第百三十話
翌日、麓の街ポローティアを出ると水神宮の祠を目指して山道を歩く。
小ざっぱりとした軽装の六人の子供でピクニックにでも行くような雰囲気だ。
ギルドライセンスBランク以上の集まりだと言っても誰も信じないだろう。
「セラドブランさんたちは水神宮に入られたことはあるのですか?」
街の獣人たちが管理して清掃などを行っているからだろう。山道は綺麗に整備されている。
「一度、街の方と一緒に途中まで入りました。
途中でここから先は神域です。と言われて引き返すことになって……」
「まぁ、そうですよね。
山の水神様ですし、水が干上がってるときに供物を持って行くにしても途中までですね」
「はい。
急いで対応したかったのですが打つ手が無くて、周辺の治水工事の方で対応を進めていたところです」
「碧玉の森に行かれたのは、何か関係があるのですか?」
「古い資料では水神宮の蛇神を見た冒険者がBランクだったそうです。
なので碧玉の森で私たちの腕前を確認してから水神宮に挑もうと考えていました」
「ふ〜ん。
どなたか他に信頼できる方はいないのですか?
セラドブランさんたちが挑むには少し危険だと思いますが……」
「腕の立つ部下が動くと目立つので、やむを得ません」
「そうですか。
念のためネグロスと僕が前を歩きます。
殿はクロムウェル。
皆んなを危険に晒す訳にはいかないので何か合った場合は、僕たちを置いて逃げてください。
これはセラドブランさんたちの腕前の問題ではなく、僕からのお願いです。
聞き入れてもらえますか?」
「え? ええ、分かりました。
しかし、それほど危険なのでしょうか?」
セラドブランは自分たちもBランクです、と目で訴えてくる。
「十階層の階層主でBランク、二十階層の階層主はAランク。
三十階層の階層主はSランク相当らしいですよ。
これは一対一の場合です。
パーティを組めばもう一つランクが低くてもいいようですけど、リスクが無くなる訳ではありません」
「しかし、メイクーンさんも危険なのではありませんか?」
「もちろん危険です。
ですから自分のことで精一杯になります。
……もう一度言います。
Bランクのパーティでは二十階層までです。
それも連携の取れたベテランの冒険者の場合です。
強力な魔法が使えても、入り組んだ迷宮では効果は限られます。
何かあった場合は、僕たちに構わず逃げてください」
セラドブランが睨みつけてくるけど、ここは引けない。
「分かりました。
その代わり一時的に逃げるだけです。
必ず合流してください」
「分かりました。
約束です。
必ず合流しましょう」
胸に手を当てて礼をすると、お嬢様らしく願いを聞き入れてくれた。
更に山道を登ると山道が川に沿って蛇行しながら上流に続いている。
残念ながら川の水量はほとんど無くてチョロチョロとだけ流れていてセラドブランの言葉を裏付けている。
「なぁハク、さっきの話しだけど十階層、二十階層って深く潜ると魔物が強くなるってことだろ。
実際、どう強くなるんだ?」
既に先頭を歩いているネグロスが聞いてきた。
「う〜ん。
銀角犀と狂暴犀の違いみたいなもんだよ。
硬くなって攻撃が入らなくなる。
相手の攻撃は重たくて速くなる」
「銀角犀でどのくらいの階層?」
「十階層の前半かな。
入って五階層ぐらいまでは杏子兎とか香梅猪みたいな感じだよ」
「迷宮に入ると杏子兎がいて、十階層を超えると銀角犀、二十階層も超えると狂暴犀が出る感じ?」
「そうそう。そんな感じ。
十階層まではいいんだけど、十階層の階層主から先はドンドン強くなる」
「うげぇ〜。
それじゃあ、このメンバーだと二十階層がギリギリじゃなぇの?」
「出る魔物にもよるけど、恐らくはそれぐらいが限界だと思う」
「それでは、……」
僕たちの会話を聞いていたセラドブランが声を上げたけど、後が続かない。
恐らくセラドブランとしてはもっと深くまで行って迷宮の謎を解きたいのだろうが、そんな簡単にはいかないだろう。
「まずは二十階層を目指しましょう。
それ以上は危険です」
いきなり二十階層に行けるかも不安だけど、それぐらいは何とかなるだろう。
……何とかできるはず。
いくつかの課題を考えてると祠に着いた。
「ここが水神を祀っている祠です。
水神宮の入口はこの裏手にあります」
祠は小さくて質素なものだった。
それでも周りの草が刈られて綺麗に掃除してある。
それなりの頻度で街の獣人が来てるのが分かる。
祠にお参りしてから裏手に回ると細い滝があり、滝の中に迷宮の入口がある。
……水量が多いと迷宮の入口が水に閉ざされて入れなくなりそうだ。
「この先です。
暗いので松明を用意しますね」
……松明?
セラドブランたちが魔法鞄から松明を取り出すと灯りをつけた。
僕たちも一人一本の松明を受け取ると、ゆっくりと中に入る。
……暗い。
僕がこれまで入った迷宮と違い、中が暗い。
セラドブランたちが松明を用意してた理由はこれだ。
「中は暗いんですね」
「はい。
通常、迷宮は松明が無くても薄明るいそうですが、この迷宮は違います。
この暗さが迷宮と言われない理由の一つです」
暗い洞窟を松明の灯りを頼りにして進む。
中は細く入り組んだ迷路のようだ。
小さな分岐がたくさんある。
「これは、大変ですね」
思わず呟いてからセラドブランを見た。
「はい。
暗くて視界が限られる上に入り組んだ構造なので、迷子にならないようにしてください。
一応、途中までは聞いているのでご案内できますが、その先は分かりません」
なるほど、これは攻略にかなり時間がかかりそうだ。
「なぁ、全然魔物の気配が無いんだけど、この道であってるのか?」
「はい。
この迷宮は途中まではほとんど魔物がいません。
たまに蛇や蝙蝠が出るぐらいですので、避けて進めば問題ありません」
セラドブランの案内で先頭を歩くネグロスが聞いたけど、魔物がほとんど出ないらしい。
奇妙な迷宮だ。
たまに出る長さ一メートルほどの普通の蛇を倒しながらネグロスはドンドンと先に進む。
途中、坂道があって下の階層に進んだような気がするけど確信が持てないまま全員で歩く。
「私がご案内できるのはここまでです。
すみませんが、ここから先は道を知らないので調べながら進むことになります」
暗闇の中でセラドブランが頭を下げて言った。
「分かりました。ありがとうございます。
様子を確認したいので、少し休憩しましょう」
皆んなに休憩するように促して、僕は松明を持って道の先の様子を確認する。
うん。
確かに魔物の気配を感じない。
道順は風の隼のヴェネットに頼めば何とかなるだろう。
風の精霊ならこれぐらいの迷宮の道順はすぐに調べてくれる。
それをするかどうか。
まぁ、こんな真っ暗で魔物のいない迷宮をウロウロし続けても意味は無いしサッサと階層主のところまで進んでしまおう。
皆んなと一緒に座ってクロムウェルの作ってくれた水を飲む。
回復効果のある水はありがたい。
疲れを実感しないけど、回復したと感じる。
「休憩もしましたし、先に進みましょう。
夜目も効くので僕が先頭になります。
気をつけてついて来てください」
左手に松明を持ち、右手にはタングステン合金の剣。
右手の剣も魔力で明るくしてサクサクと進む。
分岐では風の隼が先導してくれるので、特に悩む素振りさえ見せずに洞窟を進むと、道の先からひんやりとした風が吹いてくるようになった。




