第百九話
集団暴走から一夜明けて、碧玉の村は少し安心を取り戻しつつある。
領軍の兵士や冒険者たちはまだバタバタとしているけど、村の獣人たちは何とか危機を越えたとアナウンスされて、それを受け入れている。
村の外を見ても土塁や柵の向こうに魔物の姿がないので、確かに危機感を抱きようが無い。
唯一、顔を強張らせてるのは領軍の大隊長ゾフトレッドとギルドマスターのバスクス。
二人は村の外の平原に設営した領軍の指揮所で頭を抱えている。
「さぁ、メイクーン様を追って森の奥の状況を調査しますよ」
セラドブランがやる気満々で準備を進めている。
左右にはいつも通りノアスポットとパスリムが控えている。
「本当に森に入られるのですか?」
「森の奥はまだ危険な可能性があります。
サーバリュー様にはこの陣にて待機して頂きたいのですが……」
今日は領主のアーノルド・ユーラシアリングスは領館で業務を行なっているため、この場にはいない。
代わりに領軍と冒険者ギルドの責任者がいるのだけど、二人ではセラドブランを止められないようだ。
まぁ、領主よりも偉い獣人を止められる訳が無い。
「領軍から足の速い兵士を三名出してください。
魔物は私たちが始末するので、地図の記録をしてもらえると助かります」
「はい。しかし、本当に行くのですか?」
「勿論です。
まだ集団暴走は解決していません。
森の奥を確認しないと私は帰れません」
「しかし……」
「私やメイクーン様がいないときにAランクの魔物が現れたら、村が滅びます。
今回の集団暴走でどの程度の魔物が暴れているかを確認しないと、危険です」
「そうですか……。
分かりました。私と斥候部隊からペンドルとミシガンを連れて行きます。
防衛線はギルドマスターのバスクスに任せましょう」
セラドブランの危機感に大隊長のゾフトレッドが動いた。
ゾフトレッド自身がセラドブランに同行するとは思わなかったけど、自ら護衛を兼務するつもりなのだろう。
「ありがとうございます。
準備ができ次第、出発します」
セラドブランが言うと、ゾフトレッドは斥候の二人を呼びに席を外した。
小さな領軍なので大隊長と言っても、かなりフットワークが軽い。
「ネグロスは準備できたのか?」
「あぁ、もうできている。
クロムウェルは?」
「私も大丈夫だ。
まさかこのメンバーで森の奥へハクを探しに行くことになるとは思わなかったな」
「ふふっ。確かに。
俺たちだけだったら、村で待機してる。
危険だし、すれ違う不安もある」
「そう考えるとサーバリューの行動力は凄いな」
「あぁ、俺たちもしっかり護衛ぐらいはしないとマズいな」
一夜明けることで、冷静になって状況を見直した。
改めて考えると森の奥はかなり危険だ。
集団暴走は一段落したけど、魔物がいなくなった訳ではない。
普通の獣や弱い魔物たちは、強い魔物が溢れたので村の方へ逃げて来たのだ。
森の奥には強い魔物がまだ残っている。
それを確認しに行くのだ。
恐らく戦闘になるだろうし、ハクは更に奥で戦っている。
ハクがまだ戻って来てないと言うことは、まだ魔物がいるってことだ。
私は大隊長のゾフトレッドが戻るまで、落ち着かない気持ちを抑えようとハクの作ったブロードソードを磨いた。
大隊長のゾフトレッドが戻って来ると、三名のお嬢様たち、領軍から大隊長と二人の斥候、そしてネグロスと私の八名で碧玉の森に入った。
昨日、セラドブランが何発もの火魔法を撃ち、パスリムが作り上げた防衛陣までは何事もなく進んだ。
「この焼け跡は一体何があったのですか?」
仰天したゾフトレッドがセラドブランに確認してる。
横では斥候の二人が森の地図に焼け具合と、土塁を書き込んでいる。
「北門である程度防衛をした後、私たちはメイクーン様とここまで防衛線を押し上げたのです。
メイクーン様はスノウレパード様とコーニー様を先行して村へ戻すと、殿で魔物を倒しながら時間を稼がれました。
その後、北門で戦っていた私たちと合流してここまで防衛線を押し上げました。
鷲獅子を倒されたのもこの辺りです」
「えっ? こんな浅いところに鷲獅子が現れたのですか?」
「はい。そうです。
メイクーン様が鷲獅子を倒した後、メイクーン様は再度、森の奥に入られました。
私たち五名はここで防衛線を維持してました」
「ここでサーバリュー様が防衛線を強化されたおかげで魔物が村に近づかなかったのですね……」
ゾフトレッドが神妙な顔をして焼け野原を見渡している。
あちこちには焼け焦げた魔物がまだ残っているのでかなり生々しい。
「ひょっとしてあそこに見えるのは一角獣では?」
「一角獣かも知れません。
何分大量の魔物がいたので、一体一体を確認できていません」
ゾフトレッドの質問に軽く答えながら更に奥を目指して進む。
ゾフトレッドは彼が見ていた戦場との違いに目を丸くしている。
ゾフトレッドに連れてこられたペンドルとミシガンは顔を青くして、かなり慎重に歩いている。
焼け野原から森に入ると、明らかに雰囲気が変わった。
ここはまだ魔物がいる。
「まだかなりの魔物が残っているようです。
離れずに警戒を」
セラドブランが皆んなを統率する。
ノアスポットが先頭に出て、パスリムがセラドブランの後ろについた。
その後ろで私とネグロスが領軍の三人をフォローする。
しばらく歩くとハクの作った鉄柵が見えてきた。
「あの鉄柵で魔物を止めているようです。焼きますので、このまま待機してください」
セラドブランが更に前に進み、鉄柵の向こうで暴れてる魔物を確認する。
香梅猪、藍背熊、一角獣たちの姿が見える。
「……火炎陣」
鉄柵の向こうに魔法陣が広がると、例の火柱が上がった。
何度見ても凄い。
「あっ!」
ゾフトレッドも火柱の大きさに声を漏らす。
火柱が収まるのを待ってセラドブランが鉄柵に近づくと、鉄柵の様子を確認してる。
「メイクーン様が作った鉄柵のようですね。
魔物では越えられないようですし、火魔法でも崩れないみたいです」
ハクの鉄柵は鉄柱の間隔が絶妙で魔物は越えられないけど、私たちはうまくすり抜けることができる。
回り込むこともできるが、セラドブランはどちらにするんだろう?
「メイクーン様はこの鉄柵が直線的に並ばないようにして多数設置したようですね。
私たちは迂回しながら、順番に魔物を倒して進みましょう」
セラドブランにはハクの考え方が読めるようだ。
迂回しながら的確に次の鉄柵を見つけていく。
新しい鉄柵を見つけては火魔法で焼いて魔物を殲滅して進む。
それでいて鉄柵の中には入らないので、全く危険性が無い。
ハクのヤツもセラドブランの魔法を考慮して鉄柵を設置したかのような効率的な防衛陣だ。
一人で殿を引き受けて、鉄柵を設置しながら魔物を倒しながら村に戻るって言うのはこういうことなのかと、今になってやっと分かる。
「ゾフトレッドさん、メイクーン様の功績が分かりますか?
一人で殿を引き受けて、これだけの防衛陣を設置されたのですよ」
セラドブランも力説してる。
……ゾフトレッドの方は鉄柵に封じられている魔物の種類と量に驚いていてそれどころじゃないかも知れないけど。




