第百二話
碧玉の森、石積み遺跡の迷宮、九階層。
八階層で鉄蜂の巣を始末して神授工芸品を手に入れたので気分がいい。
迷宮に魔物の巣があることには驚いたけど問題なく倒すことができた。
振り返ってみるとまだ十階層にも届いてないのでそんなに強い魔物が出るはずもないし、むしろラッキーだったと思う。
そして階段を下り九階層に入ってしばらくしたら今度は水玉蟻の巣に遭遇した。
地面に長大な穴を掘って作った巣じゃない。地面に山を作るタイプの大きな蟻塚だ。
四本の柱に囲まれるようにして蟻塚があったので、最初は特別大きな柱かと思ったら、あちこちに開いてる穴から水玉蟻が湧き出て来た。
八階層の鉄蜂の巣よりも大きい。
それでも地面にあるので、覚悟を決めれば取り掛かるのは簡単だった。
……ただ斬りまくればいい。
溢れ出てくる水玉蟻を斬りつけ、巨大な蟻塚を蒼光銀の長剣で削り崩す。
最初から斬ることに決まっているので、弓や鞭は出さない。
一応、鉄蜂のときは弓でダメなら鞭で巣を引きちぎってみようと思ってた。ただ、その前に弓で攻撃したら落ちてきたので使う機会が無かった。
今回、水玉蟻の巣を攻めるのにわざわざ鞭を使う気は無い。
とにかく斬り続けてたらその内終わるだろう。
巣から出てくる水玉蟻を斬って、巣を崩すとまた新しい水玉蟻が出て来る。
それを十回ほど繰り返すと、巣が粗かた崩れてきた。
巣の奥には鉄蜂のときと同じように水玉蟻の女王蟻がいた。
通常の水玉蟻の三倍ぐらいで大きなお尻をしてる。
暴れられると厄介なので、巣が崩れて動きが少ないうちに切り刻んで倒した。
それから残った水玉蟻を殲滅すると黒革の籠手が出てきた。
緑革のマントに黒革の籠手。
防具がよく出る迷宮?
由来が気になるけど、いきなり慣れないブーツに履き替える気にならなかったのでそのまま腰鞄に入れた。
先に進んで見つけた下り階段。
下りると十階層。
長い階段を下りて一本道を歩いた先に、今までと同じような天井の高い柱だらけの階層が広がっている。
解放型の階層主のようだ。
一応、歩いて来た一本道を戻れば引き返せる。
しかし先行者の状況を確認したいので、でければ階層主がいることを確認したいし、見つけたら倒して初回特典で僕しか先に進めないようにしたい。
そう思って進むけど階層主が見つからない。
階層をどんどんと奥に進むけど、物音や気配が一切しない。
突然、背後に強烈な気配を感じて振り返ると、すぐ真後ろに鷲が大きな嘴を開いて迫って来るところだった。
慌てて横に転がってかわすと、僕のいた場所を大きな鷲が通り過ぎて行く。
いや、鷲じゃない。
四足の鷲。
また鷲獅子かと思ったけど鷲獅子とも違う。
鷲獅子よりも線が細い。
よく見ると下半身が馬のようだ。
鷲馬。
上半身が鷲。
鋭い嘴を持ち大きな翼で空を支配する鷲。
そして下半身が馬。
引き締まった後ろ脚が空気を蹴っている。
鷲獅子の獰猛さとは別の荒々しさがある。
その鷲馬が空中で反転して滑空して来る。
迎え撃とうとして両手に剣を構えると、間合いのすぐ外で空を蹴って方向転換された。
くっ!
空を飛ぶ魔物はこれがあるから厄介だ。飛んで逃げられると追い討ちをかけられない。
空を蹴って方向転換した鷲馬がすぐに大きく羽ばたいて僕に嘴を伸ばす。
踏み込む余裕がなかったため、剣で受けて嘴を逸らすことしかできない。
キン、と音を立てて鷲馬の嘴が蒼光銀の剣を弾く。
蒼光銀の長剣を弾くとはいい嘴だ。
細剣などのグリップガードに使えば、いい剣が作れるだろう。
体勢を崩した鷲馬はすぐに上空に舞い、距離を取ってこちらを見る。
その瞳に少し知性を感じた。
先ほど鷲獅子の獰猛さと違うものを感じたけど、それの正体はこれか?
鷲馬の瞳に魅入られるようにして動けないでいると、鷲馬が再び滑空して来る。
翼を畳み、嘴を前に出して特攻して来る。
僕が嘴をかわしカウンターで翼を斬ろうとすると、鷲馬は更に空を蹴ってスピードアップした。
鷲馬の嘴を掻い潜ろうと踏み込んだところに前脚が迫り、慌てて横に飛ぶ。
最初から見せかけだった。嘴で突き刺すように見せかけて、前脚で僕を捕まえようとしてた。
……ムカつくヤツだ。
僕のいた場所を通り過ぎる鷲馬を追って魔法をとなえる。
「射出機!」
グンッ! と足元の地面から足場が突き出して僕を加速させる。
空中を反転した鷲馬が再度僕を狙おうとしたところに飛び込むと、蒼光銀の長剣を一閃させて首を落とす。
鷲馬は両翼を大きく開いたまま墜落した。
墜落した鷲馬の横に着地すると、その頭と嘴が目に入った。
この頭ぐらいはもらっておこう。
ひょっとしたら嘴は良い素材になるかも知れない。
鷲馬の頭を腰鞄に入れてしばらく待つと、死体のあった場所に淡い光が瞬いて宝箱が現れた。
初討伐か十分の一の幸運か分からないけど、宝箱だ。
中を開けると黒革のブーツが入っていた。
鷲馬を彷彿とさせる黒革だ。
かなりいい神授工芸品の気がする。
黒革のブーツを腰鞄に放り込んで、十階層の出口を探す。
ここで十一階層に進む扉を見つければ、先行者がどこまで進んだかの目安になるはずだ。
もし先に進めなかったら、先行者は階層主の鷲馬を倒して十一階層よりも先に進んでいる。
階層主の鷲馬がいたから確率は低いと思うけど、確認しないと確定しない。
柱の合間を縫って進むと、突き当たりに石の扉があった。
これが十一階層への扉だろう。
扉には本を持った天使が描かれている。
天使の翼が大きく開いている様子は神々しい。
……迷宮主は天使?
嫌な予感に襲われたけど、それは置いておいて石の扉を押す。
石の扉はゆっくりと開いて、先の道が見えた。
開いた。
先行者は階層主を倒さなかったようだ。
迷宮によってルールが違う可能性もあるけど、ひとまず安心した。
階層主を倒して先行する誰かがいるとなると得体の知れない不安がある。
その可能性が減っただけでもありがたい。
扉の先に続く一本道を進むと、十一階層へ下りる階段が現れた。
さて、次は限定特典の確認だ。
先行者が十一階層より先に進んでなければ、この先に沢山の神授工芸品があるはず。
もしこの先も神授工芸品が全然無かったら、この迷宮自体に神授工芸品が全然ないのだろう、と推測できる。
いつものように神授工芸品がゴロゴロ転がっていたら、先行者が九階層まで踏破してたため神授工芸品を拾うことができなかったということでいいだろう。
階段を下りるとこれまでと同じような階層が広がっている。
だだっ広い空間に何本もの柱。
天井がより一層高くなった気がする。
ヴゥーン。
昆虫特有の翅の音に視線を向けると黒い塊が飛んでいる。
頭に長い角が両手サイズの甲虫。
槍甲虫。
黒い外殻には何本もの筋が入って外殻を強化してる。
……あ〜ぁ。
ここから先の階層も昆虫エリアらしい。
蒼光銀の長剣を握り直すと槍甲虫に向かって走り出した。




