第百二十一話
碧玉の村の冒険者ギルドに入って行くと、少しざわつきが起きる。
ギルドマスターや大隊長と一緒に叙勲されたからか、と思ってると視線はネグロスに集中してるようだ。
「ネグロスが何かやらかしたの?」
声を潜めてクロムウェルに聞いた。
「いや、あれだろ、集団暴走のときに絡んできた冒険者に『表に出ろっ』って啖呵きって、ギルドマスターが止めたやつ。
第二波のときもネグロスがギルドマスター連れて帰ったから、皆んな何があったか警戒してるんだよ」
「あ、そういう訳ね」
謎が解けたので放っておいて窓口にいるヒーロミュールに声をかけた。
ずっと買取りのときに担当してもらっている碧玉の村の人気受付嬢だ。
白地に大きな明るい茶色の模様が入っていて、とにかく明るくて声が優しい。
「あ、メイクーンさん、ネグロスさんとクロムウェルさんもお久しぶりです。
集団暴走の件で叙勲を受けたそうでおめでとうございます」
ニコニコと笑顔で話してくるのでこちらも機嫌が良くなる。
「お久しぶりです。
その後、変わりありませんか?
心配になって様子を見にきたんです」
冒険者ギルドで買取りしてもらうときは腰鞄から出したりするので、僕が代表になることが多い。
「そうですね〜。
やはりまだ魔物たちがあちこちにいるみたいで少しバタバタしています。
状況をお伝えしたいので、二階の会議室にご案内します」
「お願いします」
ヒーロミュールの案内に従って二階へと上がり、会議室に入る。
しばらくするとギルドマスターのバスクスが大柄な山猫を連れて会議室に入ってきた。
げっ!
「久しぶりだな。
いいタイミングで助かる。
ちょうどバスティタのギルドから応援が来てるので紹介しよう。
Bランク冒険者のジャックバーグだ」
入って来るなり後ろの獣人を紹介する。
ベージュとグレーの山猫。
「久しぶりだな。と言っても一度会ったきりだが……。
バスティタでギルド職員の手伝いをしてるジャックバーグだ。
メイクーンとコーニーの試験官をしたと言ったら思い出してくれるかな?」
あぁ、僕が殺しかけた試験官だ。
「「お久しぶりです」」
僕とネグロスが慌てて立ち上がり挨拶をした。
「とりあえず座って話しをしよう。
皆んな座ってくれ。
ジャックバーグも座って」
バスクスが忙しなく話しを進める。
「いや、皆さんいいところに来てくれた。
集団暴走が収束したけど、本当の終息はまだなんだ。
集団暴走で暴走した魔物たちがあちこちに分散してて、日々対応に追われてるんだ。
是非とも協力してくれないか?」
「はい。
そのつもりで来たのでいいんですけど、ジャックバーグさんはどうして?」
「あぁ、助かるよ。
ジャックバーグには応援で来てもらってるので、一緒に説明した方がいいと思って連れて来たんだ」
「私は集団暴走時およびその後の様子を確認に来たのだが、ギルドマスターに頼まれて集団暴走の残党狩りの追加依頼を受けたところだよ」
「そういう訳ですか。
それなら僕たちも依頼を受けた形にした方がいいですか?」
「ん? 指名依頼でどうだろう?
前回の集団暴走については既に色々と処理が終わっているので、改めて依頼を受けて欲しい。
今後、ランクアップの話もあるからその方が助かる」
「分かりました。
手付だけ済ませて成果報酬にしましょう。
まだどんな魔物がいるか知らないので、実際に倒して分を反映してもらえばそれでいいですし」
「あぁ、助かるよ。
こちらでもまだ精査できていないんだ」
「私からもいいですか?」
一通り話を整理しているとジャックバーグからも話があるようだ。
「はい。何でしょう?」
「できれば途中まででもいいので、森の中の確認に同行して欲しい。
鉄柵の設置などについて説明してもらえると助かるんだ」
「いいですよ。森の様子を一緒に確認してもらった方が早そうですし、その際に説明させてもらいます」
依頼があろうとなかろうと、森の様子を確認しに入るのだったら変わらないので依頼を受けることにした。
どうせなら依頼を受けて少しでも恩を売った方がいいような気がする。
「それじゃあ、今の森の状況を説明させてもらうが、この地図を見たことはあるかな?」
バスクスが机の上に大きな地図を広げて説明を始める。
「いえ、ありません」
ネグロスとクロムウェルも首を振っている。
ジャックバーグだけは見たことがあるようだ。
「そうか、なら簡単に位置関係を説明させてもらうと、この右にある丸印が碧玉の村だ。
碧玉の森は村の西側に大きく広がっている。
端から端までは徒歩で三日と言われている」
なるほど確かに大きな森だ。
地図には何ヶ所か丸印があり、ポイントがあるようだ。
「この丸印は周囲を見渡せる丘の位置だ。
そして、この蛇行しているのが森を横断している琥青川。
そして前回の集団暴走の翌日に確認した鉄柵がこの三角印」
こうして見ると、前回僕が設置した鶴翼鉄壕も森の真ん中にも行っていない。
琥青川のずっと手前だ。
「この地図だとかなり広範囲に鉄柵を設置してあるようだが、……」
ジャックバーグが不審気に尋ねる。
「それは間違い無い。
半数は私と二人の斥候が同行して確認した。
残りも集団暴走の収束直後に斥候部隊が確認している。
多少の誤差はあるかも知れないが、幅百メートルの鉄柵を二十三個確認した」
「本当に?」
「あぁ、本当だ。
だからメイクーンは叙勲された。
普通ではあり得ないことだが、森に入れば分かる」
「そうですか。分かりました」
「集団暴走の第二波があった時点で一度魔物を殲滅したが、翌日から再び魔物の出現が確認されている。
今は中間地点の連結鉄柵までの魔物はほぼ討伐したが、連結鉄柵にいる一角獣を倒せずにいる。
他の魔物がいるのと弓が効かないためだ。
流石にあの鉄柵の中に入って相手をするには量が多過ぎる」
「分かりました。それは僕が対応します。
面倒なのは一角獣だけですか?」
「今のところ一角獣だけだ。
他に何か確認したいことはあるかい?」
「俺からもいいですか?
領軍と冒険者はどんな風にして魔物を討伐されてるんですか?」
「あぁ、冒険者は四人以上のパーティしか森に入れなくしている。
領軍は二十名の編成で巡回を増やしているところだ」
「失礼ですが魔法を使える方はおられますか?」
「いる。とだけ答えさせてくれ。
申し訳ないが人数は教えられない」
「分かりました」
「他に無いかな?
それでは、森を頼む」
バスクスが改めて頭を下げた。
ギルドマスターってもっと偉そうにしてるもんだと思ったけど、バスクスは違う。
こんな獣人だからネグロスの言葉を聞いてくれたのかも知れない。
「僕たちはいつでも森に入れますけど、ジャックバーグさんはどうされますか?」
まだ陽も高いし、森に入る時間は充分にある。
「私もいつでも入れる。
良ければ早速同行させてもらいたい」
「分かりました。
それじゃあ行こうか」
ネグロスとクロムウェルに声をかけて会議室を出発する。
「すみませんが、北門から出発してもいいですか?」
「あぁ、どちらでもいいけど、何か違うのかい?」
「いえ、どうせならセラドブラン様の火魔法の跡も見て頂いた方がいいかと思って。
先ほどの様子だと碧玉の村に到着されたばかりでしょう?」
「お嬢様の火魔法?」
「そうです。
成果を残したのは僕だけじゃないですよ。
敢えてご自分の成果を伝えなかった方もおられるので、見ておいてください」
僕たち四人は北門から碧玉の村を出て、焼け野原を目指した。




