第百十七話
叙勲式は大したものだった。
広いホールを大勢の貴族たちが立ち並ぶ中、ゆっくりと歩いて玉座の前まで行き大層な御託を聞いて勲章をもらう。
視線を一身に浴びて賞金の目録をもらう。
それだけだけど、とにかく綺麗なホールで目が眩んだ。
……自分で何かを話す必要が無かったのは助かった。
臨時の叙勲式だったため遠方に所領を抱える貴族たちは欠席し、大公都に居を構える貴族たちが集まっただけでも、その数ざっと三百人。
それだけ多くの貴族が僕らを品定めするために集まっていた。
みんな個性的な服装で着飾っている。
そんな中で六人の子供が前を歩き、その後ろを体格の良い男がついて行く。
……知らない獣人が見たら何の冗談かと目を疑うような光景だ。
僕が先頭を歩き、一番最初に叙勲を受けた。
僕はそれだけ凄いことをしたようだ。
その後、食事会となった。
通常であれば叙勲者も多く立食形式で親交を深めるところなのだが、今回は子供が主役ということで多数の参加者による立食パーティーは取りやめて、少人数での会食に変更された。
ちなみに少人数とは、叙勲者八名に人数を合わせて大公と大公妃、それから三公爵とその奥様たちになっている。
叙勲式後に食事会について聞かされた大隊長ゾフトレッドとギルドマスターのバスクスは顔を真っ青にして今にも吐きそうな表情になった。
この面子はセラドブランの思惑なのか、それとも大公側の配慮なのか、微妙に訝しみつつ食事会の席についた。
八名対八名で向かい合うように座る。
こちら側は僕、クロムウェル、ネグロス、ゾフトレッド、バスクスと男性が並んでからセラドブラン、ノアスポット、パスリムという順で並んだ。
反対側にはバスティタ大公、レドリオン公爵、スフィナクル公爵、ウィルティガー公爵と続き、そこからは大公妃、レドリオン公爵夫人、スフィナクル公爵夫人、ウィルティガー公爵夫人と並んだ。
ん?
二番手はスフィナクル公爵と思っていたけど、今回はレドリオン公爵が上座になっている。
……これは先ほど、正体がバレたためか?
精神的にキツイ食事会になりそうだ。
「今回の働き、素晴らしいものであった。
改めて叙勲を祝うとともに、せっかくなので食事を楽しんでもらいたい。
せっかくの少人数だから、色々と省かせてもらうぞ。
皆よくやった、おめでとう。乾杯」
バスティタ大公がアッサリと乾杯して、食事が始まる。
食事の最初は僕たちもシャンパンで乾杯をした。
少し喉が焼ける感じがするけど、冷えてて案外美味しい。
僕がシャンパンの味を確かめてると、レドリオン公爵がバスティタ大公に目配せしておもむろに話しかけてきた。
「さてと、ハク。
今回もよくやった。それは褒めてやる。
しかし、何でタイミングよく碧玉の森にいた?」
……これはどっちだ?
本当に怪しんでるのか、カマをかけてきたのか。
「今回も偶然です。
大公都から近い狩場ということで冒険者ギルドで教えてもらいました」
「お前ぐらいの力があれば何だってできるじゃねぇか」
「僕が上級学院に入学するのはずっと前から決まってましたよ。
強くなるために入学して、実際に狩りをするために碧玉の森に行ったら、騒動が起きたんです。
僕も被害者ですよ」
「まぁオレも別にお前を疑ってねぇが、そんなことを疑うヤツもいるからな。
気をつけろよ」
「はい。
僕もレドリオン公爵に会うことになるんだったら碧玉の森に行きませんでしたよ」
そう言って僕が苦笑するとレドリオン公爵は楽しそうにガハハと笑った。
「確かに碧玉の森にお前がいて得をしたのは大公やオレぐらいだな。
面倒事が勝手に解決してくれた」
「本当に禿鷲王がいる森に二百や三百の兵じゃどうしようもないですよ。
勘弁してください」
「お前、禿鷲王を見たのか?」
「はい。森の奥で戦いました。
途中で逃げられたので、いつ襲ってくるか分かりませんよ」
「いや、禿鷲王は碧玉の森から出られないはずだ。
今までも記録に残ってるが、確認されてない。
そうか、禿鷲王は本当にいるのか……」
「禿鷲王の情報買いますか?
今ならまだ覚えてますよ」
「レドリオン公爵、禿鷲王とは何なのだ?」
話しをレドリオン公爵に任せていたバスティタ大公が痺れを切らして割ってきた。
バスティタ大公の方が年下なのかな?
それか、偉ぶらずに知らないことの教えを乞うことができる獣人か。
「禿鷲王とは鳥の王と言われる魔物です。
碧玉の森の奥地に住んでいる精霊だとも言われます」
「精霊なんですか?」
今度は僕が話しの腰を折ってしまった。
「あぁ? お前、見たんじゃないのか?」
「僕が見たのは両翼を広げると十メートルにもなる大きな禿鷲です。鋭い爪と嘴で襲ってきました。
飛びかかろうとすると、翼で突風を起こして押し戻されました」
「十メートルって、爪で掴まれたら終わりじゃねえか」
「えぇ。なので剣ではなく槍で間合いを取って戦いました」
「はぁ? 相変わらず器用なヤツだな。
剣と弓に槍まで使えんのかよ」
「たまたまです……」
「それで、その禿鷲王は今まで見つかってないのか?」
再びバスティタ大公が口を挟む。
「はい。碧玉の森の守り神とも言われてますが、見た獣人はいません」
「碧玉の森の守り神……。
それで、僕たちを襲ってきたのか」
「どういうことだ?」
ちょっとした思いつきだったけど、少し声が大きかったようだ。レドリオン公爵に聞き咎められた。
「禿鷲王は集団暴走とは別の方からやって来ました。
森のもっと奥の方からです。
そして、僕と戦って危なくなると森の奥に逃げて行きました。集団暴走の魔物は逃げません。ただ暴れて壊します。
なので、禿鷲王の行動が不思議だったんです」
「それは禿鷲王と双頭鷲の違いってことか?」
「はい。
双頭鷲は、いえ、禿鷲王だけが森の奥に逃げて行きました。
他の魔物は逃げ帰ったりしませんでした」
「ふむ。双頭鷲を倒し、禿鷲王を追い払うとは、やはり今回の立役者はハク・メイクーンということか……」
バスティタ国王がよく分からん発言をしたけど、スルーした。
「既にそれだけ強いんだ。
オレのところに来たらすぐに隊長クラスになれるけど、どうだ?」
「僕には父の所領があります。
父の跡を継ぐために強くなりたいと思ってます」
「そうか……。
それじゃ一つ教えてくれ。
半年ほど前に兄たちが亡くなったのは何故だ?」
!
メイクーン家について調べられてたのか?
……それぐらいは当然だ。
叙勲する対象を調べるのは国として当たり前だ。
何も慌てる必要はない。
ただし、どこまで話す?
「半年と少し前、メイクーン領で集団暴走が起こりました。
その際に兄たちは亡くなりました」
「集団暴走?」
「はい。なんとか町が襲われる前に集団暴走を止めました。ですので、集団暴走があったことはそれほど広まってないと思います」
「集団暴走の原因は?」
「迷宮です。
町の近くに迷宮が生まれました。
近隣のレオパード伯爵家とクーガー伯爵家から支援を頂いて迷宮に入りましたが、十階層の階層主に負けました」
「それでは?」
「今も迷宮があります」
「お前が迷宮を知りたいって言ったのはそう言うことか……」
「はい。
倒せない迷宮なら上手く活用したいのですが、出てくる魔物と神授工芸品、両方とも少し問題があって扱いに困ってます」
「どういうことだ?」
「出てくる魔物は粘性捕食体と亜人形。
神授工芸品は蒼光銀です」
「なっ……」
「それは、……」
レドリオン公爵もバスティタ大公も言葉を失った。




