第百二十七話
週末、寮の食堂で待ってるとネグロスとクロムウェルが入って来た。
「おはよう。揃ったから寮の前で待ってようか」
「おはよう。
本当に寮の前でいいのか?」
「おは、俺も行かなきゃダメか?」
僕が朝の挨拶をすると二人とも返事しながら意味の違う疑問の声を上げる。
「寮の前でって言ってたし、それでいいんじゃない。
ネグロスは自分だけ逃げようとしないで、付き合って」
「分かった」
「へーい」
三人揃ったので寮の前に出て客人を待つ。
セラドブランからの申し出で冒険者ギルドのランクアップのために同行することになったんだけど、僕らもランクアップの対象なんだろうか?
僕ら三人ともギルドの依頼を受けたのは先日の碧玉の森の魔物狩りが初めてだ。
碧玉の村で買取りしてもらったのも数回しか無い。
そもそも僕とネグロスはライセンスを取ってからまだ一ヶ月ほどだ。
そんなことを考えてると門の方から四頭立ての馬車がやって来る。
四頭の馬に引かれているのは白くて金の装飾がある屋根付きの四輪馬車だ。
本当サーバリュー侯爵家って金持ちだよな。
「お待たせしましたか?」
馬車が止まるとセラドブランが身を乗り出して聞いてきた。
「いえ、つい先ほど揃ったところです。
素晴らしい馬車ですね」
「大勢乗れる馬車はこれしか無くて、横向きになりますがお乗りください」
御者が踏み台を用意をして、後ろにある扉を開けた。
右側には奥からセラドブラン、パスリム、ノアスポットの順で座っている。
左側の長椅子が空いているのでそこに座れと言うことみたいだ。
「どうぞ、メイクーンさんから入って頂いて順にお座りください」
……セラドブランの向かい側を指定されてしまった。
「それでは、失礼します」
「おおっ!」
「へぇ〜」
続いて入って来たクロムウェルとネグロスが感嘆の声を上げる。
「内装も素晴らしいです」
僕は上級学院と大公都の往復には幌馬車を使っているけど、椅子の柔らかさが違う。
幌馬車だと片道三十分が結構苦痛なので、セラドブランの財力に感謝する。
「本日、冒険者ギルドに向かう用件ですけど、メイクーンさんたちを含めた私たち六名のランクアップの審査の予定です。
叙勲者がいつまでも低いランクにいると軽んじられると言われましたので」
馬車が走り出すとセラドブランが説明する。
馬車は静かに進み出して滑らかだ。
だから馬車の中でも優雅に話しができる。
「そういう訳でしたか。
以前レドリオン公爵とお会いしたときもそう言われた気がします」
「そうですか。
そのときはどのような審査を受けたのですか?」
僕としては軽く相槌を打った程度のつもりだったけど、真剣に聞かれて戸惑う。
隣に座ってるパスリムとノアスポットも食い入るような目でこっちを見てる。
「そのときは偽名で活動していたのですが、査問を受けたときに上位の魔物を倒したのでその死体を見せました」
「査問とか上位の魔物とか、もう少し詳しく教えて頂いていいですか?」
セラドブランがちょっと慌ててる。
確かに誤魔化し過ぎたな。
「あ、すみません。
結構昔のことで曖昧なので省いてしまいました。
では、少しお時間を頂きますが宜しいですか?」
「ええ、こちらこそお願いします」
「僕がレドリオン領に行って迷宮に潜ったときですが、新人冒険者が襲われる事件がありました。
僕はライセンス取立てでソロで潜ってて、偶然迷宮で出会ったギルドの試験官ジェシーに同行を求められました。
八歳の子供がこんなところで何をやってる?ってね」
馬車は静かなので忘れそうになるけど、ちゃんと走ってる。
馬車という個室で皆んなが真剣に聞いてるからちょっと照れくさい。
「そのときは十階層ごとにいる階層主を倒したって言っても聞いてくれなくて、実際に死体を出したらビックリされました。
迷宮って、階層主を倒さないと先に進めないんですよ。ただその階層主が強いので、信じてもらえないんです。
確か三十階層の階層主、三頭冥犬を倒したんですけど、今まで誰も戦ってなくて本物か判断できないし、僕が倒したかも分からないし、って」
「三十階層……」
セラドブランが何か呟いたけど、よく聞こえなかった。
「話しが膠着したときにレドリオン公爵がやって来て、『支援してやる』って言われたんだ。
必要な武器、防具をサポートしてやる。
この死体は買い取るからその金を使え。
ランクも上げてしまえ、その方が面倒が少ないだろって。
結局、登録から日数が短かいとかの理由でBランクへ昇格したんだ」
「ん? 日数が短いからBランクって変じゃ無いか?
三頭冥犬を倒したからBランクってことか?」
ネグロスがすかさず聞いて来る。
多分、セラドブランも同じことを思ったんだろうな。
「いや、三頭冥犬を一人で倒したとしたらSランクだけど、三頭冥犬が本物か分からないし、一人だったかも疑問で、登録からの日数も短いから、ってBランクになったんだ」
「へっ?」
「はぁ?」
「どういうことだ?」
ネグロスとセラドブランが変な声を出して固まってしまったので、クロムウェルが言葉を継いだ。
「あまり大袈裟にしたくなかったんだけど、その迷宮、冥界の塔って言うんだけど、は今まで十九階層までしか攻略されてなかったんだ。
ランクの高いパーティでも十九階層が最高だったのに、急にやって来た子供の僕が一人で三十階層って言っても誰も信じてくれなかったんだよ」
「ええっ?」
「ぐふっ」
セラドブランは口を押さえて控えてくれたけど、ネグロスが吹き出した。
「なるほど、それでBランク止まり。
でも、レドリオン公爵から赤拵えの短剣をもらえた訳だ」
「そう言うこと。
未来のSランクって、買い被りだけどね」
「三頭冥犬ってどんな魔物だったんだ?」
ネグロスが調子に乗って聞いて来る。
「頭が三つある犬だよ。
一つ一つの頭が僕よりも大きい。
鷲獅子を二回り大きくした感じかな。空を飛ばないから、その分は楽だけど恐ろしく硬い。
一回で斬り落とせないから、何度も何度も前脚を斬りつけて動けなくしてから、頭を順番に潰して倒した」
「げっ!」
「ええぇ?」
「……聞くんじゃなかった。いや、聞いて良かった。
階層主って強いんだな。
そしてハクも」
「僕はたまたま勝てただけだよ。
危なかったら逃げる」
そう言って軽く笑って流した。
「あの、三頭冥犬を倒したときはどのような神授工芸品を手に入れたのですか?」
神妙にしてたセラドブランが少し躊躇ってから再び質問する。
「神授工芸品ですか?
多分、銀の弓だったと思います」
「それはお持ちですか?」
「ええ、ご覧になります?」
「是非。お願いします」
収納庫に入ってる銀の短弓を腰鞄から出すようにして手に持った。
ちょっと緊張したけど、さり気なくセラドブランに渡す。
「こちらです」
「これが? でも弦がありません」
セラドブランは短弓を手に取りつつ怪訝な表情でこちらを見る。
「神授工芸品なので魔力を流すと弦や矢が現れます。
危ないので、一度馬車を止めましょう」
「はい。ダーラン。馬車を止めて下さい」
「畏まりました」
御者台から声が聞こえるとすぐに馬車が止まり、後ろの扉を開けてくれる。
場所は上級学院から大公都へ向かう道の途中。
かなり大公都に近づいている。
疎らな林があるだけの長閑な道だ。
「短弓を貸して下さい。
試しに見てもらいましょう」
セラドブランから銀の短弓を受け取ると、何か狙うものを探す。
特に何も無いので、少し離れたところの岩を狙うことにした。
「あそこの岩を狙います。
今は弦が無いのですが、魔力を流すと弦と矢が現れます」
「「「おぉ」」」
実際に魔力を流して弦と矢を見てもらうと、歓声が上がった。
「後は狙いを定めて矢を放つだけです」
「「「おぉ」」」
僕が光の矢を放つと再び歓声が上がる。
「この短弓の素晴らしいところは、一度に何本もの矢を放てます。狙うのにコツが要りますが慣れると凄いです」
今度は岩を中心にして、横一線に五ヶ所を狙って矢を放つと、光の矢が五本現れて岩とその左右に飛んだ。
「「「ええっ?!」」」
「これが神授工芸品です。
弦も矢も要らなくて、まとめて撃てる。
しかも光の矢です」
「凄い……」
「凄え……」
「私も射てみてもいいですか?」
「もちろんです。気をつけてください」
再びセラドブランに短弓を渡すと彼女は綺麗な姿勢で矢を射た。
魔法で魔力の扱いに慣れているのだろう、とてもスムーズな動きだった。




