第百五話
碧玉の村の奥に領主館がある。
碧玉の村は碧玉の森の管理が目的なので、権限は小さい。
それでも管理者がいなければ無法を裁くこともできないので、旧国王家の傍流からユーラシアリングス伯爵家がこの地を任されている。
その領主館の中に入って行く。
ジョギマフは既におかしくなって、両手両足がギギギギと音を立てそうな歩き方になっているし、私とネグロスも前後左右をゾロゾロと領軍の兵士に囲まれて歩いてる。
お嬢様たちだけが平然と歩いてる。
領主館の前に着くと既に領主館の前に二人の老執事が立っていた。
「お待ちしておりました。
どうぞ、中へお進み下さい」
片方の老執事が扉を開けて中へ案内する。
もう一人は後尾に回り私たちの後をついてくる。
兵士たちはここで留まり、私たちだけが中について行く。
館の中を歩きどこまで進むんだ? と不思議に思うと、横にある大きな扉の前で立ち止まる。
「こちらでございます」
老執事が恭しく扉を開けて中に案内する。
そして、セラドブランを長いテーブルの上座に案内した。
どう言うことだ?
一番上座にセラドブランが座るなんて意味が分からない。
そして奥の並びには案内して来た老執事、ノアスポット、パスリム、私、ネグロス、ジョギマフの順に席に着く。
テーブルの入口側には二人の獣人が席に着いた。
もう一人の老執事は後ろに立って控えている。
テーブルに座った老執事が立ち上がると礼をした
「この度は碧玉の村の防衛を行い、大儀であった。
私から礼を言う。
名前を知らない者もいるので、改めて挨拶をさせてもらおうか。
私が領主、アーノルド・ユーラシアリングスだ」
えっ?
内心もの凄く混乱したけど、優しい瞳で眺められると混乱を隠し微笑んで誤魔化した。
老執事ではなくて、領主のユーラシアリングス家の当主が二番目の上座に座っている。
老執事じゃなくて領主だったことも驚きだけど、それでも一番の上座じゃなくてセラドブランの方が偉いらしい。
「大隊長とギルドマスターには改めて今回の危機にお越し頂いたサーバリュー家の御息女を紹介させてもらおうか。
この方がサーバリュー侯爵家の御息女のセラドブラン・サーバリュー様だ」
アーノルドが紹介するとセラドブランが会釈をしてから立ち上がる。
向かいの大隊長とギルドマスターは座ったままだけど、深く礼をしてる。
「セラドブラン・サーバリューです。
サーバリュー侯爵家として今回の危機についてこれまでの経緯と今後の対策について説明をさせて頂きます」
凛とした声で言い切ると丁寧に説明を始める。
領軍の大隊長とギルドマスターは既にセラドブランのことを知っていたかのように静かだ。
私とネグロス、それに巻き込まれたジョギマフだけが展開の速さについていけない。
それでもセラドブランはあらましを話し続ける。
大部分は私がセラドブランに伝えたままなので、その辺りは戸惑わずについていける。
ネグロスも頷いているので、同じようなものだろう。
「ギルドマスターは昨日狂暴犀を倒したハク・メイクーン様をご存知ですか?
そちらにいるクロムウェル・スノウレパード様とネグロス・コーニー様と一緒のパーティで行動されています」
向かいのテーブルで左に座っている焦げ茶の虎模様の猫人が答える。
「昨日報告を受けました。
そちらにいるコーニー君が集団暴走の情報を伝えてくれた際、すぐに受け入れたのも昨日の事実があったからです」
「それはお互いに運が良かったですね。
まずコーニー様の情報が無ければ、またその時点で防衛線を築く判断をして無ければ、ギルドも領軍も間に合わなかった可能性があります。
次にクロムウェル様が私たち三人に情報を伝えていなければ北門の防衛が間に合わなかったでしょう。
最後にメイクーン様が鷲獅子などを倒していなければ、ギルドも領軍も蹴散らされていたでしょう。
更にメイクーン様がそれを予見して幾つかの防衛壁を構築していなければ魔物を分断することができず、防衛線は一気に破られていたでしょう」
セラドブランは何故か私たちの功績として大隊長とギルドマスターに説明している。
セラドブランが魔物を倒したのに比べると何もしていないので居心地が悪い。
「そうですね。
コーニー君の情報は確かに貴重でした。
しかし、ギルドと領軍の功績が小さいように言われる根拠としては弱いでしょう」
頑張ったけど功績が無いように言われ、気を悪くしたギルドマスターが盾ついた。
「領軍としても十分な働きをしたと思いますが……」
大隊長も異議を唱えると、セラドブランが立ち上がった。
「それではこれをご覧頂きましょう。
その上で三名の功績を判断頂きます」
セラドブランは大きな会議室の入口の方へ向かうと魔法鞄から鷲獅子の死体を出した。
「「「なっ?!」」
狼狽える大隊長とギルドマスター、そして領主のアーノルド。
セラドブランは四分割された死体を丁寧に並べて出した。
「Sランク魔物の鷲獅子です。
メイクーン様が碧玉の森で倒されました。
今、碧玉の村で鷲獅子を倒すことのできる者はいますか?」
大隊長とギルドマスターが俯く。
Sランク魔物ってどう言うことだ?
「ギルドマスターはご存知だと思いますが、メイクーン様たちが昨日倒した狂暴犀がBランク魔物。
それでも碧玉の村の冒険者には難しくありませんか?」
「確かに、難しいでしょう」
「それより二ランクも上の鷲獅子が村の防衛中に現れたら、持ち堪えることができましたか?」
「いえ、恐らく戦線が崩れ大被害が出たでしょう。
しかし、本当に鷲獅子がこの森に出たのですか?」
「私が嘘をついていると?
私も北門の防衛後、メイクーン様のサポートのため森の奥に進みました。
その際に一角獣などを倒しています。
明日、森の奥へ行き検証すれば分かるでしょう」
「しかし、村の防衛ではこれほどの魔物は出ませんでした……」
「ええ。ですから、それがメイクーン様の功績だと申し上げています。
村の戦力で防衛できるように魔物を分断されたのです。
更に今も森の奥で戦っておられます」
ビクリとして大隊長とギルドマスターが背筋を正す。
「アーノルド、鷲獅子は大公都に運ぶことになると思います。
準備を頼みます。
明日、引き続き碧玉の森の奥地へ魔物討伐に入ります。
大隊長、領軍から三名程度、検分のための兵士を同行させてください」
「はい。分かりました」
大隊長が頭を垂れると、セラドブランが静かに続ける。
「皆さんは運が良かったです。
メイクーン様たち三人がおいでにならなければ今頃この村はどうなっていたか。
まだ事態は終息していません。引き続き警戒をお願いします」
セラドブランの一言で会議が終わった。




