第百八話
碧玉の森、石積み遺跡の迷宮、三十一階層。迷宮主の間。
本を持った子供の天使が低い声で問いかけてきた。
「訪問者よ、何の用だ?」
何の用?
迷宮が溢れるのを止めるために来たけど、改めて聞かれると答えに困る。
「……」
答える言葉がなく、無言で答えた。
「我が名は冥王天使。
この迷宮を止めたければ、我を止めてみよ」
いつの間にか冥王天使の右手には本ではなく大鎌を持っている。
その大鎌を振り上げて、一気に振り下ろす。
危険なものを感じて距離を取ると、冥王天使が話しかけて来る。
「お前は一体何をしに来たのだ?
心構えもできていないなら、さっさと帰れ」
はぁ?
「上から目線が気に食わねぇな」
右手の長剣を突き出して飛び込むと、冥王天使は高く舞って距離を取った。
「ほう、それなりに戦えるようだが、我に通じるかな?
」
再び大鎌を振り下ろしてきたので左の剣で受け、右手で冥王天使の胴を薙ぎ払った。
……しかし、白い衣がフワリとめくれて長剣は空振ってしまう。
「変な体しやがって」
「空振りで良かったな」
「ふっ、負け惜しみを!」
「本当のことだよ」
大鎌を片方の長剣で受け流しては斬りつけるのだが冥王天使の実態を捉えられない。
大鎌しか振り回してないのに、なかなか懐に入れない。
……空中での体捌きが読めない。
速いし、重力に逆らった動きをするので追い込めない。
地面に立って戦うのは不利か……。
冥王天使の大鎌を受けながら、白銀のマントに魔力を流しオレの動きをサポートするように動かす。
冥王天使にできるんだから、オレにもできるはずだ。
自分の踏み込みに合わせて、マントで自分を押すイメージ。
マントで自分の身体を動かすように瞬間的に魔力を流す。
「空を飛べるのが自分だけだと思うなよ」
「下等生物に我と同じことはできぬよ」
「舐めるな」
「舐めているのではない。事実だ」
大鎌とやり合いながら、冥王天使が上空に逃げるタイミングでオレもヤツを追って飛んだ。
できた。
オレの間合いから逃げ延びたつもりの冥王天使の腕を斬り落とし、右腕と大鎌が地に落ちる。
「事実認識が間違っていたようだな」
「くっ、たかが冒険者のくせに」
「武器が無くなったようだが?」
ゾワッ!
急に悪寒を感じたら、マントが自動で距離を取った。
よく見ると斬り落として真っ赤になった冥王天使の腕先が盛り上がり、何かが生えようとしている。
何だ?
「うがぁぁぁぁっ!」
冥王天使が苦悶の表情で唸ると切り口から新しい頭が生えた。
は? 頭?
「お前は禁忌を破った。死を以て償え」
ん? どういうことだ?
突然、腕先に生えた頭がオレに噛み付いてくる。
腕を伸ばし、首を伸ばすようにして歯を剥き出しにして襲ってくる。
元からある頭は高笑いをしてるし気持ち悪い。
ぐっ!
身を捻り、マントの力で空中を移動すると冥王天使の頭がオレを追って来る。
蒼光銀の長剣でその腕を斬り落とすと、頭は力を失い地に落ちる。
何だ? 気持ち悪い。
しかし、更に新しい切り口に新しい頭が生えてくる。
おまけに同じようにして関係ない左手の掌に目と口ができている。
「我の目と口からいつまで逃げられるかな?」
冥王天使が高笑いしながら両手の先の頭をオレに向ける。
血みどろの右手の顔が伸びてくる。
同時に左手が引きつった顔で口を開きオレの首を目がけて来る。
首を落とすのでは無く口を裂くように斬りつけ、頭を立て続けに割る。
すると、今度は脚先や翼にも新しい顔が生まれてる。
「無限かよ」
「我には無限の軍勢がある。
一時の敗北などすぐに取り返してくれる」
宙を舞う首はどんどんと増えて十を超えた。
切りが無い。
あ〜、最初からこうすれば良かったんだ。
魔物を退治しに来たんだ。
全て倒せば済む話しじゃないか。
両手に蒼光銀の長剣を握り直すと、マントの力で空を飛び、冥王天使の首を落として行く。
右手を落とし、左手を落とす。
幾つもの首を生やした翼を次々と斬りつける。
自在に飛び回る冥王天使を空中戦で追い込む。
慣れてくると白銀のマントは恐ろしい旋回性能を持っている。
地面を蹴るような反転はできないけど、蛇行ぐらいは余裕だ。
空を飛んで追いかけ回し、翼を斬り続けると冥王天使の顔、体が血で真っ赤に染まっている。
「くっ、貴様などにやられん」
「いや、決めた。お前を倒す」
「我は何度でも蘇る」
「心配するな。迷宮核も潰す」
あちこち斬りつけて、徐々に冥王天使の体が小さくなっていくが、ヤツの動きは止まらない。
いつまで鬼ごっこを続けるか考えていると、急に冥王天使は動きを止めて、こちらを睨みつけた。
「一矢だけでも傷つけなければ、死んでも死にきれん。
我が呪いを受けよ!」
突然の大咆哮。
今残っている五つの首が一斉にオレに向かって来る。
テェッ!
オレも突撃し一気に五つの首と、その体を粉々に斬り裂いた。
冥王天使の血が霧のように辺りに広がり、何本もの羽根が散らかる。
冥王天使を倒した。
ゆっくりと広間の床に降りると、中央の祭壇に向かう。
祭壇の中央にある迷宮核は冥王天使の血を浴びてべったりとしてる。
大きな迷宮核だが、冥界の塔の魔晶石ほどでは無い。
できたての迷宮と言っていいかどうか分からないが、若いのは間違いないだろう。
恐らく、今回の集団暴走はこの迷宮が生まれたことで引き起こされた。
そして、この迷宮核がある限り冥王天使が復活するはず。
……で、どうやってこの迷宮核を破壊するか?
簡単に壊せるものじゃ無かったはずだ。
迷宮主の銀の蜥蜴、ラケルが何か言ってた。
……でも、覚えて無い。
覚えて無いものは仕方ない。
一気に斬りつけるぐらいしか方法が思いつかない。
二刀のうち一本の蒼光銀を仕舞い、両手で一本の蒼光銀を構える。
小手先の技ではどうにもならないので、ちゃんと正眼に構えて、切っ先を迷宮核に向ける。
魔力を練って蒼光銀の長剣に注ぎ込む。
ふぅ〜、息を吐いて、せいっ!
パンッ!
迷宮核が割れた。
ぐっ!
割れた迷宮核から黒い靄のような何かが広がる。
ぐはあっ!
地面が揺れる。
身体中が焼ける。
迷宮が崩れる。
ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ。
身体よ、動け。
逃げ出さなければ……。




