんよ。
僕たちは調査と訓練に参加してるのであって、金銭目的ではありませんから」
そう言いながら人蟲蜘蛛の小刀の受け取りを拒否すると、セラドブランは小刀に目をやって頭を下げた。
「ありがとうございます。
では私が預かります」
セラドブランは小刀を魔法鞄に仕舞うと、身嗜みを整える。
全員怪我も無く、この調子なら二十階層までは問題無さそうだ。
何の仕事もしなかったな、と自嘲してネグロスと一緒に歩き出した。
十六階層から先もこれまでと同じような階層が続く。
錦蛇と兜蟹が単発で現れて、たまに四、五匹の空中鋸刺鮭が広間で屯してる程度の戦闘。
一つの階層での戦いは五回も無い。
魔物が少ないので進むのも簡単だ。
僕は専ら戦闘で魔物の攻撃を捌き、他のメンバーに攻撃を任せきりで進む。
セラドブランとパスリムは大きな魔法は使わずに、小刻みに魔法を使って同士討ちを避けている。
ネグロス、クロムウェル、ノアスポットの前衛は大振りを避けて隙を作らない攻撃を仕掛けるようになった。
そうすることで全体的に連携が速くなって魔物の動きを止めて倒している。
サクサクと進んで十九階層を過ぎると二十階層への階段を下りた。
二十階層。
この通路の先に階層主が待っている。
今のところ、十階層の虹蛇がいた階層と同じ様子だ。
十階層のときはこの先に泉のある広間があった。
さて、二十階層はどうか?
……また泉だ。
広間に入ると目の前に泉がある。
陸地は周囲の限られたスペースだけ。
広間の反対側までは見えない。
虹蛇のいた十階層とほとんど同じだ。
違うのは広間の天井の高さ。
十階層よりも明らかに高い。
十階層もかなりの高さがあって虹蛇が動き回っても問題なかったけど、二十階層はそれよりも更に高い。
……階層主が更に大きな蛇になるとか、やめて欲しいんだが。




