第百三話
「待ちなさい! メイクーン!」
セラドブランの声が響き渡ったけど、ハクはそんなのお構いなしで森に飛んで行った。
……文字通り『飛んで』行ってしまった。
何が起きたのか分からないほどあっという間の出来事だ。
「ノアスポット、パスリム、メイクーンさんを追いますわよ」
ハクを追いかけてセラドブランが走り出す。
当然、ノアスポットとパスリムがその後を追う。
私はネグロスと顔を見合わせて逡巡した。
三人だけで行かせるのは良くない。
だが、私一人が付いて行ったところで三人をフォローできないだろう。
「ネグロス、一緒にフォローを頼む。
三人だけでは危険だ。私だけでは到底無理だ」
「いや、あの三人なら大丈夫じゃない?」
ネグロスも勘がいい、既に逃げ腰だ。
だけど彼がいないとダメだ。私だけでは止められない。
「いや、放っておくとマズイ。
何をするか分からない」
「いや、お嬢様たちだからそんな危ないことしないって」
「それが、……強力な魔法を連発するから人を近づけないようにしないと危ないんだ」
「……あ〜、やっぱり?
でも、俺たちがいても無理じゃね?」
「それでも誰かがいないとマズイだろう。
彼女たちは今日、初めてこの森に来たんだから……」
「え〜っ? 初日に集団暴走?
運悪すぎでしょ」
「それを言ったら、私もまだ二日目なんだが……」
「悪い……。
まぁ、怪我でもされたら夢見が悪いし、様子見るぐらいはするか」
「頼む。
そうと決まれば、後を追うぞ」
セラドブランたちはハクを追って森に向かって走っている。
今はまだ彼女たちが焼いた森の中を走ってるので見つけられるけど、そろそろ出発しないと見失ってしまい追いかけようにも追いかけられなくなる。
「はぁ〜。彼女たち無駄に速いし……。
ハクを追ってどこまで行くつもりだ?」
「そりゃ、ハクを捕まえるまでだろう」
「ハクも一体どこに行ったんだ?」
「様子を見に戻って来たんだろう。
問題ないと分かったから強い魔物を倒しに森の奥に戻ったんじゃないか?」
「そういやハクが一角獣とか天馬、鷲獅子とか言ってたな。
本当にそんな魔物が出たのか?」
「知らないな。
私もハクの言葉を聞いただけだ。
どんな魔物か知ってるのか?」
「鷲獅子は伝説の魔物だから聞いたことぐらいはあるけど、見たことあるヤツなんていないだろ。
ハクのヤツ、本当に見たのかな?」
「どんな魔物なんだ?」
「空飛ぶ獅子だよ。弱い訳が無い。
ちょっとでも見たら絶対に逃げろよ。
まともに戦って勝てるヤツなんていないから」
「はは、まさか。
そんな恐ろしい魔物が出るってことはないだろう?」
「いや、本気だ。
空を飛ぶ大きな魔物からは逃げろよ。
本当に逃げられなくなるぞ」
「ハクは本当にそんな魔物を見たのかな?」
「分からん。
見たとしたら、もう少し詳しく聞きたかったな。
大きさぐらい知らないと判断できないし……」
「なぁ、どうにかしてお嬢様たちを止められないかな?」
「止めれるもんなら止めてるよ。
クロムウェルもそう思って俺を呼び止めたんだろ?」
「そうなんだけど、そこまで危険だと思ってなかったからなぁ」
「まずは三人に追いついてからだ。
あんまり奥まで行かずに諦めてくれるといいが……」
……しばらくして不安は現実になった。
「嘘だろ……」
「これは、一体何なんだ?」
私とネグロスの前には動かない三人のお嬢様たち。
目を見開いたままだ。
「サーバリュー様。
シャルトリ様とペルシア様も無事ですか?」
驚かさないようにゆっくりと近づいて声をかける。
「「ヒェッ」」
ノアスポット・シャルトリとパスリム・ペルシアが悲鳴を上げてこちらを振り返る。
セラドブラン・サーバリューだけは声を出さずに睨むようにしてこっちを見る。
「これは、何ですか?」
目の前にある大きな死体を指差して三人に聞いた。
私たち五人の前には巨大な死体がある。
大きな翼、大きな嘴、太い後ろ脚。
「これが鷲獅子?」
ネグロスが死体に近づいて翼を突つきながら聞いてきた。
どんな風に戦ったらこんな大きな魔物を斬り倒すことができるのか?
私の頭よりも大きな嘴が斬られている。
翼などは私の身体よりも大きいし、前脚の鋭い爪はその辺の樹々をザックリと切り倒しそうだ。
「これが鷲獅子?」
私も思わず聞き返していた。
「鷲獅子なんだろうな」
ネグロスが僕の質問を受けてくれた。
それで三人のお嬢様もやっと状況を受け入れることができたようだ。
「これが鷲獅子……。
一体誰が倒した?」
「そりゃ、ハクだろうな」
セラドブランの質問に対してまたもネグロスが答える。
「……メイクーンがこれを?」
「俺が碧玉の村の防衛線を見てた限りでは、こんなことのできるヤツは冒険者にも領軍にもいなかった。
誰かが別口で森に入ってた可能性はあるけど、ハクなんじゃないかな。
ハクは鷲獅子が出るかもって言ってたし、多分コイツを俺たちよりも先に見てただろう。
これを放置して村に戻ることは無いと思う」
「……それでメイクーンはどこへ行った?」
「もっと奥だろう。
ハクは鷲獅子を見て危険だと思ったからコイツを倒した上で村に戻った。
村の状況を確認したから、更に奥にいるだろう凶悪な魔物を倒しに行った」
「くっ。
私も行くぞ」
「ダメです。お嬢様。
流石に私とパスリムだけでは守りきれません」
ネグロスの推論に対してセラドブランがハクを追おうとしたけれど、それをノアスポットが止めた。
「セラドブラン様。鷲獅子はダメです。
魔法では倒せません」
パスリムも少し方向性が違うけどセラドブランを止める。
「しかし、私たちが続かなければメイクーンが孤立してしまう」
えっ?
セラドブランはハクをライバル視してると思ってたけど違ったみたいだ。
むしろ、ハクを心配してたのか?
「彼なら引くべき判断もできるはずです」
ノアスポットがセラドブランを押し留めようとして言葉を返す。
「あぁ、ハクは無理しないはずだ。
ハクは必ず逃げる自信があるから、もしものときはハクのことを心配せずに逃げろと言ってた」
ネグロスもノアスポットの意見を補強してセラドブランの足を止めようとする。
確かにここでセラドブランに止まってもらわないと、どこまで暴走するか分からないな。
「この先にはハクの作った防衛陣が幾つかあるはずです。
彼は防衛陣を作って魔物の脚を止めながら強い魔物を間引いて集団暴走を潰してます。
私たちはここに陣を作って後続を断ちながら、ハクを待ちましょう」
セラドブランはそれでもハクを追いたそうだったけど、大きなため息を吐くと肩を落とした。
「分かりました。
私たちでここに防衛線を築きましょう。
私が森を焼きますので、パスリムは土壁の設置を。
他の皆さんは私たちのカバーをお願いします」
ふぅ〜。
何とか止まってくれた。
後は、二匹目の鷲獅子が出ないことを祈るしか無い。
マジであんな化け物が出たら敵うはずが無い。
「火炎地獄!」
「突土槍群」
ゴウッ!
ズガガガガン!
セラドブランとパスリムの魔法の詠唱が終わると目の前一面が炎の海に変わり、その炎を囲むようにして土槍がいくつも突き出てくる。
……何度見ても凄まじい。
炎の中で焼かれる魔物の影が見えるが、正体までは分からない。
こちらに辿り着くことは無いと思うけど、いざと言うときに備えて剣を構えた。




