第百四話
セラドブランの生み出した炎柱に辺りが照らされて明るくなると、あちこちにある炎に焼かれた魔物の残骸が目に入る。
どれほどの数の炎を見ただろう?
セラドブランは百発を超す火魔法を撃っている。
セラドブランが作り上げた戦場は徐々に大きくなって今では直径二百メートルの焼け野原になっている。
空は陰り始めて、陽が沈もうとしてる。
昼過ぎから夕方まで、セラドブランは火魔法を撃ち続けて魔物を焼いている。
何匹の魔物を焼いたか分からない。
一撃で何匹もの魔物を焼いてるので、ひょっとしたら千を超えているかも知れない。
三人のお嬢様たちの隣でぼ〜っとして森を見ていると声をかけられた。
「サーバリューの魔力って無限なのか?」
「流石にそれは無いだろう?」
「それにしても、ずっと魔法撃ってるぞ」
「ペルシア様が休んでるから、いつかは休むんじゃないか?」
傍らを見ると、パスリム・ペルシアが座って水を飲み休んでいる。
ノアスポット・シャルトリはセラドブラン・サーバリューの横に立って警戒を怠らない。
「ハクの強さもよく分からなかったけど、サーバリューもどんだけ強いんだ?」
「一角獣を倒せるぐらいだよ。
さっきも焼かれてただろ?」
「いや、その一角獣がどれくらいの強さか分からないから聞いてるんだろ」
「私も見たままを言ってるだけで、比較しようが無いな」
「なぁ、俺たち何やってるんだ?」
「護衛というか付添いだな」
「ず〜っと魔法を見てるだけなんだが?」
「何かあったときに、ひょっとしたら力になるかも知れないだろ?」
「それはそうなんだけど……。
今も必死に戦ってる冒険者がどこかにいると思うとな」
「かと言って置いて行けないだろ?」
「あぁ、それも分かってる。
ただ、何かできることが無いかと思ってるだけだよ」
ネグロスと愚痴じみた会話をしてると、遠くから何かの声が聞こえた。
振り返って碧玉の村の方を見ると、茶色い毛皮を着た冒険者がこちらに向かって歩いて来る。
「お〜い。無事か〜?」
無事って言うか、心配されるよりむしろセラドブランがいるから村の方に魔物が行かないんだと思うが……。
「こちらは大丈夫だ!
村の方は大丈夫か?」
「はぁはぁ、村の方は大分落ち着いたから様子を見に来たんだ。はぁはぁ。
……というか、凄えな……」
「森から現れる魔物はここで彼女が止めてます。
あと、脚を止めれるように防御壁を築いたのは向こうで休んでる彼女です」
「ははは、こんな凄えって、お前たちどこから来たんだ?」
「大公都からです」
「そうか。
村を守ってくれて助かった。
彼女たちにも挨拶して、これからのことを相談したいんだが、いいか?」
「あ、そうですね。
はい。どうぞ。案内します」
魔物が途切れたときにセラドブランに話しかけると、彼女は一瞬戸惑ったようだけど、率先して協力を申し出た。
少しだけ、碧玉の村に戻ることを嫌がったけど、そこはノアスポットとパスリムが押し切って一度、村に戻ることにする。
陽が沈むとこの辺りも真っ暗になるため、昼間のような大量の魔物が現れると危険になるからだ。
村の防衛だけなら、夜間は村の近くで火を焚いた方が安全なので仕方ない。
「それにしても、こんな森の奥で大変だっただろ?」
ジョギマフと名乗った冒険者がセラドブランを心配して言うと、セラドブランは髪を整えながら振り返った。
「これくらいは当然です。
むしろ、鷲獅子を倒し、幾つもの防御陣を築いたメイクーンの後を受け持っただけですので、彼に感謝しなさい」
「えっ? って言うと?」
「ハク・メイクーンと言う者がいます。
彼が集団暴走を見抜き、村の防衛と森の中で魔物を分断することを考えました。
いくら冒険者と領軍がいても一度に複数の方向から千を超す魔物に襲われていたら防衛は難しいでしょう」
「あ、いや、……それでわざわざこんな奥で魔物を食い止めてたってことか?」
「そうです。
ついでですわ。
鷲獅子を持って帰ってギルドマスターと領軍の指揮官に説明します。
ジョギマフと言いましたわね。案内しなさい」
「えっ、ギルドマスターと領軍の指揮官?
あ、会えるかなぁ?」
「大丈夫です。
あなたが案内してくれれば、後はノアスポットが説明します」
そう言うと、少し離れたところに放置してあった鷲獅子の死体に近づいて行く。
「おぅっ?!
何だ? この魔物?」
くっついて行ったジョギマフが変な声を出してる。
「これは鷲獅子です。
説明に使いますので持って帰ります。
スノウレパードさん、宜しいですわね?」
「あぁ、問題ない。
ハクも構わないって言うよ」
「では、一度保管しますわね」
セラドブランが肩からかけている魔法鞄を前に突き出すと、鷲獅子の死体が吸い込まれるようにして消えた。
……あんなデカい魔物まで入るのか。ちょっとびっくりしてると、ジョギマフが急に青くなって、後ろにいる私の方にコソッと聞いてくる。
「……あのお嬢様は高ランクの冒険者ですか?」
「いや、どうだろう。
私もランクまでは知らないので分からないが……」
「そうですか。
分かりました。私が案内させて頂きますので宜しくお願いします」
ジョギマフが深く礼をしてお嬢様たちに向き直った。
セラドブランはバラバラになった鷲獅子の死体を全て魔法鞄に仕舞うと私たち全員に向かって言う。
「一度村に戻り経緯を説明をします。
明日には再度、メイクーンさんを支援するために森に入るつもりですので、心づもりをお願いします。
それでは参りましょう。
ジョギマフさん、お願いします」
「はいっ!
村のギルドに案内させて頂きます!」
おぉ〜。
セラドブランが言い切るとかっこいいし、ジョギマフも何だかやる気だ。
ノアスポットもパスリムも直立不動だし。
でも、隣にいるネグロスは厄介事の予感で額を押さえている。
……だよな。うん。
これは面倒なことになりそうだ。
ジョギマフはそれなりに腕のいい冒険者のようで、森の中を適度な速さで走って碧玉の村に向かう。
「ネグロスはギルドマスターとか領軍の指揮官って知ってるか?」
「ん? あぁ、村に戻ったときに会った。
物分かりの良さそうな獣人だったよ。
俺が集団暴走だって言って相手にしてくれたんだから、大丈夫だろ」
「それなら少しは安心かな。
セラドブランも度胸あるよな。まさかギルドマスターに説明しようとするとは思わなかった」
「そうだな。
俺だったらあのままこっそりと宿に戻ってる」
「ハクを追いかけようにもどこまで行ってるか分かんないしな……」
「ハクなら大丈夫だろ。
無理せずにほどほどで帰ってくるさ」
「あぁ、でも明日の学院は欠席だな」
「あ、そうか。
まぁ、一日、二日ぐらいいいんじゃない」
「仕方ないんだけど、無断でっていうのが嫌だよな」
「クロムウェルらしいな。
俺は後から正当化できればそれで充分だよ。
ま、勝手に休んでって言われても困らないし、どっちでもいいけど」
「そうだな。
確かに心配をかけたくないが、今回は仕方ないし私が困る訳ではないな」
「お嬢様みたいにクロムウェルもたまには率先してトラブルに首突っ込んでもいいんじゃないか?」
クシシとネグロスが笑う。
あぁそうだ。セラドブランは率先してトラブルに首を突っ込むどころか、自分で仕切ろうとしてる。
ああ言うのもアリだな。
「そのうち、トラブル慣れしてきたら試してみるよ」
「ははは、そうだな。
俺は遠慮しとくけど、いいと思うぜ」
ジョギマフを先導にして綺麗に整列して走るお嬢様たちの後を二人で話しながらついていくと、拓けた平原が見えた。
平原の向こうに篝火が焚かれて、領軍や冒険者たちが集まっている。
「あの先です」
ジョギマフも先の方を指差しながら少し安堵したような声を出す。
「分かりました。
一団の前に着いたらノアスポットが変わりますので、もう少しお願いします」
「はいっ!」
何か慣れないものを感じたジョギマフの声が上ずっている。
ジョギマフは土嚢を積み上げた防衛線の前から歩き始めて、土嚢の切れ目から私たちを率いて中に奥に進んで行く。
周りの兵士や冒険者の視線が痛いほど突き刺さる。
「ジョギマフさん、ありがとうございます。
ノアスポット、お願いします」
土嚢を超えると、セラドブランが立ち止まった。
ジョギマフがその後ろに下がり、替わりにノアスポットが前に出る。
「碧玉の村の皆さん。
私たちは大公都から来た援軍のセラドブラン・サーバリューとその護衛です。
領軍へ案内をお願いします。
冒険者の皆さんには後ほどギルドにて説明させて頂きます。引き続き警戒をお願いします」
周りが呆気に取られる中、ノアスポットを先頭にしてセラドブランが続いて歩いて行く。
……いや、私もこれに着いて行くのか?




