第百三十二話
サーバリュー侯爵領の外れ、水神宮の奥。
虹蛇を倒した僕たちは泉の水が引くのを待って、その底がどうなっているのか確認するために進み出した。
水が引く前の泉は直径百メートルはある楕円形をしていて、真っ暗な洞窟の中で反対側を見通すことも困難だった。
今はセラドブランが放った火球が壁面で松明代わりになっているので、薄明かりの中を六人で元は泉の中だった斜面を下る。
僕の魔法で所々に鉄の針が突き出てるけど、避けて歩けば問題ない。
「さっきの魔物が迷宮に吸われるって話しは神授工芸品と関係あるのか?」
隣を歩いてるネグロスが聞いてきた。
「多分、関係あると思う」
他の四人もこちらに目を向けて先を促してくる。
「迷宮で手に入るものは大きく二つ。
一つ目が神授工芸品。
二つ目が魔物の死体。
これは魔物の死体を素材として利用するって意味ね。
神授工芸品は突然、迷宮の中に落ちている場合と魔物を倒した場合にその後で落ちてる、というか出てくる場合がある」
「突然落ちてるって、どんな風に?」
「無造作に置いてあったり、剣が地面に刺さってたり、壁に引っかかってる場合もあったかな」
「……本当に適当なんだな」
ネグロスが呆れたように言う。
「うん。
簡単に見つかるときはいいんだけど紛らわしくて見つけにくい場合もあるから、それなり注意してないと見落とすよ」
「流石に剣とかは分かるだろ?」
「う〜ん。
浅い階層なら見つけやすいけど、浅い階層には貴重なアイテムは出ないよ。
剣とかなら分かりやすいけど、何が神授工芸品かも分からないし、小さいアイテムもあるから魔水薬が出るって聞くまではかなり見落としてたと思う」
「あ、そうか……」
「それで魔物を倒した後に出る場合だけど、これも宝箱みたいのが出てきてすぐ分かる場合と、死体が消えた後にアイテムだけが残ってる場合がある」
「「宝箱!」」
ネグロスとノアスポットの声が被った。
「宝箱は大きさはバラバラだけど、倒した魔物のところに急に現れるから分かりやすい。
宝箱じゃない場合は、よく分からない。
元からあったのか、倒した後で出てきたのか?
ただ、魔物の死体を回収すると出ないような気がする」
「倒した魔物が神授工芸品に変わってる?」
「神授工芸品も同じものが出る訳じゃないからね。
階層主を倒した場合でも、確率一割ぐらいだし」
「「「えっ?」」」
「強い階層主を倒したら神授工芸品が出てくるんじゃないの?」
「う〜ん。
そもそもどんな神授工芸品がいつ、どこに出るか分からない」
「あぁ、それは知ってる。
だから貴重な神授工芸品は数が少ないんだろ」
「うん。
そして魔物を倒したら必ず出てくる訳でもない」
「……それは雑魚の場合じゃないのか?」
「階層主でも一緒だよ。
僕の印象では十階層の階層主で一割程度、二十階層の階層主でも二割ぐらいの確率だよ」
「……そんな低いのか?」
「そうだね冒険者ギルドで聞いたときも、一年で一回ぐらいって言ってた」
「一年?」
「あぁ、言い忘れてたけど階層主は倒すと一ヶ月ぐらいは不在になるんだ」
「えっ?
それじゃ誰でも通れるようになるんじゃないか?」
「うん。誰でも通れるよ」
「あれ? 階層主を倒さないと深く潜れないって?」
「正しくは、誰かが倒さないと、だね。
そして階層主を倒せる実力がないと結局、その先でやられちゃうし……」
「……そう言うことか」
「そうだと思う。
レドリオンの冒険者ギルドだと、いつ、誰が階層主を倒したか把握してるようだったし、ランクや経験で判断してどこの階層にどんな魔物がいるから注意しろ、って指導してたよ」
「ギルドってちゃんとしてるんだな」
「うん。ちゃんと情報を整理してサポートしてくれる」
「へぇ、そうなんだ。
……それで、何だったか?」
「階層主を倒しても必ず神授工芸品が出る訳じゃないって話だね。
それと倒した魔物と神授工芸品の関係」
「あぁ、そうだった。
強い魔物を倒したら神授工芸品が手に入るって思ってたのに、何か面倒なんだな……」
「そうだね。欲しいモノが手に入る訳じゃないし、手に入れてもどんな効果があるか分からない場合も多いし」
「それで、泉の底に蛇神の死体が残ってるかどうかで、ここが迷宮か分かるってことでいいか?」
「うん。
死体が無くなってたら迷宮ってことでいいと思う。
もし神授工芸品が出てたら迷宮で確定だ」
「もし死体が残ってたら?」
「ただの洞窟に蛇が住み着いたってことになる」
「そうか、……俺の見間違いじゃ無かったら、ここは迷宮のようだな」
「……あぁ、僕もそう思う。
あれは宝箱と下の階層へ繋がる扉だ。
虹蛇は階層主だったみたいだ」
僕たちの前に宝箱が一つとその向こうの壁に埋まっている扉が見える。
真っ黒な石の扉には蜷局を巻いて宙に浮かぶ龍が描かれている。
……蛇神から龍に繋がる扉ということだ。
「なぁ、俺が宝箱を開けてみてもいいか?」
ネグロスが恐る恐る宝箱に近づきながら聞いてくる。
僕を振り返りながらも、すぐそばにいるセラドブランに対する質問でもあるようだ。
「気をつけてね。
中身はセラドブランさんに渡すけど、宝箱を開ける練習は必要だから」
一応練習という名目で開けてもらうことにした。
セラドブランが探してる神授工芸品が何か分からないけど、ここはサーバリュー領でセラドブランの依頼で一緒に潜ってるんだから神授工芸品は全てセラドブランに渡すのがいいだろう。
……それに誰も宝箱を開ける特殊なスキルを持っていない。
「私もそれで構いませんが、気をつけて開けてください」
セラドブランが言うとネグロスが更に前に出た。
宝箱自体は小さい。
両手で軽く持ち上げられそうなサイズだ。
ネグロスは宝箱の前に屈み込んで蓋に手をかけると一気に開けた。
「「「あっ……」」」
その迷いの無さにこちらの方が声を漏らしてしまった。
ネグロスはお構いなしに宝箱を覗き込む。
「何だ? これ?」
そう言って彼は宝箱の中から一本の筒を取り出した。
直径十センチメートル、長さ三十センチメートルほどの黒い竹筒だ。
特徴的な節があるのが見える。
「なぁハク、これ何?」
ネグロスが竹筒を振って見せるけど僕にも何か分からない。
「魔力を流してみると何か分かるかも知れないよ」
「試してみるぞ」
ネグロスが言うと彼以外の五人がスッと距離を取って離れる。
……うん。何か分からない神授工芸品にいきなり魔力を流そうとするネグロスは凄い。
まぁ十階層のお宝だし、大したことは無いと思う。
風魔法も上手くなったしきっと大丈夫だ。
チョロロ〜。
「「「おおっ!」」」
水が出た。
神授工芸品の黒い竹筒の筒先から水が出てる。
見た目はただの黒竹筒で、機能的には冥界の塔の湧水筒みたいな神授工芸品のようだ。
泉を作っていたのはこの黒竹筒の力だろうか?
虹蛇の魔力と神授工芸品、黒竹筒の効果で生み出された水であの泉ができ上がったのかも知れない。




