第百二十話
「もうお昼は済ませたの?」
「さっき軽く済ませたけど、ディキシューさんたちは?
まだならご一緒しますよ」
「そうね〜。
それなら静かなお店に行きましょう」
「いいお店提案」
「あはは、お任せします」
ネグロスとディキシューで決めると、ディキシューが案内してくれる。
ついて行った先には周りを花園に囲まれた平屋の喫茶店があった。
「ここのお店に来てみたかったの」
「憧れ」
「そうなんですか?
一緒に来られて良かったです」
主にディキシューとネグロスが話して、レネットと僕はそれを聞きながら時折り会話に参加してる。
バイプルとクロムウェルは全く喋って無いけど、疎外感を感じたりせずに頷いてるようだ。
……クロムウェルは案外人見知りなのかも知れない。
僕は飲み物だけで良かったけどディキシューとネグロスで色々と注文をしたみたいで、飲み物が揃う頃には色とりどりの小さなケーキなどがテーブルの上に並んだ。
「魔物が押し寄せるときはどんなだったんですか?」
サイダーに口をつけたネグロスがディキシューに話しを振った。
「私たちのお店は西門から離れてるけど、何度も領軍の兵士が来て村の領主館への避難を案内してた。
うちはお店をやってるから多少は丈夫な扉を使ってるしずっと家の中で耳をすませてたわ」
「警戒、警戒」
「ずっとですか?」
「ずっとよ。最初は小さな声だったけど、次第に遠くから地響きみたいなのが聞こえて、二階に上がって静かにしてた。
それより皆んなの活躍を教えてよ」
「英雄」
「そんなカッコいいもんじゃないです。
確か前日に一緒に食事しましたよね。
次の日、狂暴犀を倒した場所の様子を見に行ったんです。
ディキシューさんたちからの依頼をこなすために森に入って、念のため様子を確認しておこうって……」
ネグロスが慣れた様子であの日を振り返る。
そう言えば前日の狂暴犀がきっかけだった。
あの狂暴犀はどこから来たんだ?
ネグロスが自慢げに説明してる隣で僕は集団暴走について時系列と内容を整理していた。
碧玉の村の西門は領軍と冒険者が作った防衛線で守りきった。
様子を聞いてると西門よりも北門の方が魔物がたくさん来たようだ。
僕が作った鶴翼鉄壕は西側が多かったみたいで、それを避けた魔物たちが北門に押し寄せたようだ。
……運良くセラドブランたちがいて良かった。
夜になって領軍から魔物を倒した案内があって、村の皆んなは警戒しながらも普通の生活に戻っていく。
そういや、セラドブランのサーバリュー侯爵家について今度レドリオン公爵に聞いてみよう。
恐らくユーラシアリングス伯爵家と関係があるはずだ。
その頃、僕は迷宮に潜って、先行者を警戒してた。
……結局、先行してたのは誰だ?
僕は迷宮内で誰にも会ってない。
迷宮を見つけたとかそんな話しも出て無さそうだ。
迷宮を見つけても言わなかった?
うーん、気になるけど、調べようが無い。
ネグロスの話しは順調に続いていく。
碧玉の森の奥に入り、分断された魔物たちをセラドブランとパスリムが魔法で殲滅していく。
一角獣が出たところでディキシューが反応して、『角は?』と聞いているけど、当然無い。
ネグロスがやっぱり、と言った顔で悔やんでる。
あのときは余裕が無かったから角を集めてる暇なんて無かった。
それでも少しは回収したものもあったけど、忘れてた。一度片付けがてら整理した方がいいだろう。
迷宮で拾った神授工芸品もそのままだし、色々と拾ったアクセサリーなんかはそのまま忘れてしまいそうだ。
話しが進んで第二波の集団暴走。
あれはやっぱり迷宮核を壊したからだよな。
……メイクーン領に帰ったら銀の蜥蜴のラケルに聞いてみよう。
迷宮核を壊すとどうなるのか? 壊さないとどうなるのか?
ここでクロムウェルの水魔法が出てくる。
クロムウェルも詠唱も何も無しで水を創り出した。
そう言えば魔水薬と同じ効果があるようだし、ディキシューたちに見てもらった方がいいかも知れない。
そう思って聞いてると、ディキシューたちの喰いつき方がハンパ無い。
色々訊かれてるクロムウェルがしどろもどろだ。
「後で、僕の持ってる他の薬師が作った魔水薬とかも一緒に比較してみようよ」
レドリオン領の薬師ワンシーが作った魔水薬や迷宮産の魔水薬もあるし、違いを知りたい。
クロムウェルが冷や汗をかきながら僕の提案を受け入れてくれた。
「皆んな凄いのね。
改めて村を助けてくれてありがとうございます」
「称賛、感謝」
「ありがとう」
「いや、できることをしただけだから」
「それでも、貴方たちがいなかったら村が無くなっていたかも知れない。
本当にありがとう」
ディキシューが頭を下げるとレネットとバイプルも頭を下げた。
「いや、俺たちがいなくても何とかなったと思います。
偶然、俺たちの働きが目立っただけです。
まぁそのおかげで勲章もらえました」
ネグロスが照れ笑いして礼を受ける。
やっぱりこうして知ってる獣人から話しを聞くと勲章なんかより余程実感がある。
「村の様子は変わらない。皆んな平和に楽しく暮らしてる。
でも森の方は大変みたい」
「混乱」
「どういうこと?」
「まだ魔物があちこちにいるみたいで、素材の採取ができないの。
だから領軍と冒険者ギルドで連携しながら安全確保のために魔物の討伐をしてるみたい」
「成敗」
「やっぱり……」
ネグロスが呟く。
来て良かった。
それなら僕たちにもできることがある。
「そうですか。その辺も心配だったから碧玉の村に来たんです。
素材の方はどうですか?」
「素材の方も全然ね。
まだ森で採取できるような状況じゃないから、薬草や木の実は手に入らない」
「入手不可」
「えっ? それじゃ今、皆さん何してるんですか?」
「お店を休みにして、図書館に行ったりしてる」
「勉強」
「あぁ、それでお店の扉が閉まってたんですね」
「魔水薬も品切れで何もできないからね」
「売り切れ」
「そうですか……。色々教えてくれてありがとうございます。
とりあえず森の様子を見てくるので、もし素材が取れたら買い取って下さいね」
「うふふ。もちろんよ。
そのときは必ず買い取らせてもらうから。
でも、気をつけてね。
いくら勲章もらっても、今の森は前とは違うわ」
「うん。分かる。
一角獣が出ても逃げるからね。
残念だけど角は諦めて」
「うふふ、仕方ないわね。
一度見てみたかったけど、我慢するわ」
そう言ってディキシューたちと別れた。
「あ、悪い。背嚢のこと忘れてた。
お店聞くの忘れた」
「背嚢はまた今度でいいよ。
それよりどうする?
すぐに森に入ってみるか?」
「いや、一度冒険者ギルドに挨拶しておこうか。
この前会ったけど全然話しできてないし、森の状況を聞いた方が良さそうだ」
「それもそうか。
領軍よりはギルドの方が入りやすいしな」
「ふ〜ん。そういうものなんだな」
「ん? 何が?」
「いや、ギルドの使い方をよく知らないから、買取り以外の目的で寄るというのが気づかなかった」
「あぁ、僕もあまり近づきたくないけど知らない土地の場合、ギルドに聞くのが一番早いよ。
特に魔物とか素材とかは……」
僕たち三人は村の中央にある冒険者ギルドに向かった。




