第百十一話
森がざわつき、地面が振動する。
第二波?
集団暴走で溢れた魔物たちを倒したと思ったところに新しい波だ。
鳥たちの羽ばたきが聞こえたけど、姿は見えない。
微かに地面が震えるように振動している。
どうする?
「このまま待機。
メイクーン様の作った鉄柵を利用して魔物を倒す。
これまでに見たことのないような大型の魔物が出た場合は、即座に撤退する。
各自、警戒を怠るな!」
セラドブランが前方を睨みつけたまま言い放った。
地面の振動が異常を伝えているけど、目に見える変化は無い。
でも、何かが近づいている。
緊張感で胃が締め付けられ、思わず吐きそうになる。
それでも、それを飲み込んで鉄柵の向こうを凝視する。
自然と呼吸が止まり、身体中が強張る。
必死で息をしないと、身体が勝手に呼吸を止めてしまう。
圧迫感にすり潰されそうだ。
「来るぞ」
ネグロスが小さな声で呟くと、小さな兎たちが樹々の間から焼け野原に出てきた。
その姿を見てゾフトレッドたちが息を吐く。
私と同じように緊張で息を止めていたのだろう、明らかにホッとした気配を感じる。
でも、これからだ。
最初に森を抜けて来たのは二十匹ぐらいの兎だったが、そう思った瞬間に次々と兎や鼠、栗鼠が一面に現れる。
その数はもう数えられない量だ。
「ちょ、一体何なんだ!」
ゾフトレッドたちが恐怖で立ち竦んでいる。
「火炎陣」
「突土槍」
セラドブランが火魔法を、パスリムが土魔法を唱える。
でも、これは様子見だ。
動物たちの反応を見るために撃ったジャブ。
小動物たちはセラドブランの作った火柱を見ても、反転しない。そのままこちらに進んで来る。
……森の奥には戻らない。
「ここで、倒します。
少しでも多く倒し、時間を稼ぎます。
ゾフトレッドさんは村に戻り、再度防衛線の構築を!」
「嘘だ……。
こんなことが……」
セラドブランがゾフトレッドに指示するけど、彼は混乱して現状を受け入れていない。
「ネグロス、ゾフトレッドさんたちを連れて村へ!
ゾフトレッドさんたちを置いて行ってもいい。
私が三人と残る」
私は昨日と同じ役割分担を決めた。
ハクがたくさんの足止め用の陣を作っていても、それを回り込んで行く魔物が現れる。
村の手前で完全に止めるためには伝令がいる。
「くっ、昨日と同じことの繰り返しか。
クロムウェルも無理するなよ。
ゾフトレッドさん、行くぞ」
ネグロスがゾフトレッドの腕を引っ張って走り出すと、斥候のペンドルとミシガンも慌てて走り出した。
「さぁ、私たちも昨日と同じ役割をこなしましょう」
セラドブランは余裕綽々だ。
昨日よりも奥地で、昨日よりも強い魔物が出そうなのに楽しそうに見える。
「ふっ、昨日と同じように私は何もしなくていいかな?」
「勿論だ。柵があり、私がいる。
魔物は一匹も通さない」
ふざけたような私の言葉に対しても、それに合わせてくれる。
その上で、彼女は本気で全て止めるつもりのようだ。
それならば、私もできる限りのことをしよう。
セラドブランの前はノアスポットがいる。私はパスリムが魔法に集中できるように彼女の前に出て、護衛の真似事をする。
こちらの準備が整うと同時に森の方が騒がしくなった。
杏子兎や香梅猪が木の影から走り出して来る。
その後から藍背熊も腕を振り回してこちらに向かって来る。
とうとう始まった。
目の前の小さな焼け野原に魔物たちが怒涛の如く押し寄せる。
第一陣の小動物たちが鉄柵の辿り着いて、その隙間を駆け抜けて行くけどそれは放置する。
第二陣以降が本番だ。
「火炎爆噴!」
ぐわっ!
セラドブランの使った魔法がエグい。
焼け野原の中央に赤黒い魔法陣が浮かんだと思ったら、直径二十メートルほどのドーム状の真っ赤な炎の塊が現れて、直後に弾けるようにして吹き飛んだ。
爆風がこっちにまで吹き荒れる。
炎のドームがあった場所は隕石でも落ちたようなクレーターができて、魔物たちが一匹残らず吹き飛んでいる。
「しばらくしたら、また行きます。
パスリムさんは鉄柵の補強と私たちに対する守りをしてください」
「はい。重層堅土」
セラドブラン自身も新しい魔法の威力に驚いたようで、パスリムに守りを固めるように指示した。
それを即座にパスリムが魔法で実現し、私たちを守る複数層の土壁が出来上がる。
その土壁は本当に巨大な土壁だ。
縦横五メートル、厚さ三メートルの大きな壁。
壁に隠れたまま攻撃することはできないだろうが、壁から出て魔法を放ち、すぐに壁に隠れられる。
「火炎地獄!」
セラドブランが先ほど地面を抉った場所から離れたところに火柱を上げると、焼け野原が広がり魔物たちが黒焦げになる。
セラドブランなりの考えがあって魔法を使い分けてるみたいだ。
パスリムは先ほどの土壁で魔力をかなり消耗したらしく、土壁に寄りかかって休憩してる。
これまでに見たことが無い真剣な顔で休んでいる。
耐久戦を覚悟して少しでも魔力を回復させたいのだろう。
ノアスポットは壁から顔を出しては魔物の動きをチェックしてる。新たな魔物が現れればすぐに教えてくれるはずだ。
私は、何ができる?
剣は、無理だ。
この距離で使える剣技なんて知らない。
魔法……。
私の属性は水。
ジュビアーノのように水を飛ばすことができれば……。
いや、そんな難しいことがいきなりできる訳が無い。
せめて、パスリムが喉を潤す水が出せれば。
今、出せれば、役に立てる。
誰が止める訳でも無い。
私が今、壁を破るんだ。
コップ一杯の水でいい。
パスリムの喉を潤し、疲れを癒す水を。
その一口で魔力回復の助けになれば。
あ!
……あぁ、できた。
「パ、パスリム。
この水を飲んで、少しでも休んでくれ」
宙に浮かんだ水球を維持しながら、座っているパスリムに声をかける。
「はは。
スノウレパード様も魔法を使えるんだ」
パスリムが微笑んで水球に手を伸ばす。
私は水球を壊さないようにゆっくりとパスリムに近づく。
「これ、飲んでも大丈夫?」
「多分大丈夫だ。
変な味がしたら吐き出せばいい」
「ふふっ。ちょっと不安になる表現だね。
でも、有り難く頂きます」
パスリムは掌で器を作るようにして、水球に手をつけて口に含んだ。
ごくりと一息飲んで驚いたような顔をした。
「不味かったか?」
「いや、とても美味しい。
そして、……魔力が戻った」
ん?
「セラドブラン様、セラドブラン様もこの水を。
恐らく魔水薬のような効果があります」
んん?
頭が混乱するけど、そのことを考えてはダメだ。
水球が弾けてしまう。
パスリムの言葉の意味を考えないようにして水球を維持することに集中すると、パスリムの言葉を聞いたセラドブランが寄って来る。
セラドブランが飲むとなると妙に緊張するが、それよりも水球が弾けないように意識を保つ。
コクリ。
セラドブランも宙に浮いた水球に掌を寄せて、口をつけた。
「あぁ、素晴らしいです。
スノウレパード様にこのような才能が……」
???
初めて作った水をここまで評価してもらうと、二人の魔法の凄さを知っているのでこちらの方が恥ずかしくなる。
「スノウレパード様、ありがとうございます。
かなり魔力が回復しました。
これでまだまだ戦えます」
「私たちのためにありがとうございます」
セラドブランとパスリムの表情が明るい。
良かった。
たった一口分の水だけど、二人の力になれて良かった。




