第百十三話
そう言えば、いいものがあった。
銀色の二股槍。
ネグロスとクロムウェルに剣を作ったときにノリで作った槍だ。
禿鷲王も空から落とせば劇弱になるはずだから、翼に傷をつければいい。
自作の槍だから惜しくないし、返しも付いているので案外いけるんじゃないだろうか。
両手に持った蒼光銀の長剣を仕舞い、二股槍に持ち変える。
両手で持つ槍は長い。
四メートルの槍なので、今度はこちらの間合いの方が長くなり、禿鷲王の爪を軽くあしらい翼に槍を伸ばす。
禿鷲王が身を捻り斜めに滑空してかわすけど、逃がさない。
禿鷲王を追って背後から二股槍で突くと槍が掠って黒い羽根が何枚か散った。
浅い!
禿鷲王が一気に上昇して間合いから逃げ出する。
オレが追うと反転して上から鋭い爪でストンピングしてきやがる。
上から蹴り続けられると下にいるオレの方が辛い。
思い切って一気に地面にまで降りて距離を取って上を見上げると、追い討ちをかけようと嘴を突き出す禿鷲王がすぐ目の前にいる。
くそっ、速い。
自分で後ろに飛んで、更に距離を取る。
禿鷲王は大きく羽ばたいて、風でオレを押し退けながら次の攻撃に向けて高度を取った。
押されるな!
「射出機!」
下方からの攻撃は力が乗らなくて、威力が落ちるが仕方がない。
まずは上を取る禿鷲王を落とす。
射出機の加速を活かして二股槍を突き上げると禿鷲王が回避した。
そのまま白銀のマントを使い、上に上がり禿鷲王の上を取った。
上から槍を突いて禿鷲王を地面に向かい押し込んでいく。
この戦いは空中戦。
上を取った方が有利に戦える。
更にリーチが長い方が主導権を握れる。
常に禿鷲王より上に位置取るように動き、二股槍でヤツを下に突き落とす。
上を取って戦う分には禿鷲王の大きさはこちらに有利に働き、ただの大きな的に成り下がる。
禿鷲王には飛び道具が無くても、力と重さがある。
位置取りで逆転されて上から抑えられると抜け出せなくなる可能性があるので、地道な戦いだが少しずつヤツの翼を削り取っていく。
大きな的を逃さないように、身体の小さなオレが常に上から槍で突き続ける。
黒い羽根が何枚も舞い禿鷲王が気味の悪い声を上げ威嚇してくる。
でもそれは優位に立てない禿鷲王の足掻きだ。
気圧されずにこちらも気合いで押し返す。
二股槍が翼を突いて、黒い羽根と一緒に禿鷲王の血が飛び散るようになると、ヤツの動きが少しおかしくなった。
延々と突かれ続ける戦闘。
挽回できない戦局。
次第に失われる力。
敗北、そして死を意識したか?
オレに向かって来るよりも逃げようとして回避を続けるようになった。
くっ。
逃さずに仕留めるには、力があり過ぎる。
逃さないようにすると、オレの攻撃に無理が出て隙が生まれる。
攻撃が決まれば逃さずに禿鷲王を削れるが、禿鷲王は隙を狙ってる。
……先ほどまでよりも厳しい。
逃げようとする禿鷲王を逃さずに倒すには力が足りない。
……ダメだ。
オレが槍を止めると禿鷲王は一気に逃げ出してしまった。
瞬く間に森の奥へと飛んで行く。
……倒せなかった。
こっちに被害が無いから問題はないのだが、倒しきれなかったのは悔しい。
はぁ、まだまだだな。
背後ではまだ森を燃やす火魔法が放たれている。
お嬢様に挨拶に行くか。
お嬢様たちと魔物たちの戦いはお嬢様たちが圧倒的に優位に立っている。
彼女たちはオレの作った鉄柵の向こうから火魔法を連発してるし、鉄柵は土壁で強化されている。
何の問題も無さそうだ。
どうするかな。
ちょっと悩んだが、まずは挨拶に行くことにする。
火魔法で炙られたりしたらヤだし。
「お〜い。無事か〜?」
離れた距離から声をかけて徐々に近づいて行く。
お嬢様の性格からして、いきなり接近すると反射的に焼かれてしまう可能性がある。
問題は上空を飛んでいて、ちゃんと認識してもらえるか?
かと言って、焼け野原を魔物に混ざって近づいて行くなんて無謀なことはしたくない。
「お〜い」
僕の声に気づいたクロムウェルが手をブンブン振り回してる。
合わせてセラドブランたちも手を振り回し始めた。
ひょっとして禿鷲王との戦いを見られていたか?
一気にスピードを上げてクロムウェルの横に着地すると、声をかける。
「やあ、皆んな無事?」
「ハク! やっぱりお前か!」
「メイクーン様!」
クロムウェルが目を丸くするのは想定内だけど、セラドブランまでが目をキラキラさせてる。
「ハク、お前、どうやってあんな化け物と戦ってたんだ?」
「メイクーン様、先ほどの状況はどうなってますの?」
二人が僕を吊し上げるような勢いで詰め寄ってくる。
「待った。
とりあえず、ここの様子は?」
二人を手で止めると逆に質問して二人を黙らせる。
そうしないと延々と質問責めに合いそうな勢いだ。
「あ、あぁ。ここはセラドブラン様が止めてて大分落ち着いたよ」
「私がこの防衛陣を通す訳がありません」
クロムウェルが言うとセラドブランが胸を張っている。
パスリムも腕を組んでドヤ顔だし、かなり頑張ったようだ。
ノアスポットだけはちょっと恥ずかしそうにしてる。
まぁ、皆んながドヤ顔してると恥ずかしい気持ちも分かる気がする。
「村の方は?」
「それならネグロスが領軍の隊長と一緒に戻ったから大丈夫だと思う」
「ここで第二波を止めてますから大丈夫ですわ」
「第二波?」
セラドブランの言葉に変な単語が混ざってたので、反応してしまった。
「集団暴走の第二波です。
二刻ほど前に地響きが起きてから、昨日のように魔物が溢れて来ました」
二刻前って、僕が迷宮核を壊した後の地響きか?
迷宮が震えた結果、魔物たちも再集団暴走した?
まぁ、ここは止めているからいいか。
村の方は大丈夫か?
「ありがとう。お疲れ様。流石だね。
僕はちょっと村の様子を見て来るから、もうしばらくここを任せても大丈夫かな?」
「はぁ? 村を見てくるって、どうやってだよ?
向こうはネグロスが行ってるから任せた方が良くないか?」
「邪魔しないように、ちょっと見て来るだけだから……」
そう言うと、ジャンプして銀糸のマントで宙に浮かんで見せる。
「おまっ、こらっ」
「待ってくださいっ!」
「すぐ戻るから」
そう言うと空を蹴って、村に向かって加速した。
碧玉の村の方にも魔物たちが出たようだ。
目立ちたくないので離れた位置から眺めてると、領軍と冒険者たちが連携して香梅猪を倒してるのが見える。
ネグロスがどこにいるのかまでは分からないけど、きっと上手くいったんだろう。
ネグロスなら二刻前に森の奥を出発したら一刻と少しで村に着くだろうし、その連絡があって領軍と冒険者が戦ってるんだろう。
安心すると、次はまたお嬢様たちか。
お嬢様たちのところに戻るのはいいけど、なんて話すかな?
第二波ってことになってるみたいだし、辻褄の合うストーリーを考えないと面倒なことになりそうだ。
……ちょっと時間潰してから向こうに戻ろう。
そうだ、今のうちにもう一度迷宮がどうなったか見てからお嬢様たちのところに戻ることにしよう。
問題を先延ばしにするために、少しだけ寄り道することにした。




