第百十五話
碧玉の村での活躍により叙勲されることになった。
八歳だと未成年なので正式な叙勲、つまりは騎士団員への任命ができず、準一級という騎士見習いの勲章をもらうという不思議な叙勲だ。
一般的には騎士団で功績を挙げると勲章をもらい騎士団内の序列が上がる。
騎士団に入ってない場合は、騎士団員と認めることになり騎士団内での序列が決まる。
騎士団にも等級があり一等級の金剛石から十等級まである。
二等級は紅玉で三等級が青玉、以下翠玉、黄玉、柘榴石、蛋白石、橄欖石、藍玉、紫水晶と続く。
今回僕が七等級の蛋白石、クロムウェルとネグロスが八等級の橄欖石の勲章を授与された。
勲章は個人に授与され、世襲できない。
それでも功績を挙げ続ければ、叙爵され貴族になることができる。……らしい。
メイクーン領で暮らすことしか考えてなかったので、丸切り知らなかった。
今では僕は子爵を継ぐので関係ないけど、跡を継げない次男や三男の場合は叙勲されると士官の声がかかったりするらしい。
これも噂レベルの話だ。
バスティタ自治領では、上級学院、中級学院、初級学院があるけど、基本は八歳から十二歳の四年間は学院で学んで卒業する。
場合によっては十歳で入学して五年かけて卒業するなんてこともできるが、基本は四年だ。
そして卒業と同時に働き出す。
上級学院の生徒は騎士団に入ったり冒険者になったりと身体を張った職に就く。
公爵領と侯爵領にある中級学院では才能ある商家の子供や比較的裕福な農家の子供が商いや契約について学ぶ。
伯爵領にある初級学院では一般的な領民向けの言葉、計算、農業について学ぶ。
どこも四年で卒業して、それからは親方について見習いをして学んで生計を立てていく。
……独り立ちするのは二十歳ぐらいと言うところだ。
例外は貴族学院。
貴族学院は皇都エレファンティスにだけある。
上級貴族の子供たちはそこで八歳から十八歳まで十年間学ぶ。
基本的な読み書きから始まり、農業、流通、経済、戦闘指揮まで貴族として統治技術を学ぶ。
こちらは親が亡くなったときに貴族として襲爵するまでは親と共に働くので独り立ちは更に遅くなる。
そんな訳で通常、功績を挙げて叙勲されるのは若くても二十前後。大抵は四十代以上の獣人ばかりなので、上級学院に入学直後、八歳で叙勲というのは破格だ。
しかも叙勲の理由が集団暴走の阻止という武勲なので、声をかけてくる貴族がいるかも知れないから注意しろよ、と言われた。
校長のカロルノアからの有り難い指導だと思うけど、全く実感が湧かないまま叙勲式を迎えることになった。
ちなみに父さんからは『叙勲を喜ばしく思う。しかし上級貴族が権力を笠に着て無理を言うと困るので出席しない』と酷い文面の手紙が届いた。
おまけにサラティ姉さんたちも強制的に不参加にしたらしく、姉さんたちがかなり機嫌が悪いので叙勲後にメイクーン領に顔を出せ、とあった。
叙勲を喜ぶどころか厄介事を背負わされたようなものだ。
僕にとっては厄介事だけど、クロムウェルとネグロスはかなり喜んでいる。
入学早々に箔がついて、賞金までもらえるからニヤニヤし通しの二人と一緒に馬車で王宮に向かう。
「ハクの家は家族が来ないんだな。
何か特別な用事でもあるのか?」
重厚な黒マントを着たクロムウェルが心配そうな顔をして聞いてきた。
「いや、そんなことはないよ。
ただ、面倒なことに巻き込まれないように参加を控えるって言ってた」
「えっ? 俺たち表彰されるんだよな?」
装備をバッチリ揃えたネグロスも意味を理解できずに首を傾げてる。
「あぁ、カロルノア校長が言ってたけど、叙勲者を召抱えようと声をかけてくる貴族もいるらしいから、念のために参加をやめたんだ」
「んと、よく分からないのだが……?」
「僕に声をかけてきて、僕が逃げた場合に父の方に圧力をかけてくる可能性があるみたいだ」
「まさか? 俺たちまだ子供だし嫡子で跡を継ぐのも決まってるんだぜ?」
「それでも我儘を言う貴族が絡んでくると予想してるみたいだよ」
「はは、武勲を立てると大変だな」
クロムウェルは多少心配してくれてるみたいだけど、ネグロスは笑いながら冷やかしてくる。
今回の臨時の論功行賞となる叙勲式は僕たちとセラドブランたち、後は領軍の大隊長と冒険者ギルドのギルドマスターの八人だけが対象だ。
僕が蛋白石勲章で、クロムウェルとネグロス、それに三人のお嬢様たちが橄欖石勲章、大隊長のゾフトレッドとギルドマスターのバスクスが藍玉勲章を授与される。
僕が一番序列が高くなったのはセラドブランがかなり頑張ったんだろう。
事後処理のために休んでた中には叙勲手続きもあったに違いない。
後で礼を言いたいところだけど集団暴走以後、一切学院に来ておらず話しもできない。
「王宮に入るのは初めてだから緊張するなぁ」
三重の城郭を越え王宮の入口に着くとネグロスが言った。
三人で馬車を降りて門を見る。
左右に広がる王宮。
目の前に門があるのに、どうやって入ったらいいのか分からない。
……自分で開けていいのか?
それとも誰かに開けてもらうのか?
悩んでたら横の待機所から兵士がやって来た。
「お名前をお聞かせください。
ご案内致します」
「ハク・メイクーンです。叙勲式に参加するため伺いました」
「クロムウェル・スノウレパードです」
「ネグロス・コーニーです」
三人で挨拶すると、兵士が門を開けてくれた。
「どうぞこちらへ。ご案内致します」
……王宮の中には執事が待機していた。
自分で門を開けて入っても良かったみたいだ。
王宮の中は結構色々と獣人が行き来している。
執事の案内について行くと小部屋に通された。
前室というヤツのようだ。
「到着されましたわね」
部屋の中には三人のお嬢様たちと二人のおじさんがいた。
セラドブラン、ノアスポット、パスリムの三人は目も眩むような豪奢なドレスを着てる。
セラドブランは真っ赤な丈の長いドレス。いつも白い服装ばかりのイメージがあったが、赤もコントラストがついて見栄えがいい。
同じ八歳のはずだけど、本当にお嬢様してる。
ノアスポットが濃い青のドレスでパスリムが薄い黄色のドレス。
こうやって見ると叙勲されるのは、一世一代の凄いことなんだと実感する。
端にいる二人のオヤジは黒地に銀糸の入った礼装なので面白みがない代わりに落ち着きと品性を感じる。
クロムウェルとネグロスもかなり凝った正装なので、僕だけ少し幼く見えてしまう。
「メイクーン様、あのマントはされないのですか?」
「あの白のマント?」
「はい。あの銀糸のマントこそ相応しいと思います」
セラドブランが上機嫌で寄って来たのと、この場の雰囲気に圧されたのもあるだろう。
派手なので人前で着るのは避けたい銀糸のマントを腰鞄から出して羽織ると、少しは様になった。
……これは目立つけど、この場合は仕方ないか。
諦めて椅子に座って休もうとしたら、再び扉が開いて新しい獣人が入って来た。
一人目は黒い顔に金の胸毛という特徴的な配色。
スラリと均整の取れた、しかし常人離れした大きな身体にやたらと多い金色のアクセサリーに金色のマント。
いかにも偉そうな獣人の男。
二人目は金色の鬣を後ろで纏め上げ、怜悧な瞳の筋肉質の男。濃紺のマントに金糸の縁取りがされている。
三人目は、……赤獅子公爵。
四人目は、黒一色の男。
あぁ、この獣人たちが大公と三公爵だ。




