第百二十九話
バスティタの冒険者ギルドでランクアップ処理を終えると、ギルドマスターのキンドレックスからライセンス証を受け取った。
ネグロスはニマニマとライセンス証をずっと眺めてて気持ち悪かったが、他の四人は軽く確認するとアッサリとライセンス証を仕舞う。
「で、これからどうすんだ?」
キンドレックスが大きな声で聞いてきた。
「普通に鍛えますよ。
もう少し強くなりたいんで」
「俺は迷宮に行きます」
「私は神授工芸品を探しに」
僕の答えに続いてネグロスとセラドブランが答える。
こんなときもネグロスとセラドブランの息が合うとは思わなかったが、その内容も似たようなものだ。
「ほぅ……。気をつけろよ。
迷宮は恐いぞ」
キンドレックスが目を細めて忠告する。
「はい。それでも行きたいと思います」
「それでも手に入れたいものがあります」
……二人のスイッチが入ったみたいだ。
「メイクーン、二人はやる気らしいぜ。
お前が面倒見ろよ」
えぇっ?
「……はい」
やる気満々の二人の面倒を見ることになってしまった。
冒険者ギルドを出て馬車に乗り込むと、馬車は寮に向かって走り出した。
「先ほどはすみません。
つい神授工芸品を探しに、なんて言ってしまいました」
「いえ、いいですよ。
ネグロスも迷宮に行くって言ってましたし」
どうも今日のセラドブランは大人しい。
行きの馬車ではギルドのランクアップ試験を気にしてるのかと思ったけど、違ったようだ。
ギルドでキンドレックスの審査をうまく切り抜けたときは、キンドレックスの審査のことを知っていて内緒にしてて、僕がうまく対応できるか心配してたのかと深読みしたけど、そんな感じでもない。
最後には、手に入れたい神授工芸品がある。って言い出して、謝ってくるし。
「ハクもどうせ新しいところに狩りに行くんだろ?」
ネグロスは僕と一緒に魔物を倒しに行くことは当たり前だと思ってるから、いつも通りなのに、何だろう?
「実はメイクーンさんにも手伝って頂きたいのです」
は?
あれ?
「お嬢様?」
「それは?」
ノアスポットとパスリムも驚いている。
「実は強力な神授工芸品を探しています。
できればそれを手伝って頂きたいのです」
「はぁ」
何をしたらいいのか分からなくてえらく間抜けな返事をしてしまった。
「神授工芸品を探す手伝い、と言うと?」
「一緒に迷宮に入って頂きたいのです」
意味が掴めずにいるとセラドブランは控えめに言って頭を下げた。
「いや、あの、頭を上げて。
迷宮に一緒に入るぐらいは全然問題ないからさ。
でも、迷宮に入ったからと言って狙った神授工芸品が手に入る訳でじゃないですよ?」
「……それは知っています」
「では、何故、僕なのですか?
一緒に迷宮に入るのは構わないのですが、僕ぐらいの腕前の冒険者や兵士は他にもいると思いますが?」
「……冒険者や領兵を関わらせる訳にはいかない理由があるのです。
内密にして頂くことも含めてのお願いです」
何とも雲を掴むような話しだ。
言えないのは分かるけど、何が欲しいのか分からない。
「分かりました。
一度迷宮に入ってみてから詳しい話しを聞きましょう。
それでも宜しいですか?」
「はい! ありがとうございます。
えっと、迷宮までは大公都から半日ほどかかるのですがご都合はいかがでしょうか?」
「僕はいつでもいいですよ。
学院を休むことも特に問題ないので、セラドブランさんの都合に合わせれます。
ネグロスとクロムウェルが同行しても問題無ければ、今からでも大丈夫です」
左右を見ると、ネグロスもクロムウェルも笑って受け入れてくれている。
「それでは、急なお話しで申し訳ありませんがこのまま目的地を変更させて頂きます。
今日は迷宮の近くの街で休んで頂いて、明日の朝から迷宮に同行して頂いても良いですか?」
「ええ、その計画で行きましょう。
移動に半日かかるのであれば、これから触りの部分だけでも説明して頂きたいのですが、どうでしょうか?」
「もちろんです。
迷宮に関してお伝えしなければならないこともありますので、しばらくお付き合いください」
セラドブランはサーバリュー侯爵領の外れにある迷宮について話し始めた。
それは険しい山の麓にある小さな迷宮。
各階層もさほど広くなく、普通の洞窟だと思われていた。
しかし中を探索してみると行き止まりには大きな蛇がいて先に進めないのが分かり、恐らく階層主で倒さなければ進めないのが分かった。
冒険者たちは神授工芸品を求めて階層主を倒そうとしたが、もう少しというところで逃げられて中々倒せなかった。
麓の街の獣人は階層主を水神様だと言って敬っていたので、冒険者たちに冷たい対応をするようになった。
次第に階層主が水神と崇められ、迷宮は神域として立入禁止になった。
今では水神宮と呼ばれている。
「その水神宮に入るのですか?」
「はい。今年の夏、水神宮の池が干上がり麓の街では水不足が起きました。
今も水不足が続いています」
「それとどんな関係が?」
「分かりません。
まずは調査をしたいのですが簡単に入れる場所では無いですし、仮に入った場合もあまり目立つとよくないのです」
「それで冒険者や領兵を巻き込めない訳だ」
「はい」
「そして階層主が強いだろうけど、その先まで調査したい、と」
「はい。
階層主が暴れているのか、倒されたのかも分かりません。
元々、出入りを監視するような迷宮でもないので様子が分からないのです」
「当然、中の魔物についての情報もあまり無い」
「はい」
「セラドブランさんは神授工芸品が鍵だと思ってるみたいだけど、何か理由があるのですか?」
「えっ?
そうですね。……階層主は倒されても一定期間で再生すると聞いています。
今回の水不足は半年以上続いているので階層主だけの問題では無いと思っています。
むしろ迷宮全体に関する何かだと感じています」
「なるほど。
確かに階層主なら一度倒しても再生するはずですね」
もしも迷宮主だったらどれくらいで再生するだろう?
或いは迷宮核を傷つけた場合、どうなる?
「少なくとも階層主の問題では無いと思うのですが、神域ですので穏便に進めたいと考えてます」
「分かりました。
今の情報を元にできる限り静かに調査しましょう」
馬車は夕方に麓の街ポローティアに着き、セラドブランの案内で高級な宿に泊まることになった。




