第百十九話
叙勲式を終えて上級学院に戻ると、確かに熱烈なアピールを受けた。
……常にクラスメイトの誰かが話しかけてくる。
男性だったら一緒に飯を食おう、狩りに行かないか、領地に遊びに来ないか?
女性だと、魔法を教えて欲しい、好きな食べ物は何? 領地を案内してもらえませんか?
まぁ僕だけじゃなくてクロムウェルとネグロスも同じように付き纏われているので、そんなものかと受け流すことができた。
お嬢様たちの場合は、クラスメイトたちが順番に手紙? 書面? を渡してた。
話しかけて誘うのは失礼らしい。
……僕たちならいいのか? と疑問に思うところもあるけど何せお嬢様たちなので、別世界の獣人だ。
そういう風に招待するんだ、と納得した。
それが、お昼休みになると更に様子が一変した。
どこから来たのか分からないけど、上級生らしい獣人たちが次々と挨拶に来る。
……数が多過ぎて覚えてないけど、食堂に移動してもひっきりなしに声をかけられた。
「君がハク・メイクーンだね。
私のパーティに加入しないか?
君が入れば学年一位は確定だ」
自分の名前も名乗らずに勧誘してくるから、当然名前を覚えていない。
ただ、『レドリオン公爵の特別招待を受けているのでお断りさせて頂きます』と告げてクラスへ移動した。
同様にしてクロムウェルはスフィナクル公爵と相談して決めさせて頂きますと伝えたらしいし、ネグロスはメイクーンたちと予定がありますと言って断ったそうだ。
担任のジュビアーノが来週、上級学院でも受勲者表彰式をすると言ってたので、しばらくは声をかけられる日々が続くかも知れない。
「なぁ、ネグロス。
来週の表彰式まで学院を休む理由はないかな?」
「あ? あぁ、それいいな。
毎日こんなだと憂鬱になる」
「おいおい、お前たちそんなことしていいのか?」
「うん。ちょっとぐらい大目に見てくれるよ」
「だって、毎日声かけられても疲れるだけだぜ」
「それはそうだが……」
「二、三日碧玉の森に行って、状況確認とかダメかな?」
「いや、必要だろ。だってあの後様子知らないし」
「おいおい本気か?」
「よし、次の魔法訓練でジュビアーノ先生に相談してみる」
昼休み中に決意すると、午後一番でこっそりとジュビアーノに相談した。
曰く、クラスメイトのみんなは授業に身が入らないので授業の邪魔になっている。僕たちは碧玉の森の様子を見に行きたいがなかなか時間が取れない。
数日経てば落ち着くと思うので、一週間ほど学院を休みを取って碧玉の森に行かせて欲しい。
ジュビアーノは仕方なく認めてくれた。
午後の訓練中も訓練を覗きに来た上級生がいたからだ。
今回は十名ほどだけだったけど、注意してもしばらくは続きそうなので止む無しといった感じだ。
碧玉の森で集団暴走を止めてから二週間。
明日から再び森に行って、今の様子を確認することにした。
翌日、前回と同じように上級学院で乗馬を借りて、南進路を南に進みながら、隣のクロムウェルに話しかけた。
「クロムウェルは前回が初めての狩りだったよね?」
「あぁ、そうだ。
初日だったな」
「初めての狩りで落ち着いて対応できたんだから大したものだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいが、力不足をヒシヒシと感じるよ」
「クロムウェルはいいよ。
初めての狩りで功績を上げて、おまけに魔法まで使えるようになって……。
初陣にしては出来過ぎだろ」
改めての狩りで慌てずに対応できたと思うと凄い。
兎を狩るだけでも流れる血や暴れる姿を見るとテンパってしまい、続けて狩りをするのは難しい。
初めての狩りで狂暴犀を相手にし、翌日には集団暴走に遭遇したと考えると、肝が座ってる。
「私は何もしてないけどな。
魔法はハクの真似をしてみただけだし……。
ネグロスも叙勲されたじゃないか?」
「叙勲は嬉しいけど、やっぱり剣で戦うとか魔法を使うとか、なんか派手な結果が欲しいんだよ」
「そればっかりは、なぁ?」
困ったクロムウェルが僕を見て同意を求める。
ネグロスの足があったから上手く集団暴走を止められたんだけど、気分的には何かを倒して叙勲されたい。その気持ちはとても良く分かる。
「頑張って必殺技でも習得するか?」
「必殺技か。いいね。
何か二刀流でカッコいい技を考えてみようかな」
羨ましいといいつつもこれぐらいで前向きに切り替えられるんだから、叙勲で気分がいいんだろうな。
今回は上級学院から逃げ出すのが目的だったので、碧玉の森で何をするか全く計画していない。
必殺技を考えるのもいいかも知れない。
「必殺技以外に何かしたいことはある?」
「俺はディキシューたちに会いたいな。
無事を確認したい」
薬師のディキシューか。
狐の三人姉妹で親の店を手伝って薬師の修行をしてる。そう言えば集団暴走の前日に会った後、バタバタしてて挨拶もしてない。
「クロムウェルは?」
「ついでのときでいいから背嚢を買いたい。
そんなにいいものは要らないが、素材を持ち帰るのに必要だろう」
「それだったら僕が運ぶよ?」
「量が多いときは頼むけど、少ないときは自分で試してみたいんだ。一つずつ自分で経験するのが大事だと思う」
クロムウェルが言葉を選びながら説明してくれると、確かに大事なことだと思った。
「分かった。
ディキシューたちにお店を聞くのもいいね」
目的地を碧玉の村の翡翠工房に決めるとネグロスの必殺技について話しながら馬を走らせた。
お昼過ぎに碧玉の村に着くと、三人で安宿を押さえ、軽く食事してから翡翠工房に向かう。
翡翠工房に近づくにつれ、ネグロスとクロムウェルが何となくウキウキしてるように感じる。
「俺たちが村を救った、って聞いたらどんな顔するかな?」
「一角獣の角だけでも拾っとくんだった。急に見せたらビックリしたはずだもんな」
……お偉いさんに叙勲されるよりも知り合いに喜んでもらえる方が分かりやすい。
自分たちが何をしたのか実感できる。……はず。
しかし翡翠工房に着いても、その扉は閉められたままだった。
「どうかしたのかな?」
ネグロスが覗き込むようにして、扉の向こうの様子を探ってる。
「休みかな?」
コンコンと扉をノックして返事を待つけど反応が無い。
ネグロスとクロムウェルが顔を見合わせて諦めようとしたとき、僕の後ろから声がした。
「あ! ネグロスくんだ」
振り向くとディキシューたち三人姉妹が歩いてくる。
どうやら、少し外出してて不在にしてたようだ。
「ディキシューさん、久しぶりです。
お元気でしたか?」
「もちろん。
皆んな大活躍だったって聞いたけど本当?」
「ビックリ仰天」
……相変わらずレネットが単語喋りで復唱してる。
「本当ですよ。
今日、時間があれば最近の村の様子とか道具屋を教えてもらいたいんですけど、時間ありますか?」
「そうね〜、こらからお店に寄った後なら大丈夫だよ。
ちょっと待っててもらえる?」
「しばらく待機」
「分かりました。
無理言ってすみません」
ディキシューたちが親に外出を告げに行き、僕たちは合流することができた。




