第十一話
迷宮の十階層。
長女サラティと次女シルヴィア、衛士隊のパックス、ロッジ、アデスの五人は階層主がいる闘技場の前で座り込み、三男ハクを待っていた。
ハクが扉の向こうに行き、石の扉が閉まり始めたときは本気で暴れそうなサラティとシルヴィアだったが、パックスから予めハクが決めていたことだと聞かされると大人しくなった。
「まだかしら?」
「まだ開かないわ……」
実はハクが中に入ってからしばらくして、サラティが入口の扉を押して開くかどうか確認していた。
そのときからずっと、何回押しても入口の扉は開かない。
「本当におかしいわ。いつまで経っても開かないなんて」
「そうだけど、開かないと言うことはハクが中でまだ戦っている証明でもあるわ」
入口で待ってるサラティとシルヴィアの話しはそこからずっと平行線だ。
ハクが中に入ってから扉は開かない。
ハクに何かあれば扉も開くはず。
ハクに何かあった後もいつまでも扉が開かない訳がない。
扉が開かないと言うことは、今もハクが戦っている。
希望的観測なのだが、他に合理的な説明が難しいのも確かだった。
誰かが中に入ったら一定時間、扉が開かなくなる、という可能性もあるのだけど。
それこそ、何でそんな仕組みにするのか、そんな理屈よりは誰かが挑戦してる内は開かない、という方が納得できるものだ。
「サラティ様、そろそろ当初の計画から一刻を過ぎ、更に延長した一刻も過ぎた頃かと存じます。
再度、街に戻ることのご検討をお願いします」
パックスの声にサラティがムッとする。シルヴィアも眉間に皺を寄せるが、ハクから指示を受けている衛士隊としては早期に撤退を判断してもらわないと、何が起きるか分からない。
ここは迷宮の奥深く。
ハク、サラティ、シルヴィアの力で到達することができたが、衛士隊の三人では到達することができない階層なのだ。
ここから領主の娘を連れて帰る義務がある衛士隊としては余裕がある状態ではない。
「分かりました。
では、ハクの手紙に従い撤退します。
先頭は私。ロッジとアデスがシルヴィアを護衛して続きなさい。殿はパックスです。
私たちは必ずまたここに来ます。それを忘れないように」
予めサラティとシルヴィアに宛てたハクからの手紙には時間が来たら撤退すること、街の状況を確認したら姉妹三人で手分けして援軍の受け入れ、街の住民への案内、迷宮攻略隊の編成をして欲しい旨が書いてあった。
撤退に続く次の指示があるから、サラティとシルヴィアは決断した。
一度決断したサラティとシルヴィアの行動は早い。
レイピアと火魔法で次々と魔物を倒して先に進む。
衛士隊の三人が付いて行くのも大変なスピードだった。
「「お父様、戻りました」」
サラティとシルヴィアが街に戻ったのは夕闇が降りて月が現れて頃だった。
「入れ」
父アレサンド・メイクーン子爵の声が響く。
父アレサンド子爵の寝室に入ると、寝室内に母ミーシャと三女スファルルの姿があった。
アレサンド子爵は執務姿だった。
領主が人前に立つときの簡易礼装だ。体調が戻った訳ではなく、アレサンド子爵が対応しなければならない客があったということだ。
「サラティ、シルヴィア、ご苦労だった」
アレサンド子爵とミーシャ、スファルルはハクが一緒にいないのことを不安に思ったが、言葉にすることはなかった。
サラティとシルヴィアの決然とした表情が状況を伝えている。
「それでは話しを聞こうか。
スファルル、飲み物を用意してくれないか」
アレサンド子爵がサラティとシルヴィアに着席を促しつつ、一息つくように言った。
「それでは、本日の探索について報告させて頂きます」
サラティの報告は簡潔で、迷宮で手に入れた各種の蒼光銀武器もありスムーズに話しが進む。
そして話しが十階層に到着したところまで進むと、急に報告が止まった。
「ハクは私たちを置いて、一人で戦いに行きました。
今も戦っています。
二刻弱の間、閉ざされた扉の前で帰って来るのを待っていましたが、まだ扉は閉ざされたままです。
明日には支援部隊を編成し、再度迷宮に潜りたいと思います」
サラティが断言してら、シルヴィアも大きく頷いた。
しかしアレサンド子爵は困った顔をして間を開けた。
「今日、西部の要たるレオパード伯爵家、および隣のサイベリアム子爵家から先遣隊が到着した。
合わせて十五名と少人数だが、騎士と魔術師を中心とした精鋭部隊だ」
「お父様が想定されていた先遣隊ですね」
「そうだ。
しかし、想定よりも厳しい。
レオパード伯爵家からは次男のレゾンド・レオパードが、サイベリアム子爵家からは長男のダグラス・サイベリアムが出征して来た」
「それは、どういうことでしょうか?」
「どちらも迷宮を破壊して終わりではなく、その後の利権目当てと言うことだ。
単純に集団暴走に対して状況確認と安全確保ならば、それこそ領軍から精鋭部隊を送り込めば良い。
ただ、それを伯爵家、子爵家の者が先頭に立って行うとなると、リスクを上回るリターンを求めていると言うことだ」
「具体的には何を求められるのでしょうか?」
サラティが疑問を口にした。シルヴィアもイマイチ、理解できていない。
「少し順を追って話そうか。
まず、サイベリアム子爵家の長男が来たことだが……。
これは我がメイクーン領が安全であり、迷宮が見つかったことを知っている、ということだ。
そもそも隣の領とは言え魔物が暴れているところに長男を送り出す貴族は少ない。
仮に集団暴走が収まっているとしても、得る物がなければ長男が来ることはない。
なので、集団暴走が一段楽していて、今、力を貸しておけば今後回収できる見込みがある、と判断された訳だ。
その際、言葉だけでも、口約束だけでもいい。
下っ端ではなく、少しでも蔑ろにできない者がお互いに認識することが大事な訳だ。
まぁ、今回サイベリアム子爵家に多大な負担をかけてまでメイクーン家が助けてもらった場合、メイクーン家はサイベリアム子爵家に頭が上がらないようになる」
ここでアレサンド子爵は言葉を切り、サラティとシルヴィアの理解度を確認した。
サラティとシルヴィアは理解できたという意味でしっかりと頷いた。
「ついでに言うなら、サイベリアム子爵家としてはメイクーン家の後継者の確認、顔繋ぎを狙っているし、嫁候補としてお前たちの器量も見れる。
それをしようとしてる訳だ」
「サイベリアム子爵家はレオパード伯爵家の重鎮としても評価されていませんでしたか?」
「そう言われてるな。
レオパード伯爵家は西部の要だ。領内には南に港もある。
サイベリアム子爵家は立地的にはメイクーン家とレオパード家の間にあり、レオパード伯爵家との結びつきも強いと聞く」
「レオパード伯爵家からも来られたんですよね?」
「そうだ。
レオパード伯爵家からは次男のレゾンド・レオパードが来た。レゾンドは優れた水魔法の魔術師でもあり戦力としても大きい。
彼の場合、重鎮のサイベリアム子爵家の支援という面が大きそうに見える。
しかし、それも状況確認後に判断するためだな。
メイクーン子爵家とサイベリアム子爵家を支援するように見せて、利権が大きければレオパード伯爵家で実質支配するつもりだろうし、利権が小さければサイベリアム子爵家に任せて間接的に支援をすれば良い」
「お父様、私たちはどうすれば?」
「できれば迷宮を自力で抑えつつ、復興のために両家の力を借りれば良い。
力が足りなければ両家に頼れば良い」
「しかし……」
「元々領地の運営は単独でできるものではない。
相手がこちらを見定めに来たのであれば、当家も相手を見定めれば良いのだ。
その上で手を結ぶかどうか判断すれば良い。
どちらにしろ我がメイクーン子爵家は蛇に睨まれた蛙なのだから」




