第百三十四話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の迷宮。十四階層。
十一階層以降、魔物が少し出てくるようになった。
……と言っても、一階層での戦闘数が十四階層でも四回だけだ。
錦蛇に続いて兜蟹、空中鋸刺鮭が現れたが魔術師が二人いて、前衛職もしっかりしているので余裕のある戦いが続いている。
横幅が二メートル近い兜蟹は普通の冒険者ならばその緑の甲羅の硬さに辟易するだろうけど、動きが遅いので火魔法の直撃を喰らうし、蒼光銀の長剣で斬り裂かれる。
鳥なのか魚なのか分からない空中鋸刺鮭も五匹程度の群れではプレッシャーにならなかった。
「次は十五階層です。
ひょっとしたら階層主ほどではありませんが、難易度の高い階層になっている可能性があります。
その場合、距離を取って戦ってください」
「それは次の階層主までの中間地点になるからか?」
珍しくクロムウェルが質問してきた。
戦闘回数をこなすことでクロムウェルにも余裕が出てきたようだ。
「多分そうだと思う。
ただ中間地点に強い魔物がいるかどうかは、その迷宮のクセみたいなものだね。
だから階層主ほどハッキリとしたチェックポイントじゃないよ」
「それは何か意味があるのか?」
「僕が思うに、階層主は倒さないと先に進めないけど、倒した場合は一ヶ月間不在になる。
中間ポイントは倒さなくても進めるけど、倒した場合もすぐに復活する。
迷宮のレイアウトにもよるけど難易度を一定以上に保ってるんだと思う」
「迷宮にも色んなルールがあるんだな」
「そうだね。
不思議だけど迷宮には迷宮側のルールがあるみたいなんだ」
「それはどこの迷宮にも共通するルールという意味でしょうか?」
セラドブランの琴線に触れたみたいだ。
魔物の気配が無いこともあって、僕の隣に並んで歩いてる。
「恐らく……」
「魔晶石、……
魔晶石について、何かご存知ですか?」
「魔晶石、ですか?」
「はい。
神授工芸品と同じように迷宮でのみ手に入ると聞いています」
意を決して聞いて来た感じから、かなり切実な問題かと思ったけどセラドブランの言葉は尻すぼみに小さくなった。
「魔晶石となると僕の知って情報は少ないですが、それでもいいですか?」
「是非。私が調べてる神授工芸品も魔晶石が関係するようなので」
……どうするかな?
休憩がてら少し神授工芸品で遊んでみようか。
セラドブランの狙いを聞いておくのも大事だろう。
「では、次の広間で休憩しながら魔晶石と神授工芸品を見てもらおうかな」
僕の答えにセラドブランは背筋を正した。
ネグロスとクロムウェルは目をキラキラさせて嬉しそうだ。
広間にはすぐに着いた。
二十畳ほどで天井の高い広間。
相変わらず魔物はいない。
本当、不思議な迷宮だ。
ヤル気が無いのか?
「それじゃまずは魔晶石について。
魔晶石は魔力の溜まった水晶みたいなものって聞いた。迷宮の奥で莫大な魔力が溜まったものらしい。
そして、これが魔晶石クラスター。
小さな魔晶石らしい」
僕は腰鞄から出す振りをして収納庫から魔晶石クラスターを取り出して地面に置いた。
ネグロスとクロムウェルはキョトンとしてるけど、セラドブランたちは目を見開いてる。
「これが魔晶石クラスター……」
「どうして、これを?」
「あり得ない……」
セラドブランたちの反応は僕が想像したものに近い。
やっぱり持ってるだけでかなり衝撃のあるものみたいだ。
「この魔晶石クラスターは迷宮の奥で拾いました」
セラドブランたちはジッと食い入るように見つめているので、少し話しづらい。
「続いてこれは魔晶石交換筒。
魔晶石のカケラを使いやすく加工したものです」
大中小の三種類の魔晶石交換筒を出したけど、これらに対する反応は薄い。
「魔晶石交換筒は専用の神授工芸品にセットして使います」
そう言って今度は照光板、湧水筒、火炎筒の三つの神授工芸品を取り出し、それぞれに魔晶石交換筒をセットした。
「こうして神授工芸品に魔晶石交換筒をセットすると、横にあるセレクターで神授工芸品を動かすことができます」
試しに照光板を操作して板を発光させるとネグロスとクロムウェルが驚いてのけ反っている。
セラドブランたちは屋敷にもあるのだろう、特に反応を示さない。
次に湧水筒と火炎筒の実演をすると、五人とも驚いてくれた。
それぞれネグロスとセラドブランに渡して、皆んなに試してもらうとやっと少し雰囲気が柔らかくなった。
「僕が知ってるのはこれぐらいで、後は魔術師なら魔晶石交換筒に魔力を込められるって聞いた」
セラドブランを見るとまた深刻そうな顔をしてる。
「魔晶石は何階層まで行けば手に入りますか?」
「魔晶石は分かりませんが、魔晶石クラスターは運が良ければ二十階層の中盤ぐらいで見つけられます。
魔晶石が必要ですか?」
「……。
はい。できれば魔晶石を手に入れたいです」
「リスクがあってでも?」
「リスク次第です。
私の命をかける訳にはいきませんので」
「そうですね。
僕もそんな危険なことをするつもりも、させるつもりもありません。
ただ、今のメンバーでは二十階層は命の危険があります」
「そう……なのでしょうね。
すみませんが、二十階層の階層主を倒して頂けませんか?
できれば、私たちの目の前で」
「それを見て判断したいと?」
「ええ。
卑怯な手かも知れませんが階層主の強さを実際に見て、その上で判断したいのです」
「それは構いませんが、一階層ずつ魔物は強くなります。
二十一階層と二十九階層では難易度はかなり違いますよ」
「それは理解してるつもりです」
「そうまでして必要なのですか?」
「ええ。無理でなければ挑戦したいと思います」
「見つかるか分かりませんし、魔晶石のサイズも色々あるようです。
望みのものが手に入るとは限りませんよ」
「それも承知の上です。
ただ、何もせずに諦めたくはありません」
セラドブランが挑むような強い眼差しで見つめてくる。
それを見て僕も心を決めた。




