第百十話
セラドブランが罠にかかった魔物を焼きながら碧玉の森を奥に進む。
……ハクが設置した鉄柵は十個を越えている。
アイツ、どんだけ入念に罠仕掛けてんだよ。
「クロムウェル、一角獣が何頭ぐらいいたか覚えてるか?」
「いや、覚えて無い。
毎回、一頭ぐらいいる気がするけどどうかしたか?」
「あ、あぁ、さっき一角獣が藍背熊を突き上げた気がするんだけど、見間違いかな?」
「は?
いや、そこまで注意して見てなかった。
本当に?」
「あ! やった」
「あぁ、私も見た」
一角獣が額にある角で藍背熊の肩を刺すと、藍背熊をそのまま宙に突き上げた。
綺麗な馬が自分の体の倍はありそうな熊を突き飛ばしたのだ。
思わず自分の目を疑い、ネグロスに確認する。
「一角獣ってあんなにヤバい魔物だったのか?」
「……らしいな。
ここに来るまでにセラドブランは何頭も丸焦げにしてたし、知らなかった」
「知ってたら教えて欲しいんだが、セラドブランの魔法ってどれぐらいのモノなんだ?」
「う〜ん。残念だけど分からない。
普通はあんなにガンガン魔法を撃てないってのは分かる。
でも、何発も撃つっていうのと威力は別物だと思うし、その上で、あの威力の魔法を何発も撃ってるのを見たことがない。
結局、比較しようが無い」
「そうか……」
「あの唖然としてる大隊長に聞いてみるか?」
そう言うとネグロスは少し離れたところから見ている大隊長のゾフトレッドの元へ歩いていく。
慌ててついていくと、ゾフトレッドがこちらに気づいた。
「ゾフトレッドさん、すみません。
俺たち一角獣の強さにびっくりしたんですけど、あんなに強いってご存知でした?」
「あぁ、一角獣って言えば領軍が五十人がかりで山狩りするような魔物だからな」
「えっ? 五十人?」
「そうだ。脚も速いし、力も強い。
五、六人で倒せるような魔物じゃない」
「それじゃあ、一角獣を倒してるサーバリュー様はとてつもなく強いってことですか?」
「まぁ、鉄柵があることを割引いてもBランク以上の強さだろう。
そもそも並の攻撃じゃ一角獣にダメージが入らないしな」
「へぇ、そうなんですね。
Bランクってことは銀か」
ゾフトレッドの見立てではセラドブランはBランク。
冒険者ギルドの登録試験でハクがDランク、ネグロスがFランク。
ハクはBランクかそれ以上の力があるだろうが、ネグロスのFと比較するとセラドブランのBランクは異常と言ってもいい。
「あ、あの、シャルトリ様やペルシア様はどうですか?」
急に不安になって、ノアスポットやパスリムについても聞いてみた。
「う〜ん。それほど動きを見た訳ではないから判断できないが、今はまだ見習いだな。
一人で森に入らせるのはダメだ」
「そうですか。
結構開きがありますね」
「そりゃそうだ。
サーバリュー様のような魔術師は例外だ。大人でもあれほどの魔法を使える者は少ない。
軍や冒険者でも一握りの強者だよ」
ゾフトレッドは呆れたように言い放った。
セラドブランはそれほどのレベルにいる。
その後ろ姿を見ながら、離されないように歩き出した。
更に奥に進むと、今度は左右に長く伸びる鉄柵に到着した。
鉄柵の向こうには壕があり、高低差も含めて簡単には越えられないようになっている。
「これは……」
「流石ですわ。
これほど大きな防御柵を展開されているとは」
ゾフトレッドが唖然とする横でセラドブランが延々と続く鉄柵を褒め称えている。
今回の鉄柵はあちこちに点在していた孤形の柵とは違い、継ぎ足しながら作ったようだ。
途中に少しだけ切れ目がある。
しかし柵と言うには大き過ぎるし、重厚過ぎる。
そして、その柵に足止めされた魔物たち。
碧玉の村を襲った魔物の数よりも多い。
しかも、中には藍背熊や銀角犀といった大型の魔物がたくさんいる。
「火炎地獄!」
「突土槍群」
出た!
壕になって一段低い位置にいる魔物たちの足元に赤と黄色の魔法陣が広がると、魔法陣から巨大な火柱が上がった。
続けて土が波打って、地面から何本もの土槍が突き出てくる。
セラドブランとパスリムの魔法だ。
二人は立て続けに巨大な魔法を連発する。
もはや、どんな魔物が何匹いたか分からない。
全てが焼かれ、引き裂かれている。
セラドブランが魔物と森をドンドンと焼き、焦土を作り上げる。
更にパスリムの魔法により焼かれながら土槍に貫かれるか、貫かれてから火に焼かれる魔物たちが次々と絶命していく。
信じられない光景だ。
こんなにもたくさんの魔物を一方的に殲滅している。
あれほどいた魔物を倒し尽くしてから、パスリムが腰掛けて休憩を始めた。
「パスリムさん、大丈夫ですか?」
まだ余裕がありそうなセラドブランがパスリムに歩み寄る。
「大丈夫です。少し休めば回復します」
魔法を連発して休憩してるパスリムだけど、限界という訳ではないようだ。
平然とした顔をして、のんびりと休んでいる。
「また私たちの仕事は無かったな」
ついつい自嘲めいた口調になってしまったことに後から気付くと、ネグロスが軽く受けてくれる。
「それでも、いるといないでは全然違うからな。
俺たちは俺たちにできることがあるさ」
彼女たちの強さを見ると焦りや不安に苛まれるが、今が全てでは無い。
これからを考えてできることをする。
口には出さずにネグロスと視線を交わした。
「スノウレパード様、最初にメイクーン様と別れたのはこの辺りですか?」
パスリムの様子を確認したセラドブランが周囲を見回しながら聞いてきた。
「そうです。丁度、左手のところだったと思います」
長い鉄柵の左の方を示すと、セラドブランもそちらを見た。
鉄柵からこちらには森が広がり、向こう側は焼け野原になっている。
「メイクーン様はここから更に奥に進まれたとおもいますか?」
セラドブランが優雅に小首を傾げる。
「はい。
ここよりもっと奥の方から動物たちが駆けてきました。
ハクはそれを確認するために、奥に向かったはずです」
「確かに、ここの柵にこれだけの魔物がかかったということは、奥から溢れてきた証拠ですね。
ならば、更に奥に行かれたはず……」
セラドブランは森の奥を見やると、手前のゾフトレッドを振り返った。
「ゾフトレッドさん、今の位置はどの辺りになりますか?」
「はい。こちらの地図をご覧ください」
ゾフトレッドが二人の斥候に地図を広げさせると、地面に広げた地図を指し示して説明を始める。
横から覗き込むと、ここまで進んできてもまだ森の辺縁部のようだ。
どこまで行けばいいのか皆目検討もつかない。
ザザザッ!
そのとき、辺りの鳥が一斉に飛び立った。
あのときみたいだ。
昨日の始まり。
集団暴走の始まりもこんなだった。
「警戒を!」
「みんな集まって!」
ネグロスと私が慌てて大声を上げる。
恐慌に陥りかけたゾフトレッドたちが立ち直って身を寄せる。
セラドブランは森の奥を睨み、ノアスポットとパスリムがその前に出る。
今度は何だ?




