第十三話
レオパード伯爵領軍の迷宮探索二日目。
昨日、一階層のマッピングを終えて街に帰る途中に幾つかのテントが立ち並び野営を行っていた。
聞いたところではレオパード伯爵領軍の援軍百名が到着したので、今後野営をして魔物狩りや復興作業の手伝いをすると言っていた。
シルヴィアはやや不満そうだったが、サラティからこうして助けて頂くのも大事なことね、という一言で納得したようだ。
二人にとっての共通認識は迷宮探索はゆっくりと、街の復興は早急に、である。
結局、その援軍は何をすることになったかと言うと、迷宮と街との間に土塁を築いている。
中央に一本の道を残して、迷宮を取り囲むように堀を穿ち、その堀を穿ったときの土を盛り土にして土塁を築こうとしている。
メイクーン領の状況では手が回らないところなので、二人は素直に感謝して支援を受け入れた。
「本日は二階層のマッピングを進め、ハク殿の捜索を行う。
隊列は昨日のまま。
二階層への坂道まではまとまって移動し二階層の状況確認後、散開する」
レゾンドが宣言すると昨日と同じメンバーが迷宮へと入って行く。
隊列は第一隊、第二隊、第三隊の順。
出てくる魔物は昨日と同じ粘性捕食体のみなので、レゾンドとシルヴィアが順番に倒して先に進む。
既にマッピング済みなので、さほど時間をかけずに二階層へ降る坂道に到着した。
昨日はここで引き返したため、ハインツとフォスターが剣を構えて前に出る。
レゾンドとダグラスが続きサラティとシルヴィアが後方からついて行く。その後ろには第二隊と第三隊がいて長い行列で坂道を下る。
「二階層は違う魔物が出るのでしょうか?」
「その可能性もありますが、恐らく出てこないでしょう。新しい魔物は次の階層か、もう少し先の階層になると思います」
サラティの問いにレゾンドが返す。
サラティが首を傾げるとレゾンドが続けた。
「迷宮は階層ごとに魔物が強くなる傾向があります。それも徐々に強くなります。
昨日、粘性捕食体以外の魔物は出現しませんでしたし、まだ新しい魔物が出ないか、出ても急に強くはなりませんよ」
レゾンドはサラティの疑問に答えつつ、不安を打ち消すように補足した。
サラティはレゾンドが迷宮のことを多少は知った上で探索しているのを知り、もっと迷宮のことを知るにはどう接するのが良いか考えるのだった。
レゾンドは二階層に入ってから最初の粘性捕食体を問題なく倒してから進路を分ける指示をした。三隊に分かれて二階層のマッピングを開始する。
「ダグラス様は迷宮に入られた経験はございますか?」
粘性捕食体しか出て来ない状況のため、ハインツとフォスターが先行して偵察し、レゾンドとシルヴィアが順番に粘性捕食体を倒す。
後ろからついて行くことになったサラティが同じく後ろを歩いてるダグラスに尋ねた。
「あ、いえ。今回が初めてです」
ダグラスが少し慌てて返事を返す。
二十一歳でサイベリアム子爵家嫡子のダグラスだがあまり女性には慣れてないようだ。いや、嫡子だから、だろうか。
ダグラスは茶色の猫人。大型猫の家系から生まれたサイベリアム子爵家らしい大き身体で、筋肉質なスタイルをしている。
メイクーン領の嫡子フォルスや次男のリックもサラティたち姉妹とは話しをしたが、親しい女性はいなかった。
小さな領地しか持たない田舎貴族の嫡子にとって縁組みは大事な問題だが上級学院で社交界の真似事をしたところで、所領に帰れば茶会などある訳もなく。貴族同士の付き合いも限られている。
領内で接するのは部下か平民だし、このような戦闘の場でどのように接すれば良いのか悩むのも仕方のないことだ。
「そうですか。剣技はお得意なのですか?」
「はい。漣奏深衛流を使います。
粘性捕食体のような打撃が効かないような魔物でなければ私の連撃で仕留めて見せますよ」
ダグラスはそれなりに自信があるようだ。
「漣奏深衛流ですか?」
「はい。剣を両手で構え、正対して連続攻撃を主とする剣技です。
これでも目録を持っています」
「それは頼もしいですね」
ダグラスはレオパード伯爵の重鎮の息子として箔をつけるためにメイクーンに来た訳ではなく、実力を期待されているようだ。
それまでの影に隠れた素顔を知りサラティは警戒を強くした。
結局、その日の探索は予定通り進み、三階層の手前の下り坂で終えた。
粘性捕食体しか出現しない階層なので、ダグラスの腕前を披露する機会はなかった。
レオパード伯爵領軍の迷宮探索三日目。
計画的に慎重に、ゆっくりと確実に探索を進めるレゾンドたち一行が三階層に入るとすぐに魔泥亜人形が現れた。
直径二メートルの泥の塊が縦に伸びて襲いかかって来る。
三階層の最初から?
サラティとシルヴィアの驚きとレゾンドとダグラスの驚きは同じようで違うものだ。
驚きから立ち直るとすぐにレゾンドが氷柱槍を放ち、シルヴィアも続けて火炎槍を放った。
巨大な氷柱と火炎が魔泥亜人形に突き刺さるが、魔泥亜人形は動きを止めない。
慌ててダグラス、ハインツ、フォスターが隊列を変えた。
氷柱と火炎が刺さったまま動く魔泥亜人形に三人が次々と剣を繰り出す。
しかし剣は泥に埋まり、振り抜くことができない。
振り抜くことができなかった剣を引き抜き三人は距離を取った。
一番早かったのはダグラス。
斬れないと判るやいなや突きに変えて、とにかく突きまくる。しかし、突きは浅く、剣が入らない。
衛士隊のパックスたちと同じだ。
シルヴィアはハクたちと最初に迷宮に入ったときを思い出した。あのとき衛士隊の三人では力不足だった。
三人には倒せなかったが、ハクが強引に剣を突き刺して倒した。
どうする?
サラティとシルヴィアが一瞬目を合わせる。
しかしそれは杞憂だった。
ダグラスが突きを放ち続けて魔泥亜人形をバラバラにして倒した。
ある意味同じような倒し方で魔泥亜人形を倒したダグラスは肩で息をしている。
「ダグラス、よくやった。ハインツとフォスターも。
疲れてるところすまないが、魔泥亜人形について感じたことを教えてくれないか?」
レゾンドはダグラスたちをねぎらいつつ、魔泥亜人形の情報を得ようと焦っている。
魔法が効かないにしても、剣も効かなかった。
たった一体の魔泥亜人形に対して二人が魔法を放ち、三人が斬りかかって何とか倒すことができた。そんなレベルなのだ。
三階層の初戦でこんなに消耗していたら、とてもじゃないが継戦できない。
このままでは四階層、五階層には進めない。
レゾンドが焦る様子を見ながらサラティは腰に下げた蒼光銀のレイピアを確認した。
この迷宮は厄介だ。
父アレサンド子爵の呟きが聞こえた気がした。




