第十二話
ハクが迷宮の十階層で閉じ込められた翌日。
レオパード伯爵家次男レゾンド・レオパードがサイベリアム子爵家長男ダグラス・サイベリアムと一緒に供を伴ってメイクーン子爵家を訪れた。
レゾンド・レオパードは三十二歳。金髪で大柄な体躯をしている。毛には斑らな模様が入っていて、豹を血統上の祖とするレオパード家らしい出立だ。
兄のグレンティン・レオパードと共に父グラント・レオパードの補佐をしている。
「本日はこの度見つかったと噂の迷宮の入口へご案内頂けないかと思い伺いました」
屋敷の中、広間に先遣隊のメンバーを待たせて、レゾンドとダグラスのみ応接室に入っている。
先遣隊の中で最も地位の高いレゾンド・レオパードが挨拶をして、本日の用件を告げる。
爵位を継いでいる訳ではないので、厳密には地位の高い順ではないが家を出ていなければ親の爵位に準じる扱いを受ける。
「いえ、こちらこそ。
未だに領内は落ち着いていませんので少しでも魔物を倒して頂けると助かります」
やはり、という思いを隠してアレサンド・メイクーン子爵が応じる。
「サラティ、シルヴィア、ここへ」
対するアレサンド子爵の答えはこれだ。
長女サラティと次女シルヴィアが前に出る。
二人が応接室のテーブルの側に着いたところであるアレサンド子爵が二人について説明する。
「左が長女のサラティです。ヤンチャ娘で少し剣を嗜みます。右が次女のシルヴィア。こちらは少し魔法が使えます。我が領内で限られた戦力ですが昨日、迷宮に入っておりました。
本日、ご指導頂ければこちらとしても助かりますので、宜しくお願いします。
二人からも挨拶を」
アレサンド子爵の紹介を受けて二人が挨拶する。
「長女のサラティ・メイクーンです。
小さな頃に水影流剣術の指導を受けました。本日は宜しくお願い致します」
「次女のシルヴィアです。
少し魔法を使うことができます。迷宮には粘性捕食体が出ます。
他の方の魔法を見ることがありませんでしたので、是非拝見させて頂きたいと思っています」
二人の挨拶を聞き、父のアレサンド子爵が顔を痙攣らせている。
水魔術師でもあるレゾンドはシルヴィアの強気な発言に対してほぅ、と感心したように顎に手をやった。
ダグラスはサラティに目を向けたまま固まっている。
二十歳のダグラスは色々と言い含められているのだろう。サラティの一挙手一投足を意識するあまりシルヴィアの挨拶を全然聞いていなかったようだ。
「娘たちも迷宮に入りはしましたが、早々に戻って来ました。迷宮探索の途中でハクともはぐれてしまい、ハクは行方が分かりません。
私も兵を率いて同行したいところですが、負傷してしまい、救助隊を編成したいのですがそれもままなりません。
街の混乱が落ち着くまで、我が領からは兵を出せそうもない。
力を借りるばかりで申し訳ないが、何卒、娘たちを宜しく頼みます」
アレサンド子爵の話を聞き、レゾンドとダグラスが大きく頷いた。
「メイクーン子爵。必ずや我々がハク殿を助けて参りましょう」
レゾンドとダグラスが順にアレサンド子爵と握手を交わして、部屋を後にする。
「私の魔法でよければお見せする機会があるかと思います。それでは参りましょうか?」
レゾンドがサラティとシルヴィアをエスコートして広間に戻ると待機している部下を引き連れて迷宮へと向かった。
迷宮へやって来たのは、レゾンドが率いるレオパード伯爵領軍から十名、ダグラスが率いるサイベリアム子爵領軍から五名、メイクーン領からサラティとシルヴィアの二名という布陣だ。
「中はいくつかの通路で構成されています。
最初は様子を見て頂く必要があるかと思いますが、探索の際には、いくつかに分かれた方が良いかと思います」
レゾンドはサラティの話を聞くと鷹揚に頷いた。
横でダグラスも頷いている。二人には既に考えがあるようだ。
「今いる十七人を三隊に分ける。
第一隊は私とダグラス、サラティ嬢とシルヴィア嬢にハインツとフォスターが入ってくれ。
第二隊はエドワード、第三隊はシュトームにまとめてもらう。
危険度を確認するために第三戦までは一緒に進むが、その後はマッピングを優先するので、指示はリーダーに従ってもらう」
レゾンドが言うと三隊に分かれて先頭が第一隊になった。
予め隊の編成を決めてあったのだろう。第二隊と第三隊もスムーズに別れていく。
迷宮の中に入ってからも予定調和のようにスムーズに進んでいく。
最初の粘性捕食体をシルヴィアが火炎槍で倒すときにダグラスが火炎槍の大きさに目を剥いたが、総じて粛々と進む。
粘性捕食体を倒した後、第一隊のフォスターが粘性捕食体の体液を掬い取りしばらく調べている。
「見事な火炎槍でした。
中々あれほど立派な火炎槍は見られません。我が領の魔術師に指導をお願いしたいくらいです」
レゾンドがシルヴィアの魔法を褒めている。
シルヴィアが謙遜しつつ丁寧に受けている横で、サラティはフォスターの作業をそれとなく見ている。
フォスターは粘性捕食体の体液を調査し終わるとレゾンドに報告している。鉄の破片か何かで腐食作用を確認していたのだろう。
「厄介な粘性捕食体ですね。
腐食作用が強いです。鉄剣で斬りつけない方が良いようです。
私の魔法が効くかどうかも確認したいので、次は私に任せて下さい」
しばらく進み二体目の粘性捕食体を見つけると、レゾンドが杖を握り前に出て魔法を唱えた。
「……氷柱槍」
レゾンドは小さな声で詠唱し魔法を発動させる。
少しでも詠唱を知りたかったシルヴィアだが、耳を澄ましていても聞き取れなかった。
氷の槍は三メートルもの長さがあり粘性捕食体の核を貫いて倒した。
シルヴィアに合わせて氷柱槍を選んだのか? 元々氷柱槍が得意なのか?
魔術師にとってどんな魔法が使えるのかを隠すのも重要なことだと知ったシルヴィアだった。
今回、サラティとシルヴィアの二人ともがレゾンドに同行したのには理由がある。
昨日、父アレサンド子爵から言われた言葉だ。
……相手を見定める。
これから長い付き合いになるのだし、しっかりと見定めようと思い二人で同行することにしたのだ。
レゾンドはどんな人柄で、どんな魔法が使えるのか?
ダグラスはどのような武器を使い、その腕前はどうか?
サラティの伴侶として相応しいか?
あるいはシルヴィア、スファルルの相手として相応しいか?
父に言われて諾々として従う娘たちではない。
自らの意思で選ぶとなれば積極的に関与して情報を得ようとする二人だった。
そして二人の力を見極めることがハクを助けることに繋がる、と焦る心を抑えて観察している。
三体目は第二隊のメンバーで対処することになった。
第二隊のジャック・ティムマールと言う魔術師が疾風刃を唱えて倒した。
粘性捕食体に対して火炎槍や氷柱槍ほどの威力は無さそうだった。
囲まれると少し辛いかも知れない。
「粘性捕食体を倒せることが確認できたので、これより探索に入る。
第一隊はこのまま中央から二階層への道を確認する。
第二隊は右へ、第三隊へ左からマッピングを進める。
以上、散開」
レゾンドの指示に第二隊と第三隊が左右に別れた。
「今回の先遣隊には魔術師は何名参加されているのですか?」
シルヴィアが他の隊を心配するように尋ねる。
「我がレオパード伯爵領軍からは私と後二人、サイベリアム子爵領軍から一人連れて来ています。
第一隊に私とシルヴィア嬢。
第二隊に二人、第三隊に一人ですね」
「それだけいれば心強いです」
魔術師がいれば、一階層から三階層の後半までは問題ない。ただし、探索には時間がかかる。
三階層の後半で魔泥亜人形が出てくるので、そのときにダグラスの使っている武器と技量を確かめることができるだろう。
今回、サラティとシルヴィアはレゾンドとダグラスに同行するにあたり、一階層を彷徨いていただけで先に進んでいないことにした。
ハクが十階層の先で攻略中なこともありレゾンドたちには攻略を進めて欲しくないし、その方がレゾンドとダグラスの人となりを見ることができると思ったからだ。
そして今のところその目論見は当たっている。
レゾンドは堅実で手堅く探索を進めている。事前にある程度段取りをしていたことが見受けられるし、読みは的確なようだ。
ダグラスはまだ未知数。
若いのもあるがレゾンドの影に隠れている。
出しゃばらないのも大事なことなので、その点は評価できる。
そして運が良いことに、ハクのように急いで探索を進めはしない。
レゾンドとダグラスにとっては、時間をかけるリスクといった観点が無い。
そもそも時間を争うライバルがいないので、時間をかけても問題が無く、寧ろ慌てて先を急ぐとリスクがあると認識している。
だからリスクを回避して一階層ずつ完全に探索する計画のようだ。
ハクは粘性捕食体との戦闘に意味を見出さなかったが、レゾンドは粘性捕食体を倒すことで安全になると考えている。
その違いを知っているのはサラティとシルヴィアだけだった。




