第百三十一話
風に誘われるようにして迷宮を進むと中央に泉のある大きな広間に着いた。
暗闇の中にある泉が松明の灯りを微かに反射している。
深さは浅いようにも深いようにも見える。
「泉のようですね」
後に続く皆んなに判るように言うとセラドブランが返事をする。
「水神の泉でしょうか?
泉に水神がいると聞きましたが……」
「この泉に水神が?」
結構進んだけど、階段は一つも通っていない。
水神は本当に階層主なのか?
それよりも、どこに蛇がいる?
松明で広間の奥を照らすけど光が届かず暗いままだ。
洞窟の中、広間の中央に泉があるので水との境目に沿って時計回りに左に進み様子を探る。
「皆んなは今来た通路に戻れるように、そのまま待機して」
「メイクーンさんは?」
「僕は一周できるか確認してみます。
どこに水神がいるか分からないので注意してください」
ゆっくりと泉を回りながら蛇を探す。
まずは蛇を見つけることから。
簡単に見つかりそうだけど広間に入ってきても反応が無かった。
影に潜んでいるのか? 泉の中にいるのか?
……しかし、全く気配が感じられない。
あ、倒されているケースもあるか。
その場合は扉か階段を見つければ先に進める。
その可能性も含めて調べないとな。
「泉の中!」
突然、セラドブランが叫んだ。
声に振り返り、泉の中央を見るとうっすらと白い蛇のシルエットが見える。
鎌首をもたげた姿は細くて長い。
太さは直径五十センチメートルぐらいで泉から垂直に五メートルぐらい首を高く上げて皆んなの方に向かって滑るように動いている。
よく見ると白地に所々淡い緑や紫の斑ら模様が入っている。
虹蛇?
蛇神。
古代の獣人は空にかかる虹を蛇神と呼んだらしいが、本当に蛇神がいるとは思わなかった。
空にかかる虹のように淡く七色に輝いている。
虹蛇は暗い洞窟の真っ黒な水面から淡く輝く首を突き出して静かに泳ぎ、皆んなの方に向かっている。
ここからは少し距離がある。
皆んなから離れたのは失敗だったか。
「分散して退避。
噛みつかれないように距離を取って!」
泉を回り込むか、一気に叩くか。
シャアァァ!
「たぁっ!」
虹蛇が奇声を発してセラドブランに噛みつこうと首を伸ばしたところを、横合いからノアスポットが飛びかかってその首に斬りかかった。
しかし蒼光銀の剣は空を斬る。
一瞬で身を引いた虹蛇はノアスポットを睨むとチャポンと泉に消えた。
虹蛇の沈んだ泉に波紋だけが広がる。
「泉から距離を取って!
ノアスポットが先頭。
ネグロスとクロムウェルは左右に広がって」
虹蛇は暗闇の泉に潜ってしまった。
虹蛇が淡く輝くといっても、この泉は大きい。
おまけに虹蛇の動きはかなり素早い。
闇に包まれた広間から泉の中の気配を感じるのは難しい。
「セラドブランさん、小さな火をいくつか灯して洞窟内を照らせますか?」
密閉された洞窟だと酸欠の可能性もあるけど、水が湧くか流れ込んで泉ができているこの洞窟なら空気も循環してるだろう。
火を灯してもきっと大丈夫だ。
「はい。
火球。
火球。
火球。
火球」
セラドブランが泉の右側に二つ、左側に二つ火球を飛ばすと、壁に着弾し松明となって泉を照らした。
……思ってた以上に大きな泉だ。
広間の入口付近にセラドブランたちが並んでいる。
そこからザッと直径百メートルほどの楕円形の泉が中央にあり、その周りに二、三人が歩ける程度の地面が見えるだけですぐに壁面になっている。
とてもじゃないが泉を包囲して虹蛇を炙り出すなんてことはできない。
虹蛇が泉から出てきても見つけるのも難しく、見つけたとしても攻撃が届かない。
……なかなか厄介だ。
「メイクーンさん、私の方から泉に魔法を撃ってみますか?」
「そうですね。
おびき出せるか試してみましょう」
考えてみたら三人のお嬢様は蒼光銀の剣を持ってるし、剣でも魔法でも攻撃が当たれば虹蛇を倒せるだろう。
「火球」
セラドブランの放った火球が泉の中央に着弾して水柱が上がった。
しかし虹蛇が現れる気配は無い。
この泉、深さもあるのか?
広くて深さもある泉に潜った虹蛇を見つけるにはどうする?
「乱立鉄針」
虹蛇を刺激しようとして泉の底のあちこちに鉄の針をランダムに突き出してみると、水面の上にまで鉄針の先が飛び出した。
泉には思ったほどの深さがないらしい。
キュイーン!
怒った虹蛇が泉の右の方から首をもたげて、周囲を見渡して僕を探そうとする。
射出機!
心の中で魔法を念じて一気に虹蛇に飛び向かうと、右手に握るタングステン合金の剣で首を叩き斬った。
斬!
虹蛇の首が宙を舞って、ゆっくりと泉に落ちると、合わせて長い体が倒れてザバンと水飛沫が広がった。
射出機で飛び出し虹蛇の首を落とした僕は銀糸のマントを使って泉の反対側まで飛んで、その様子を確認した。
「「「やった!」」」
入口付近で待機してた皆んなが声を上げて泉に近寄る。
……首を確保した方が良かったか?
虹蛇の死体は泉の中に沈んでしまい、迷宮に吸われるかどうか確認できない。
しばらく待ってみても変化が無い。
「この広間のどこかに階段か扉がないか探すので、手伝ってもらえますか?」
「分かりました。
私たちは右側を、クロムウェルさんたちは左側をお願いします」
「助かります」
僕はセラドブランに返事して入口の反対側に向かう。
……普通だと、反対側が怪しいんだけど。
「何も無いようですね」
「はい」
「ここで行き止まりってことか?」
「いえ、まだ泉の中にある可能性もありますわ」
行き止まりを調べてる僕のところに周囲を調べてた他の五人も集まって来た。
残念ながら何も見つからなかったようだ。
周りには何もなくて、残されたのは泉の中か……。
暗い泉の中を見通せる訳でもないのについつい泉を睨んでしまう。
どうやって、泉の中を調べるか。
背後では皆んながどうやって潜るとか何やら相談してるし、任せてしまおうかな。
ん?
鉄針が伸びた?
いや、水位が下がったのか?
僕が作った乱立鉄針の先が前よりも長く水面から出ている。
どこかに水が流れてる?
「水面が下がってるみたいだ。
どこか水が流れ出るような川があったかな?」
「うん? いや、無かったと思う」
「ええ、ありませんでしたわ」
「……なら、気のせいかな。
水面が下がってる気がしたんだけど」
「不思議ですわね」
「確かに水が減ってるな」
「念のため、もう一度周囲を確認した方が良さそうだな」
クロムウェルが低い声でそう言うと、改めて皆んなで足下を確認しながら入口に向かって歩き出す。
心なしか周囲に広がる通路が広がった気がする。
やっぱり、水が減ってる。
暗闇の中を目を凝らしてゆっくりと歩くけど、水が流れ出ている気配は無い。
調べて歩いてる間もほんの少しずつ水位が下がってる。
何も見つけられないまま入口に戻って来た。
反対側を歩いて来たセラドブランたちも同じようだ。
困惑した表情をしてる。
「どういうことでしょう?」
「水が引いてるのは確かなようです。
泉の中に何か排水口があるのかも知れません」
「泉の中……」
「まぁ、しばらく休憩して様子を見ましょう。
倒した虹蛇の死体がどうなったのかも確認したいですし」
「死体?」
「はい。
虹蛇の死体が泉の底に残ってるか、消えているかを確認したいです」
「それは、どんな意味があるのでしょう?」
セラドブランが軽く首を傾げて訊き返してくる。
「はい。
迷宮だと階層主の死体は放っておくと迷宮に吸われて消えるんです。
階層主に限らず倒した魔物を回収しなかったらしばらくすると迷宮に沈むようにして消えます」
「「「えっ?」」」
皆んなが目を丸くする。
「先ほどの虹蛇の死体が残っているか、消えているかを確認できれば、ここが迷宮かどうかも確認できます」
話してるうちに大分水が引いてきた。
虹蛇の死体を確認しに行こうか。




